2 愛され令嬢
ベリーツ殿下との婚約が成立したのは、私たちがほんの5歳の頃のこと。
公爵令嬢であるわたくし以外、殿下との釣り合いのとれる年齢の高位貴族がおらず、情勢を鑑みて早急に相成った婚約だった。
また、妃殿下となるための教育は大層厳しいものであり、低年齢から開始しなければ到底身につくものではないとされている。
このため、5歳と幼いながらも王太子殿下の婚約者が決められたのである。
国の方針により整った婚約であるため、婚約以前や直後に、王太子殿下と顔を合わせる機会すらなかった。
婚約決定から1カ月後、ようやく王城へと招待され、王太子殿下とのお茶会が開かれることになった。
初めて婚約者と会うこととなり、母は張り切ってドレスの準備を進めていた。
公爵家の威信をかけた顔合わせとなるため、手を抜くわけにはいかないのだろう。
でも、私もドレス作成に関わることで、王子との婚約に対する期待で胸を膨らませていった。
子どもらしいフリルをふんだんに使った、白とピンクを基調にしたプリンセスドレス。
ふわりと漂うハニーブロンドの髪には、ドレスと同色の大きなフリルリボンが留まって愛らしさを一層際立たせている。
少し動くたびにふわふわとする感覚が、嬉しい気持ちを高めていく。
幼いながらにも淑女教育を受けており、最近では礼儀作法もそつなくこなせるようになってきた。
……にもかかわらず、たまらず鏡の前でひと回転してしまうほどに、わくわくした気持ちが止まらない。
ぷっくりピンクの愛らしい唇はわずかに口角が上向き、白磁の肌にもかからず頬をほんのり朱に染めている。
この少女のかわいらしい姿は、周囲の侍女たちのハートを射止めてやまず、侍女たちは互いに手を掴みながら頷き合い、悶える様子が見てとれた。
「お嬢様、本当にお似合いで、愛らしい姿にございます。
しかし、陛下や王太子殿下の前ではお控えなさってくださいませ。」
主だって仕えている侍女がそう伝えると、一層喜びを隠せず、笑みを深めていく。
「ありがとう。今日は王太子殿下とお会いする初めての日で、どうしても嬉しくてたまらなくて……。はしたなく回ってしまってごめんなさい。王城では気を付けるようにするわね。
みんな、可愛らしく飾りてててくださって、ありがとう。」
「「「いえ!! こちらこそ、ありがとうございます!!!!」」」
協調性が素晴らしい侍女たちで嬉しいわ。
そして、本当に気を引き締めていかなければ。
初見で嫌われては堪らないもの。
どんな方なのかとても気になっていたけど、やっとお会いできるのだから。
「レディーア!! 今日はいつもよりも一層かわいらしい仕上がりだな!!」
階下で、すでに準備を終えていたお父様から声がかかる。
「ありがとうございます、お父様。」
王城へ向かうため正装しているお父様の姿は、いつも以上に精悍でカッコよさ増し増しだわ。
煌めくブロンドヘアに、涼し気な切れ長のブルーアイ。
程よくたくましい胸板が、立ち姿をより格好良く見せているのだろう。
娘がいながらも、社交界ではいまだに多くの女性から秋波を送られているらしい。
家族としての贔屓目を抜きしにしても、それもひどく頷ける容貌だと思う。
「もちろんじゃないの! 私がレディーアのためにコーディネートしたのよ。
この子を引き立てる仕上がりになっているに決まっているわ!!」
お父様の隣に並び立つお母さまも、大層お美しい井出立ちだ。
私と同じハニーブロンドの豊かに揺蕩う髪がふわりと靡き、香り立つよう。
しかし、私とは対照的に落ち着いたモスグリーンのドレスは、その自身の美しさの引き立たせる方法を熟知しているようだ。
「お母様も、私のドレスのご準備からお手伝いいただき、本当にありがとうございました。
今日のお母さまのお姿の方が、私などよりも大層お美しく、うらやましいですわ。」
「あぁ。なんていい子なのっ! そしてかわいいわっ!!」
「私たちの天使だな。 ……やっぱり、王子にやるのはもったいない気がしてきた。」
「まぁっ! あなたが決めてきたことではないですか。
……でも、そうねぇ。いつまでも私たちの側にいて欲しいくらい可愛らしいわ。
王城に行くのやめときましょうか?」
「お父様、お母様。そのくらいにしてくださいまし。
お褒めいただいて本当にうれしいですが、私は王太子殿下とお会いするのをとても楽しみにしていたんです。そんなことおっしゃらないでくださいませ。」
「うぅ……そうかい?」
「そうなの……。仕方がないわね。でも、今日会ってみて気に入らなかったら、拒否していいんですからねっ!」
「ふふ。ありがとうございます、お母様。
私も王太子殿下に気に入っていただけると、よろしいのですが……少々不安です。」
「そんなことあるわけないじゃないか! 私たちの天使なんだぞっ!!」
「そうよっ! レディーアの良さが分からないなんて、そんな人は目が腐っているに違いないわっ。
そんな方はこちらから願い下げでしてよっ!」
「まぁ。そんな物騒なことおっしゃらないでください。
ふふ。お父様とお母様に愛されて、今日も幸せでございますわ。
本日はとても緊張していたのですが、なんとかなりそうです。よろしくお願いします。」
「親にも丁寧に接してくれるレディーアが愛おしいよ。もちろん、ばっちりエスコートさせてもらうね。」
「私も、必ずレディーアの隣にいてフォローしますからね。心配しなくて大丈夫ですよ。」
「ふふふ。ありがとうございます。」
「さぁ。そろそろ時間だよ。出発しようか。」
「えぇ。そうね。仕方がないからいきましょうか。」
「はい。わかりました。」
両親に愛されていることを再確認することができる一幕です。
王家の方々にも不遜な物言いなのは、若干いかがなものかな、とも思わなくもないですが。
オーリン公爵家の強大な財力や政界での地位を鑑みると、王家と肩を並べるほどの勢いがありますから、まぁ差して問題もないのかもしれません。
公には控えて欲しいと思っているのですが、陛下とも幼い頃から仲良くされているお父様には、暖簾に腕押しでしかありません。
王妃さまとも仲良くされているお母さまに関しても同様です。
両親ともに私への愛が過ぎるような……?
でも、みんなに愛されていて私はしあわせな毎日を送れています。
今日婚約者となる王太子殿下とお会いすればさらに幸せな毎日を送れるのではないかと、浮き立つ心を抑えつつ、馬車に乗り込んだ。
さぁ、私の王子様。
やっとお会いできます。