4 混沌とするお茶会
促されるままお茶の席へと着く。
しかし、私の心臓の鼓動は全く落ち着くことはない。
先ほどよりも近い距離に彼がいると思うだけで、緊張しっぱなしだ。
さすがにこのような至近距離で王太子殿下を見つめ続けるのは気が引けて、やや俯き加減にテーブルを見つめる。
そこには、品よくお菓子が並べられており、お姫様にでもなったような気分だった。
……まぁ。隣に居らっしゃるのは王族の方々なので、お出しするものはそういうものなのだが。
おそらく王妃様が主体で整えられたと思われ、そのセンスの良さを遺憾なく発揮した席となっている。
「さぁ。みんなでおしゃべりしながら、お菓子でも食べましょう。」
「そうだな。」
王妃様の合図があり、みんな少しくつろいだ雰囲気となる。
詰めた息を細く吐きだしつつ、紅茶へと手を伸ばす。
「それにしても。レディーア嬢は、聞いていたとおりに美しい令嬢だな。」
陛下からそのようなお言葉をもらえるとは……。こっそり、感動する。
両親からはかわいいと言われて育ってきたが、他の方からこう評価されるのは初めてだ。
そして、王子様のお父様からの言葉だと思うと、なおさら嬉しさがこみ上げてくる。
「当り前じゃないか。私たちのレディーアだぞ。」
平然な顔で、さも当然だと返すお父様。
ここに来ても、愛がすぎます……。
「ほほ。まぁ、二人の子どもだから、それも当然よね。」
「もちろんよ。レディーアは生まれた瞬間から、こうして愛でられることが決まっていたのよ。
いいえ。お腹の中に宿った時から、ね。」
お、お母様まで……!
嬉しいですけども、恥ずかしさがこみ上げてきますわ……っ!
たまらず顔を俯けるが、どうも顔が赤面してしまうのは止められないようだ。
「はは。面白い話だな。」
「至極当然のことだ。」
陛下はそんなお母様の話も笑って流してくれたのに、お父様ったらまたそんな真顔で。
うぅ。恥ずかしすぎます。誰かヘルプミー。
……って、誰も助けてくれないわ。
手近なお菓子に手を伸ばし、口に含む。サクサクと香ばしい香りのするパイ生地のお菓子。
バターの香りと、さわやかなクリームがとても美味しい。
甘さを口内いっぱいに堪能して、どうにか恥ずかしさとともに飲み下す。
「おほほ。楽しいですこと。こうしてお会いするのを心待ちにしていたのよ。」
「私たちは、あまり連れてきたくはなかったわ。」
「どうしてだ? 王太子の婚約者に決定したというのに。」
「……だからだろう! もうレディーアを他の奴のところにやらなければならないなんて……っ!」
「まぁ。他の奴とは、聞き捨てならないですわね。……でも、まぁ分からなくはないですわね。こんなに可愛らしい令嬢なら、親としてはそう思わずにいられないでしょう。」
「はぁ。そうなのよね。王太子殿下だろうと、どこの誰だろうと、一緒なのよ。
要は、レディーアがどこかへ嫁いでいくのが決まったのが、ひどく残念でならないだけだわ。」
「ふむ……。まぁ、婚約が成立したとはいえ、輿入れとなるのは成人してからになるのだから、今からそう落胆することもないだろう。」
「まだ先……? すぐじゃないか。18なんて、あと13年しかないっ!」
衝動が抑えられないように、テーブルを叩くお父様。
……あの、陛下の御前なのですが。
マナーは? 貴族としての品位は? いずこへ追いやったのですか、お父様。
「まだ、10年以上ある、だと思いますけどねぇ……。」
王妃様は若干引いた顔で宥めるようにそう言うが、両親の気持ちは収まるところを知らない。
「そんなのあっという間よ。こうして5歳になるまでも、すぐだったもの。
可愛い可愛いと、毎日飽き足りないくらいに愛でているのにも関わらず!
時間が過ぎるのはあっという間なんだから。」
「そうだなぁ。こうして子どもたちの結婚の話をするくらいには年をとったんだが、振り返ればあっという間だったな。」
陛下までも同意し始める。
「学生時代にこうして集っていたのだって、つい先日のことのようだろう。
レディーアとの日々はそれこそあっという間だ。」
「ふふ。懐かしいですこと。でも、そんな未熟な学生だった私たちでも国のために働き、我が子のためにこうして動けることができて幸せですわね。」
「それは、そうね。幸せといえば、幸せなんだけど……。それでも、さみしいわっ!」
たまらずといった風に突っ伏すお母様。
貴族令嬢としての感情のコントロールは?
