♥ リング「 夏のホラー2020 」
「 誰かぁ〜〜〜!
誰か助けてよぉ〜〜〜!
助けて頂戴よぉ〜〜〜!
お金ぇ〜〜貸してよぉ〜〜〜 」
電車が来るのを今か今かと利用客が静かにプラットホームで待っている中、変な格好をした如何にも怪しい頭のイカれてそうなオッサンが、声を上げて助けを求めている姿が視界に入った。
どの利用客も関わりたくないのだろう、怪しい男を初めから居ないものと考えているのか無視を決めんでいる。
困っている人を見てみぬ振りして知らん顔決め込むなんて薄情な人間が多いなぁ。
嫌な世の中になったもんだ。
昔は誰彼構わず困っている人には親切に手を差し伸べて助けていたっていうのに……。
あの頃には誰もが胸に抱いていた良心や、輝いていていた日本人の美徳は何処に消えてしまったんだろうな??
うん?
「 じゃあ、お前は助けるのか 」って?
まさか!
誰が見知らぬ怪しいオッサンに貴重な金を貸す馬鹿が居るんだ?
1000%確実に戻って来ない事が分かりきってるのに親切心で財布の紐を緩めるかってんだ!
アホか!
これは目を合わせたらアウトなヤツだから、勿の論、オレも全身全霊で怪しいオッサンをシカトする。
良心?
美徳?
んなもんは、ゴミ箱にポイしちゃるわい!!
オレは設置されているベンチに腰を下ろして座った。
ふぅ……。
一息吐いて空を眺めていると人影が過った。
「 お兄ぃさ〜〜〜ん。
ワタシねぇ…困ってるんだよぉ〜〜〜。
助けてほしいのよぉ〜〜〜。
お兄ぃさ〜〜ん……助けて頂戴よぉ〜〜〜 」
オレは何も聞こえない振りをして無視し続ける。
こりぁ、根気負けした方が負けだな。
「 お兄ぃさ〜〜〜ん。
見えない振りしても駄目よぉ〜〜。
聞こえない振りしても駄目よぉ〜〜〜。
最後のチャンスなのよぉ〜〜〜。
ワタシを助けてほしいのよぉ〜〜〜 」
うぜぇ……。
「 何だよっ!!
煩いなっ!
助けてほしかったら、金持ってそうな奴に声掛けろよ!!
オレは貧乏なんだよ!
他人に金を貸してる余裕なんて微塵もないんだっつーーーの!! 」
「 お兄ぃさ〜〜ん。
命拾いしたねぇ〜〜。
これあげるよぉ〜〜。
これねぇ、良く効く御守りよぉ〜〜。
首に掛けて身に着けとくだけでいいよぉ〜〜 」
怪しさ1000%のオッサンはニタニタとゲスい笑みを浮かべながら、オレの手の平の上に丸いリング……を置いた。
プラチナ色の丸いリングに紐が付いている。
「 オッサン── 」
何時の間にか怪しいオッサンの姿はプラットホームの何処にもなかった。
オレに残されたのは綺麗なリングだけ。
取り敢えず、オレはリングに付いてる紐を首に通してみた。
まぁ…アクセサリーにしては中々、いいんじゃないのかな?(////)
オッサンは助けてないけど……。
あのオッサンめぇ〜〜〜!!
オレの全財産が入った財布をスッていやがった!!
まぁ、取られて困るカードなんて1枚も入ってないけどな!
タスポと財布を別にしといて良かったぁ〜〜〜!!
それにしたって、あのオッサン……次、会ったら警察に付き出してやるぜ!!
「 だっはははは!
超〜〜ウケるぅ〜〜〜。
財布スラれて、リング1個かよ!
割に合わねぇ〜〜〜!
ひゃははははっ!!
ひぃ〜〜〜腹痛ぇ〜〜 」
「 笑い過ぎだぞ!
オレは明日から悲惨な毎日を送る事になるんだぞ! 」
「 くはっはっ……どうせタスポに半分ぐらいはチャージしてんだろ?
払い戻して使えば良くね?
