EX01 優しい嘘つき
これは、舞が消滅した際の会話の記録と、その先の物語。
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「あぁ、本当に良かった。戻ったんだね。月美ちゃん。引き分け作戦、成功。」
「…あなたの記憶が流れ込んで来たわ。だからあなたの計画は理解したつもりよ。あなたは、アースと密会していた。そして、聖因子を使い切ったら、砂時計は所有者の存在を代償に聖因子を生成。最後は聖因子の回復速度より上がった、完成した砂時計しか残らないことを知っていた。だからその存在が聖因子になり始めてから完全に消滅するまでの時間を使って、生成中の聖因子を使って私の中のデビルを縛った。こうすれば、当分の間はデビルに操られる心配は無い。」
「そうだよ。記憶が流れたのはボクの存在で作った枝で縛ったから、かな。」
二人共、目を伏せる。親に叱られるのを恐れる子供のように。二人は目を合わせ、同時に口を開く。
「「ごめん(なさい)。」」
二人の声が重なる。
「ボクは、アースから聞かされてて、隠してたんだ。そうすれば、少なくとも月美ちゃんの明日は守れるって、「勝てない」可能性はあっても、目的を達成出来ない可能性は、「負ける」可能性はほとんど無い。そう思ってた。けど、ボクは月美ちゃんを守ることしか考えられてなくて、月美ちゃんがボクの行動に対してどう思うかなんて考えてなかった。それよりも、ボクは…」
「私は、忘れていた。大切なことを。そして知らないと言って、傷付けた。」
「え?」
その月美の言葉の意味を理解出来ず、戸惑った様子の舞。舞の立場だとそんな反応をするしか無いということを分かっていた月美は、そんな舞の疑問を解消すべく、舞の記憶を見たことで思い返しつつ伝える。
「私は影山月美。でも、『あの頃』の名前は違う。あの頃は、金城月美と。そう名乗っていたわ。」
今度は、舞が月美の言葉で記憶の蓋をこじ開けられる番だった。何年も前の出来事が、記憶の中で鮮明に蘇る。
二人で遊んだ日々。抱いた初恋。そして、迎えてしまった別れと、そのときの会話。
『きーちゃん。わたし、ね…きーちゃんのこと、だいすきだよ‼︎』
『わたしも…わたしも‼︎すきだよ‼︎』
『なら…なら‼︎もし、また、あえたら、けっこんしてくれる?』
『ごめんね…おんなのこどうしでは、けっこんできないんだよ?』
舞は開かれた記憶に導かれるまま、恐る恐る月美に問いかける。
「月美ちゃん。月美ちゃんが、きーちゃん、なの?」
「えぇ。」
それを聞いた舞は、どこかほっとしたように、寂しげな表情を見せた。ゆっくりと月美に近付き、その存在が確かにあるのだと確認するように手を握る。
「あぁ。ここにいたんだね。きーちゃん。ボクは、ずっと迷っていたんだ。ボクの月美ちゃんが好きだって気持ちに嘘は無いよ。でも、ただただあの頃の初恋に…きーちゃんにした初恋に縋ってるだけかもって、きーちゃんに月美ちゃんを重ねてるだけかもって。ちゃんと月美ちゃんだけを愛してるとしたら、それはそれできーちゃんのことはもう、どうでも良いのかって。そんな迷いが、一人っきりになると、ボクを…」
「あなたは気にしないで。あの逃げの一言で。あなたと、自分自身の想いから目を逸らす為にした私の一言で、あなたを歪めてしまった。悪いのは私よ。」
その言葉を止めようとするかのように舞が握っていた月美の手を離し、その離した手で月美の頬に触れる。
「怒るよ、月美ちゃん。ボクにはキミのことを忘れて、キミに言われた通りに男の子に恋をして。そんな、他の人達と同じように生きる選択肢があったかもしれない。それでも、ボクはそれを選ばなかった。ボク自身の意思で動いたんだ。歪めたなんて、言わないでおくれ。」
