第二話 clock was…
お待たせしました、第二話です‼︎
地球上で初めて時間が止まってしまいました。そんな中、月美は…
時間が止まった。それを月美は、何故か理解していた。意識して目を凝らし、耳をすます。すると、先程までは聞こえていた車の走る音も、風が木々を揺らす音も聞こえなければ、風で揺れていた近くの花もその動きを止めていたことに気付く。そして何より、目の前にいる舞が人形のように動きを止めてしまっている。
ー何で時間は止まったのかしら?そして、何故私の意識は止まっていないのかしら…
そんな彼女の目の前に、巨大なトカゲのような怪物が現れる。それは鋼の鎧のような銀色の鱗を身に纏った、もはやトカゲとしての原型を留めていない姿だが。その怪物は縦横無尽に、作り話の上で語られる幽霊のように建物などをすり抜けながら街を飛び回る。しかし自身の目的すら知らないのか、ただただ悠々と飛び回っているだけである。そうしてしばらく飛び回ると、ふと視線をこちらに移す。どうやら月美の意識が止まっていないことに気がついたようだ。
ーっ‼︎何か、奴から逃げる術は無いの⁉︎このままでは…
そう考えていても、決して目の前の敵は止まらない。自分から逃げたくても時間が止まっている為身体は少しも動かず、自分の手ではこの状況を打開することが出来ない。
ーまぁ、これぐらいの干渉は仕方がないことかな?このまま時間が動かないのは、こっちとしても不都合だしね。…しばらくの間、少し体がだるくなるだろうけど、君も止まった時間から抜け出せないのは癪だろう?だから、今は我慢してもらうよ。
半ば詰みを認めて諦めかけていた。そんなとき、聞こえるはずの無い声が自分の中から聞こえたような気がした。自分の胸から、純白でありながら何故かどこか邪悪に濁ったように見えるような一筋の光が溢れ出す。それはこちらに迫っていた怪物の胸部に直撃し、当たった場所に向こう側が見えるほどの大穴を開ける。トカゲ型の怪物はしばらくもがいた後に、そのまま消滅してしまった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
ー『○○ちゃん…○○ちゃん‼︎』
ー声が、聞こえる。聞いたことが無いはずなのに、何故か胸が閉めつけられるような声…あなたは、一体誰なの?
ー『○○ちゃん…○○ちゃん‼︎』
「月美ちゃん…月美ちゃんってば‼︎」
「耳元で…叫ばないでちょうだい…」
目を開けると、まだ空の頂点で太陽が自らの存在を主張していた。目に突き刺さるようなその光を塞ぐ為にゆっくりとそれを手で隠しながら声の出どころを探る。そこには安堵して優しげに微笑む舞の姿が。視線を動かせば、どうやら自分は目的地付近にあった公園のベンチに寝ているらしいということを把握する。
「あぁ良かった…目が覚めたんだね…体の調子はどうかな?」
「なんか…体が重く感じるわね…動けないとか、そういった異常は見られないけど。」
話している間にも、謎の光の代償と思われる身体の不調や倦怠感が軽くなり、その感覚が少しずつ覚醒していくのを感じた。それで彼女はやっと気付く。
「あなた…これは一体何の真似?」
自分が舞に膝枕をされていることを。舞の膝から頭を上げて起き上がろうとするが、まだまだ体がだるくて起き上がることが出来なかった。
「あ、ごめんよ、月美ちゃん。その…嫌…だったかい?」
「そうね。女同士で膝枕というのも、楽しいものでは無いわ。ただ…」
「ただ?」
この先を言うのを躊躇う。それは、月美のしてこなかった、自分の弱さをさらけ出す言葉だから。答えを待っている舞を見て、久々に弱さを見せるというちょっとした決意をする。その相手がほぼ初対面であることに、我ながららしくないと軽いため息。
「今はまだ、体がだるいわ。悪いけど、少しだけ好意に甘えさせて貰って良いかしら。」
「うん。良いよ。」
その言葉とは裏腹に、嬉しそうにも悲しそうにも見えるような、どこか複雑な表情の舞。そんな彼女に違和感を感じた月美は問いかける。
「あら?私に気を使ってくれてるの?」
「ううん‼︎そういう訳じゃないよ‼︎ただ、月美ちゃんにはちゃんと話しておきたくて…お腹も空いてきたしさ。食べながら話せないかい?…あ、食欲は大丈夫?」
月美は舞のその質問が、遠回しに時間が止まる前にされたお誘いの答えを求めていることに気が付く。