タスポ使えば、バスも乗れるし、電車も乗れるし、コンビニで買い物だって出来るんだしさ!
ポイントだって還元すればチャージ分と一緒に使えるじゃん 」
「 まぁ…そうだけど…… 」
「 お前、何時も質素な生活してんだから、1ヵ月ぐらい余裕だって!
金食い虫の彼女も居ないしよ 」
「 余計なお世話だ!
此処はお前の奢りだからな! 」
「 宜しいですよ〜。
財布をスラれた憐れな友人に奢ってあげましょう。
困ったら連絡して来いな。
千円ぐらいなら貸してやるからさ★ 」
「 そりゃどうも… 」
……………………何が起きたんだっけ??
…………えと……オレ……どうして…………。
「 ──良かった!
意識が戻りました!!
生存者です!!
直ぐにタンカーを!
急いで彼を運んでください!! 」
タンカー??
生存者??
何の事だよ……。
それにしたって、やけに煩くないか??
騒々しいって言うか…………。
…………あれ?
身体が動かない??
何でだ??
オレは今、大きな病院に入院をしていて療養中だ。
順調に回復すれば、リハビリは3ヵ月後から始められるらしい。
何でオレが病院に入院をしているのかと言うと、どうやらオレは事故に巻き込まれてしまったそうだ。
被害者であり、唯一の生存者なんだとか。
何でも駅に出入りしていた電車が彼方此方でド派手に大爆発したらしい。
大勢の被害者が出で、大勢の死者も出た大事故だったそうだ。
何も覚えていない。
電車が大爆発した被害は駅と一体化していた多くのテナント店にも多大な影響を与え、被害を受けたテナント店の全てが全滅したらしい。
オレは3階にある庶民のお財布事情に良心的な庶民の味方──イタリアンレストラン・サンゼリアに居たらしい。
友人と一緒に。
だけど、友人の捜索は未だ続いているみたいだ。
あの惨たらしい状況の中で生存者が居るとは誰もが思ってすらなかったらしい。
オレは奇跡的に助かった生存者なんだとか。
オレは助かった。
1人だけ。
オレの胸元にはリングがあった。
オレの財布をスって居なくなった怪しいオッサンがくれたリングだ。
…………まかさ…な?
リングを身に着けていたから命が助かった──なんて言わないよな??
あの惨劇の大事故から10年が経った。
9年前にオレは県外に引っ越していた。
夏真っ盛りの夕暮れ時、オレはプラットホームに設置されているベンチに座り、帰りの電車を待っていた。
「 お兄ぃさ〜〜〜ん。
リングの効き目はどうよぉ〜〜〜 」
怪しいけど見覚えのあるオッサンに声を掛けられた。
おい、此処、県外だぞ!?
「 オッサン?!
──効果抜群だよ!
オレはこの通り、今もピンピンしてるよ 」
「 それは良かったよぉ〜〜〜。
あぁ〜そうだよぉ〜〜。
お兄ぃさんに返さないとねぇ〜〜〜 」
そう言った怪しいオッサンは、懐から財布を出した。
10年前に地元の最寄り駅でオッサンからスラれたオレの財布じゃないか!!
「 オッサン…持ってたのかよ… 」
「 いやぁ〜〜〜、助かったよぉ〜〜。
中身は空っぽになっちゃったけどねぇ〜〜 」
オッサンはオレに財布を手渡すと、フラフラと歩きながら何処かへ行ってしまった。
どうやらリングは返さなくてもいいらしい。
それにしても、財布に入ってたオレの全財産を使い果たしたとは……。
なんて野郎だ!!
警察に付き出してやりたい所だけど、もう10年も前の事だし…見逃してやる事にした。
このリングには何度も危ない所を助けてもらっているからな!
このリングのお蔭で、オレは生きていられるんだ。
だから、財布だけでも返してくれたオッサンを訴えるのは勘弁してやる。
電車がプラットホームに入って来た。
──誰かが電車に向かって飛び込んだように見えたけど、…………気の所為か??
…………ん??
何だ?
………………何で、宙に目が浮いてるだ??
◎ スリは犯罪です。
しないでください。