「そうね。あなたは、私の言葉なんかで歪むようなヤワな人間じゃない。」
「それだと、まるでボクが頭の固い頑固者みたいじゃないか。」
舞は月美の頬に触れている自分の手を見る。その手は今にも消えそうに透けていて。それを見て悩むように俯き、何かを決めて月美の目を見る。
「月美ちゃん。名前で呼んで。」
「え?」
「月美ちゃん、いつもボクのことをあなたとしか呼ばないから、名前で呼ばれたこと、あんま無いなって。だから…ね。」
舞が言葉の終盤で口籠ったのは、「最後だから。」という言葉を言いかけ、それをやめたからだと悟る月美。だから彼女も、それを連想させる言葉を使わない。
「分かったわ。いつもありがとう…舞。」
「うん。こっちこそありがとう、月美ちゃん。じゃあ、次のおねだり。」
「随分と、甘えるのね。」
「月美ちゃんがボクを甘やかすから、甘えん坊になっちゃったんだよ。」
「心外よ。」
「もう一回だけ、きーちゃんって呼ばせて。」
「何度でも、そう呼んで良いわ。」
「ううん。これが最後。ありがとね、きーちゃん。やっぱり、キミは優しい嘘つきだ。」
「優しい嘘つき?」
「うん。キミは、いつも誰かの為に、自分が傷付いてしまうような嘘をつくんだ。今もさ。その、ほら。」
二人の間に沈黙。その間にも、少しずつ舞の姿が薄くなっていく。それを見た月美は口を開く。限られた「時間」を、無駄にしない為に。絶対に、これ以上後悔の残るような「時間」にしない為に。
「あなたが私を優しい嘘つきだと言うのなら。今から一つだけ。優しい嘘をついてあげる…えぇ。ついてあげるわ。だからあなたは。それを、見抜いてみなさい。」
月美は息を大きく息を吸い、舞の目を見つめる。あの頃から変わらない、大きく勝気な吊り目を。
「私は、あなたを愛している。仮にあなたが、こんなことをしてしまった私でも。今でも受け入れてくれるというのならば、恋仲になりたいと、そう思える程には。舞。あなたに恋焦がれているわ。」
それを聞いた舞は、ゆっくり微笑む。その表情から、一瞬で嘘を見抜かれたと理解した月美はバツが悪くなり目を逸らす。
「それは優しい嘘じゃなくて、ただの照れ隠しじゃないか。」
「さぁ、なんのことかしら?」
「そんな、たまにすっごく不器用になるところも、何もかも。どんなことをしたとしても、ボクはずっと、月美ちゃんが好きだよ。」
舞は、手で触れているのとは反対の頬に口付けをする。満足したように、無理矢理笑顔を作る。そんな彼女を、月美が固く抱きしめる。その胸の中で。
「口じゃないのね。いくじなし。」
残された緑色の砂時計に向けて愚痴る彼女の様子は、まるで拗ねた子供のようだった。
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ラグナロクの翌日。月美の寮室に来訪者。彼女の鼓膜を揺らすノック音にほんの一瞬だけ期待を抱くが、ありえないことだと一蹴。扉を開けると、月美の予想していた通り。彼女が期待していた人物はいなかった。
「月美ちゃん。体調不良で〜、学校休んだんだって〜?」
期待していた人物の代わりにいたのは、金城愛だった。彼女は質の良さそうな紙袋を持っていた。そこから微かに香ばしい香りが漂う。
「えぇ。ただ、気分が良くなかっただけで。熱などがあったわけでは無いので、明日からはまた行きます。」
「本当に〜?」
「えぇ。」
これは嘘などでは無く事実だった。舞のことで学校に行く気分になれなかった。否。学校に行くことで、舞がいなくなったことを更に突きつけられるのが怖かった。それでも、一日学校を休んで考えた上、それを受け入れて学校に行くべきだと判断した。
「だったら、なおさら不安だなぁ。」
「え?」
