第十八話 賽はふられた
上手く人に見られずに物陰に隠れた月美は、小さな声でアースを呼ぶ。
ーアースが私の行動を見てくれるように立ち回ったつもりだったけれど、今回はそれが裏目に出てしまったわね。
そんなことを考えているうちに、アースが姿を表した。
「随分と、摩耗したようだな。」
「今回の件は予想外だった。ただ、あなたが聞いていた通り、有益な時間だったはずよ。」
「しかし、彼の情報は本当に信用出来るのか?確たる証拠は無いが。」
「彼は知能がある狂人。自分が決めたルールには従うはずよ。」
月美には、そんな根拠のない確信があった。そんな月美に、「まぁ、今は君の直感を信じよう。」と信頼を示すアース。
「しかし、規模が前回の1.5倍。果たして、対応しきれるのか?」
「純粋な力比べなら可能なはず。問題は、こちらの聖因子が保つかどうかね。」
「戦闘面に関してはサポートが出来ない。君達に任せるしか無いのは、心から申し訳ないと思っている。」
「そもそもあなたがいなければ戦う手段も無かったし、敵の位置を特定してくれるおかげでスムーズに戦えている。それは事実よ。」
そんな会話をしながらも、どこかもどかしそうな表情を見せるアース。
「何よ。」
「気になってな。君が他人を破滅に導くという言葉の意味を。」
「その話?ありふれた、つまらない話よ。一人のとある馬鹿がその気もなく人を惑わせて、一つの財閥の未来を揺るがしてしまった。そんな、ありふれたことよ。」
吐き捨てるように言い残し、月美は寮へと戻って行った。そんな月美の背中を見送ってから、アースは光となって消えた。
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「月美ちゃん、おかえり。遅かったじゃないか。もしかして浮気かい?」
「やけにテンションが高いじゃない。」
「分かる〜?今日はさ、ちょっと昔話をしたんだよね〜。月美ちゃんとの出会いとか。それがなんか楽しくってさ。」
「…そう。」
そう棒読み気味に言いながら、月美はゆっくりと座布団に座る。
「どうしたの?やけに元気が無いけど。」
「まぁ、いろいろあったのよ。」
「そっかー。何があったの?」
「いろいろはいろいろよ。」
言われて、ジト目で月美を見る舞。そんな彼女の変わらない様子を見て少し考え過ぎだったと感じ、少し平常心に戻る。
「これは、今は一人で背負うべき問題よ。いつか一人で背負いきれなくなったときは、あなたに頼めるかしら?」
それを聞いた舞の顔は一気に真っ赤に染まり、一瞬恥ずかしそうな顔を見せた後はだらし無い笑顔を見せる。
「そっか。月美ちゃんってば、ボクのこと、頼ってくれるんだね‼︎」
「これでも、あなたにはいろいろと頼ってしまっていると思うのだけれど。」
「いや〜、それほどでも〜‼︎」
言葉とは裏腹に、舞は心から嬉しそうな表情を浮かべていた。そんな調子に乗った様子が癪に触り、月美は舞に釘を刺すことにする。
「そう言えば。きちんと課題は進めているんでしょうね?」
「た、多少は、ね。」
「あなたの多少は信用出来ないのよ。今すぐに見せなさい。」
「鬼‼︎」
ふてくされたように小さく呟いて急ぎ足で自分の部屋に向かう舞の後ろ姿に、「聞こえているわよ。」と返しつつ月美は考える。
ー私が、意図せず他人を破滅に導く。その対象が、この子じゃないと良いのだけれど。
戻って来た舞は、想像通り課題を溜め込んでいた。溜め息を吐きはしたが、変わらない舞の様子に少し救われた。
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翌日。月美は携帯を握り、悩んでいた。そろそろ、金城愛の力を借りるべき盤面かもしれないと直感が告げているのだ。しかし、どうも踏ん切りがつかない。