『その…一緒に食べていかない⁉︎ボクが奢るからさ‼︎』
道案内のお礼として食事に誘う。ほぼ初対面の相手を。確かに緊張もするだろうが、何故か必要以上に緊張しているように見えた。時間が止まる前の舞の様子まで思い出して…
「…えぇ。大丈夫よ。ただ、まだ動けないわ。もう少し待ってちょうだい。」
「分かった。」
今度こそ彼女は満面の笑みで返し、月美の頭を撫でようとする。その手を鈍い動きで払いのけようとする月美。舞の手を払いのけ、そのまま勢いよくベンチにぶつかりそうになった月美の手を、舞は払われた手で優しく包み込む。拒否することが面倒になったからか、あるいは少しだけ心を開いたからか。月美はこれを拒まなかった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「いっただっきま〜す‼︎あっ、お先にごめんね?いやぁ、ボクもうお腹ペコペコだよ‼︎」
運ばれてきた料理を前にして子供のようにはしゃぐ舞…といっても、中学生は充分子供に入るのだが。
「本来の目的を忘れてないわよね?」
「覚えてるよ〜‼︎でもさ、キミと二人っきりのランチだよ⁉︎ちょっとぐらいはしゃいじゃったって良いじゃないか‼」
その言葉を聞いて呆れる月美。そんなことには気付かず、笑顔で次々と料理を頬張る舞。口の中がいっぱいになるほど頬張っている。
ー何でこんなことに…正直、一度は死も覚悟したけど、肩透かしも良いところだわ。…そう言えばあのことについて、誰も話しているのを聞かないわね。もっと騒ぎになっていてもおかしくないはずだけれど。
などと考えていると、月美の前にも料理が運ばれて来る。体の調子が優れず、直ぐに飲み干してしまった水の追加を頼んでから、彼女はフォークとナイフを握る。
「ふぁっぱりふぉうぉだでぃぐぁいっふぇたふぉうり、ふぉのみふぇふぁふぁりだふぉ‼︎ぶぉくふぉおごふぃだふぁら、ちゃんふぉふぁじあっふぇね‼︎」
「…何を言ってるか全く分からない。とりあえず口の中が空になってから喋ってくれるかしら…」
言われて慌てて口の中を空にする舞。軽くドヤ顔になるが、反応するのも面倒になった月美は気付かないふりをした。
「やっぱり友達の言ってた通り、この店当たりだよ‼︎ボクの奢りだから、ちゃんと味わってね‼︎」
「そんなこと、あなたに言われなくても分かってるわよ。一人で来たことあるから。あと、自分の分はちゃんと自分で払うわ。」
そう言いながらも月美は軽く微笑む。月美自身はそれには気が付かなかったが、舞はそれを見逃さなかった。
「釣れないなぁ。少しはボクを頼ってくれて良いんだよ?膝枕をした仲じゃないか。」
「それは忘れなさい。」
「やだ。あっ、そうそう。いきなりなんだけどさ。どうしても月美ちゃんと話したいことが2つあってね?」
「話が急過ぎるわよ…」
疲労から回復したばかりで話のペースについて行けず、軽くボーっとしてしまう月美。しかしその状態は、そう長く続かなかった。
「まぁそれは気にしないでよ。まず1つ目。月美ちゃんが倒れちゃう前にあったあれ。あれは一体何なのかな?月美ちゃんも何か、ピカーって光ってたよね?知ってることがあったら教えて欲し…」
月美はすぐさま手に持っていたフォークとナイフをテーブルの上に置き、舞の肩を掴む。舞は、フォークとナイフのたてたガシャンという音と、月美の唐突な行動に目を丸くする。舞の頭の処理が追いつく暇も与えずに月美は次々と質問を畳み掛ける。
「あなたも止まった時間を認識していたのね⁉︎私が気を失っている間、変わったことは無かったの⁉︎あと、あの現象について何か知ってることは無いの⁉︎」
「え⁉︎何⁉︎いきなり畳み掛けないでおくれよ‼︎」
「良いから‼︎答えなさい‼︎」
声が大き過ぎて周りの席に座っている客からの注目を集めてしまっていることにも気付かないまま、今度は胸ぐらを掴んで問い詰める。月美の緊迫した表情を見て、舞は出来る限り急いで頭を整理する。
「えーっと、理由は分からないけど、ボクも止まった時間での出来事を見ていたよ。けど、時間が進んでからは急に月美ちゃんが倒れて、そっちに意識を持っていかれて…けど、騒ぎにはなって無かったはずだよ。ほら。キミが起きるのを待ってる間にスマホでちょっと調べたけど、何も出て来てない。きっとあの時間の出来事を見たのはボク達だけだと思う。で、あんな光を出していた訳だから月美ちゃんも無関係な訳無いと思って…」