「だって〜、月美ちゃんが体調が凄く悪いわけじゃ無いのに、学校を休むなんて、よっぽどだよねぇ。それぐらい、嫌なことがあったのかもって思ったら、心配でさぁ。」
「…気を遣ってくれて、ありがとうございます。ただ、これは私の問題なので。」
どこか虚な目で床を眺めつつそう言う月美。その姿を見た愛は、一つのことを決める。
「…月美ちゃん。」
「はい?」
「あの月美ちゃんの砂時計の調査。十月ぐらいからにしようか。」
「っ‼︎何で、ですか?」
「正直に言うと、準備は進んでるんだよね〜。上手く行けば、八月から始められるかもしれない。たださぁ。今の月美ちゃんは、少しゆっくりした方が良いよ?」
そう言い残して、持っていた紙袋を机の上に置いて彼女は去っていった。そんな彼女の後ろ姿を見つつ、月美は考える。
ーあぁ。そういえば、愛さんが舞のことを見たとき。どこか様子がおかしかった。あれは、昔の舞を覚えていたからかもしれないわね。もっとも、今の愛さんは舞を覚えていないだろうから確かめる術はないけれど。
彼女は、金城月美から影山月美になった日のことを思い出す。
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それは、木村舞が家に帰った後の夕暮れ時の出来事。一人で部屋に籠る仁美。そんな彼女を連れ出そうとする愛から、月美は仁美を連れ出す方法を相談された。そんな中、月美は自分達が楽しい経験をして、それを伝えるという案を出す。そうして二人は、金城邸の中にある研究施設に入った。
その場で愛は、純粋に科学の神秘に魅入られた。コンピュータの管理下にある環境で保管されるサンプル。ケースの中の小動物。試験管の中の水草。その日の研究が終わった時間だった為、実際の実験は見られなかった。それでも、愛の幼い探究心を煽るには充分な魅力を放っていた。そこで見たものを仁美に伝える。それを繰り返す度に、純粋に自分も研究者になりたいという夢を抱く愛。
しかし、金城家はそれを快く思わなかった。金城家としては、愛が金城家を継ぐべきだという方針があったからだ。それでも愛は折れない。そこで金城家は、愛に夢を抱かせた罰、見せつけとして月美の一家から金城という苗字を剥奪し、金城邸から追い出した。舞と別れることになった引っ越しも、これが原因だ。こうして金城月美は、影山月美になった。
その後、仁美が後を継ぐと宣言し、才能の片鱗を見せたことで事は丸く収まった。しかし、この事件が原因で愛と月美はお互いに罪悪感を抱くようになり、月美のそれは時を経て苦手意識へと変わっていったのだ。
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ーあの時の愛さんは、私と舞がお互いのことを覚えていないことを、自分のせいだと思ったんでしょうね。実際は、舞は覚えていたけれど、私が否定したせいで別人だと思ってしまっただけなのだけれど。
そんなことを考えつつ、月美はあの日研究室に行くことを提案しなかったとしての今日を夢想する。ずっと、金城月美として生きていただろうかと。ずっと舞と一緒にいられたのだろうかと。しかし、舞の両親の死に自分が関わって無い以上、啓二の家に住む為に神名市を離れることになるという運命は避けようが無いことだという結論に辿り着く。
「…私はあなたと友人になれたと、そう思っていたわ。それでも、今では…」
舞の記憶を見るまで、舞の両親のことを知らなかった。知ろうとすらしなかった。
ー友人になれたと浮かれて、舞のことを知ろうという努力を怠った。その結果がこれ。愛さんに休めと言われるのも道理ね。
月美は机に突っ伏す。その視界から自分の部屋が見えて。その部屋が、いつもより少し広く感じた。その原因にすぐ思い至り、彼女は声を出さずに頬を濡らした。




