■前編
親譲りの芋っぽさで、子供の時からモテたためしが無い。
小学校低学年の頃、遠足に兄のお下がりのスウェットを着ていったら、そのあまりのダサさと、当時放送されていたアニメからもじって「勉三くん」という不名誉なあだ名を付けられた。その一件以後、本名が長崎三郎であるにも関わらず、中学校を卒業するまで、同級生のみならず担任教師からも「勉三くん」と呼ばれ続けた。
ここが田舎で、家の近所に小中学校が一校ずつしかないから、どんなに嫌なことがあっても半強制的に通い続けざるを得ない環境であるとはいえ、我ながら、よく登校拒否に陥らなかったものだと思う。誠一兄さんや健二兄さんが居なかったら、そのまま引き篭もりになっていたかもしれない。
そんな男児が、電車とバスで片道二時間掛けて県立の商業高校へ通うようになったところで、急に垢抜けて都会っぽくなるはずもない。放課後にラブレターを渡されることもなければ、バレンタインデーでは男子全員に配られる義理チョコ以外に本命を受け取れるはずもなく、卒業式の後に第二ボタンをプレゼントする相手も居なかった。淡い期待をしなかったかと言われれば、否定することは出来ないが。
そもそも、中学時代から柔道部に入っているせいで、額のニキビが潰れ、耳も餃子のように膨れ上がっている男子は、よほどの男前か社長令息でもない限り、清潔感に欠けて恋愛の対象外とされるに決まっている。まあ、仮に彼女が出来ていたとしても、デートスポットは互いの家か、ジャスコくらいしかないのだけれど。
それでも、芋っぽさのマイナス面を補うべくコツコツと検定資格や昇段資格をクリアしてきた努力は、高校卒業後の就職で有利に働いたので、一概に悪いことばかりとはいえない。某ロールプレイングゲームの勇者みたいにイージーモードではないことだけは、確実だけどな。
さて。長々と過去の黒歴史について語るのは、そろそろオシマイにして、現状を説明しよう。
現在の日時は正月二日の昼下がり。場所は、今借りてるアパートではなく、生まれてから高校時代までを過ごした実家。居間の炬燵で蜜柑や胡桃柚餅子を食べながら、所属事務所のパワーバランスでキャスティングされた芸能人が、スポンサーや放送倫理に忖度しながらワーワー騒いでるだけの正月特番を観てるところだ。
いつもこの調子だとデブまっしぐらだろうけど、年末二十九日まで外回りで東奔西走して齷齪働かされた挙句、三十日には深酒で肝臓やられてお釈迦になった爺さんの十三回忌の法要に参加させられ、大晦日には大掃除を手伝わされたから、三が日くらいグータラしても罰は当たるまい。どうせ、四日の月曜日には仕事始めなのだから、ギリギリまで居座ってやろう。
「おじちゃん、みっけ! あっ、ミカン食べてる!」
「食べるか?」
「食べる! お母さんにはナイショにしてね」
と思った矢先、食べ物の気配を察知したのか、羽子板を持った姪っ子が駆け込んできた。この姪っ子は、誠一兄さんとその妻である恵子さんの娘で、名前は美穂という。今年で小学四年生になるというから、九歳くらいだろう。皮を剝いてひと房ずつにして置いていく端から次々に摘んで食べていくので、まるで雛鳥に餌を与えているような愉快な気持ちになる。
ちなみに、健二兄さんところにも男の子が一人いたが、こちらは離婚した時に奥さんが引き取ったので、現在は甥っ子では存在しない。いわゆる出来ちゃった婚で、誠一兄さんより先に結婚した上に離婚してしまったため、今回の法要にも大掃除にも、健二兄さんは参加していない。
「ねぇ、おじちゃん。おじちゃんは、ゆびわしないの?」
やけに手元を注目してると思ったら、薬指を確かめてたのか。
「おじちゃんは奥さんがいないから、指輪をする必要が無いんだよ」
「ふぅん。じゃあ、すきな人は?」
「好きな人ねぇ。美穂ちゃんは、ボーイフレンドは居るのかい?」
「えー、やだ。おじちゃんのエッチ!」
そう言って、美穂ちゃんは照れ隠しに羽子板で顔を隠してしまった。
昨年までなら、好きな人は居ないと言い切ったかもしれない。でも今は、一応、付き合ってる相手がいるからなぁ。
思わず七月中旬の出来事が脳裏をよぎり、あれから半年近く経っていることを意識しまった俺は、向こうは向こうで実家に帰省しているはずの彼女の存在が、何故だか無性に気になり始めた。