舞はスマホを取り出して、Twi○terで神名市とリアルタイム検索をした結果を見せる。それを受け取って、画面をスクロールさせて見ながら月美は舞から言われた話を一言一句違わず思い返す。
ーまず最初に調べるべきは何かしら?時間が止まった原因?止まった時間を認識出来る条件?私からあの光が出た理由?その光が出る前に聞こえた、あの聞き覚えのない声?あのトカゲのような怪物の正体?どれにせよ、今回は『あの人』の手助けが必要不可欠かしら…いえ。今は出来るだけ関わりを避けるべき。だから、これは最後の手段として心に留めておくだけにしておくべきね。
「おーい、月美ちゃん?月美ちゃん?」
舞の声で思考の世界から戻ってくる。まだチラチラとこちらを見ている周りの様子を見て、自分がどれほど取り乱したかということを理解し、舞の胸ぐらから手を離す。
「あ、ごめんなさい、取り乱したわ。今の反応を見れば分かると思うけれど、恥ずかしながら私も何も知らないの。」
「うーん。そっかぁ、知らないんだ。」
そう言いながら月美はスマホを返し、乱れてしまった舞の服の襟を丁寧に正してからゆっくりと椅子に腰を下ろす。
「随分と簡単に信じるのね。」
軽い自己嫌悪に陥りながら呟く。こんなにも優しく明るい舞を、未だに信じられずにいる。舞は自分を信じてくれているのに。そんな自分に嫌気が差す。
「信じるよ。月美ちゃんのことは。まぁ、正直に言うと、別に月美ちゃんになら騙されても良いやって思ってるだけなんだけどね。」
その言葉を聞いて、月美は何と答えれば良いのか分からなくなってしまう。しかし、彼女はそれを悟らせないようにポーカーフェイスを保ちつつ、話題を逸らす策を巡らせる。
「…そう。で、取り乱して迷惑をかけた後で聞くのも悪いけれど、私と話したいことが2つあるって言っていたわよね。残りの1つは何なの?」
その言葉を聞いて、今度は舞の表情が曇る。少し黙りこくって俯いて、また少しして顔を上げて月美の顔を見て、何かを決意したかのように小さく頷く。
「その、ね…ボクって、普段からこんな態度だから、冗談だって勘違いするかもしれないけど…今から言うことは本当のことだから。信じてくれるかい?」
「話の内容によるわ。」
曖昧な返事。しかし、その言葉から勇気を貰ったかのように、小さく息を吸う。いつになく真面目な表情になった舞は自分の秘密を晒す。
「ボク、実はね、身体は女の娘だけど、心は男なんだ‼︎」
「そう。いわゆる、性同一性障害ってやつかしらね。実例を見たのは初めてよ。それで?」
「…それで?って…これを言う為に、ボクがどれだけ勇気を振り絞ったか…」
「あなたの心が男でも女でも、あなたは木村舞だということに変わりはないでしょう?何か問題でもあるの?」
「問題は、まぁ、無いけど…」
「で?他に言いたいことは無いの?」
「…うん。無いよ‼︎いやぁ、こんなこと言っても変わらずに話してくれたのは月美ちゃんが初めてだよ…ありがとね。」
月美には、そう言う舞の姿がどこか寂しげに見えた。そのことについて、触れて良いのかいけないのかが彼女には分からなかった。そんな彼女を気にしてか、舞は「どうかしたの?」と声をかけてくる。月美が舞の寂しげな表情に気付いたことを知ってか知らずか、取り繕ったような不自然な笑顔。
「…本当に、他に言いたいことは無いの?」
月美は悩んだ末、触れる方を選んだ。どちらにせよあの止まった時間を認識したのは自分と舞だけ。隠し事無しで話せる関係性を作っておいた方が、利があると思ったから。
「…聞いても、ボクのことを嫌いにならない?」
「内容によるわ。」
「分かった…」
スゥッと息を吸い、少しでも緊張をほぐそうとする舞。そして彼女が言った言葉は、月美の想像の遥か上を行き…
「ボク…月美ちゃんのことが、好きなんだ…その…恋愛的な意味で。」
はい。かなり動きましたねー…
ジカンヨトマレのエピローグの回想で月美が言っていた、『あの娘と出会った日。私は彼女から、交際を申し込まれたわ。』というのはこれのことですが、まだ続きがあるかも…
舞の想いに月美はどう答えるのか。そして木村舞とはどんな境遇で生きてきたのか。9月1日更新の第三話までのお楽しみです‼︎