溺愛娘に対する思いが過ぎるせいで、混沌としすぎではないだろうか。
もう少し落ち着いてくださいまし、お父様、お母様。
「まぁまぁ。子どもたちが、呆然としているではないか。このくらいにして、二人のことを話そうじゃないか。」
「そうだな。」
確かに、ちらりとベリーツ殿下を覗き見ると、圧倒されすぎてやや呆然としながらティーカップに口を付けているようだった。
ふふ。ぼんやりしているお姿も、なんだか素敵。
……な、なんだか、思い出したようにまたドキドキしてきちゃいましたわ。
「ベリーツも、これでいて結構できる子なのよ。王太子教育もすでに始まっていて、どんどん進んでこなしているようだし。真面目で、まっすぐな子だから、レディーア嬢を必ず幸せにしてくれると思っているわ。」
「まぁ。それはレディーアの相手としての前提条件ですわね。
でも、あの厳しい教育を耐え抜いているのは、すごいことよ。頑張っていらっしゃるのね。」
「……は、はい。ありがとうございます。」
お母様に気圧されながらも、感謝の意を述べる殿下。
本当に素晴らしいわ。
こんなに見目麗しいにもかかわらず、しっかり努力も怠らない方なのね。
「まぁ、まだ5歳だ。これからが肝要だと思ってはいるが、素養は十分だと判断している。
レディーア嬢の相手として、不足することはないと思うぞ。」
陛下がそうおっしゃるのだから、王太子としての資格は十分にあると判断されているのだろう。
そして、公爵令嬢の私と婚約させ、地盤固めをするのに足りる王子だと思っているのだ。
いまはまだこのベリーツ王子しかお子はいらっしゃらないが、これからまだ後継となり得るお子が生まれる可能性があるにもかかわらず、早々に王太子を決めているのだから、言わなくてもそういうことなのだ。
それほどの資質がある方が婚約者となる私は、幸せ者だわ。
そして、それほどまでに優れた方の隣に立つためには、これから私は努力を重ねていかなければならないのだ、と決意を新たにする。
「そうだな。あと13年。素養があっても、どう転がるか分からない。自身をしっかり持って、執務に励み、またレディーアを慮って行動できるかどうかだ。
まだ婚約なんだし、こちらもしっかりと殿下のことを注視させてもらう。」
「おほほ。そうね。公爵一家にしっかり見守ってもらうといいわ。
足を踏み外しそうになったら、指導してもらえると助かるのだけど。
そうなったら、レディーア嬢の相手からはすぐに外されてしまうかもしれないわね。
これからも、なお一層励まなくてはなりませんね、ベリーツ。」
「はい、母上。」
「レディーアを十分に配慮できないような輩は、即刻婚約破棄させてしまいますからね。
そこは肝に銘じておいてくださいませ、王太子殿下。」
「は、はい。わかりました、オーリン公爵夫人。」
「うむ。そのくらいにしておいてくれ。
そろそろ、ベリーツとレディーア嬢の二人で話をしてきたらどうだろうか。」
「なに。二人きり?!」
「そうね。庭園の花は見ごろなものが多いから、二人で散策してくるといいわ。」
「……仕方がないわね。今日は二人の顔合わせで来たのだし。
レディーア、くれぐれも護衛から遠ざかるようなことはしないように、気を付けるのよ。」
「はい。わかりましたわ、お母様。」
「では、気を付けていってくるといい。ベリーツ、しっかりレディーア嬢をエスコートするのだぞ。」
「はい、父上。では、行ってまいります。」
席をたち、優雅にお辞儀をするベリーツ殿下。
その姿についつい見惚れてしまう。
するとそっとこちらへ向き直り、さっと手を伸ばしてきて、どきっとする。
「お手をどうぞ、レディーア嬢。」
「は、はい。ありがとう存じます。よろしくお願いいたします。」
煌びやかな光が舞っているような錯覚を覚える姿に、胸がきゅっとなる。
恭しく出されたその白い手に、そっと手を重ねる。
手を握り返され、また跳ね上げる心臓にクラクラしながらなんとか立ち上がる。
はぁ。この方のお側に居続けて、私の心臓は本当に大丈夫かしら……?