ー愛さんならば、聖因子の正体や細かい性質を解析することが可能かもしれない。それに成功すれば、無事にラグナロクを乗り越えられる可能性が上がるかもしれない。それでも、現状この学校に通う為に愛さんに大きな借りを作ってしまっているのは事実。愛さん側がその借りを主張するような人物では無いとはいえ、これ以上借りを作りたくない。悩みどころね…
考えている間に、扉が開く音。少し不安気な表情でこちらを覗き込む舞の姿。
「入って来ないの?」
「いや、月美ちゃんにお客さんが来てるんだけどさ、呼んで良いかな?」
「誰?」
「名前は聞いてない。眼鏡かけてて、背はボクよりちょっとだけ高いかな。大学生ぐらいの女の人。」
「…そう。分かった。こっちから出迎えるわ。」
舞の情報だけで、こちらに訪れた人物を特定する。何故このタイミングかという疑問を胸に抱きながら、彼女は寮の出入り口に向かう。
目的地に到着すると、そこには予想通りの人物の姿があった。
「高校、懐かしいなぁ。」
「あなたが通っていたのは、ここではなく仁美と同じ神名中央高校でしょう。それに、卒業したのも数ヶ月前。懐かしいというほどでも無いはずです。それで、何か問題が生じましたか?愛さん。」
金城愛。月美の悩みの種となっている人物の姿がそこにあった。
「そんなにズバズバ言わないでよ〜。なんかぁ、ほら。寂しいじゃん。」
「月美ちゃん。大丈夫?浮気?邪魔なら席外して遠くからハンカチ咥えて見守るけど。」
「二人共、一旦静かに。ひとまず愛さんに聞きます。今からする話、この子に聞かせても良い内容ですか?」
「う〜ん、どうだろ〜う?私からしたらぁ、別に聞かれても良いようなぁ、家に関わる感じの話なんだけどぉ。もしかしたら、月美ちゃんがその娘に知られたく無いって思う内容かも〜。」
月美は一瞬悩み、舞を見る。舞は心配そうにこちらを見ていて。そんな彼女を見ていたら、どうも調子が狂ってしまう。
「私達は普通に話すわ。割り込まない。追究しない。補足を求めない。それを守れるならばここにいても良いわ。」
「分かった。」
予想はしていたが、舞はこの場を去るような素振りを見せなかった。そのことにどこか安心してしまっている自分に嫌気がさす。
「じゃあぁ、簡潔に。月美ちゃんが『こっち』にいるってことが、お父さんに気付かれそうっていう話。」
「何があってそんなことに…」
「偶然、月美ちゃんがこの学校に入るとこを見られたみたいでねぇ。」
「仁美はこのことを?」
「まだ知らないよぉ。」
思考を巡らせ、月美は決心する。
「分かりました。数ヶ月後から、休学して金城家で過ごそうかと。」
「大胆だねぇ。どんな名目で?」
「未知の物質の解析を愛さんに依頼した。この名目でいきましょう。神名市にいたのはそのサンプル集めと、愛さんへの依頼ということにします。」
「なるほどぉ。『神名市にいた』という事実にぃ、私という大義名分を付けるんだね?そうすればここに通っていたって露見する可能性は確かに減るけど、0にはならないよ?」
「あなたは陰で私をここに派遣したことにして下さい。当主が嫌うのは、私があなたを動かす側の立場にあったということ。あなたが私を動かすのであれば、多少の隠し事は許してくれるでしょう。」
「手段としてはアリだねぇ。けどぉ、その解析って部分が嘘だってバレたら面倒だよぉ?」
「嘘ではありません。解析して欲しい新物質は、ここにありますから。」
月美が砂時計を取り出して手渡す。愛はそれを様々な角度に傾けたり、耳に近付けて軽く振ったり、太陽の光にすかして見たりと興味満々のようだ。
「月美ちゃん、ひどいなぁ。こんなに面白いものを見つけたのにぃ、私に教えてくれなかったなんてさぁ。」
見て、聞いて、触れただけで。月美に渡された砂時計の異様さを理解したようだ。砂時計を差し出しながら言われたその言葉に、「こちらにもいろいろと事情があるんですよ。」と返しながら差し出された砂時計を受け取る。
「じゃあ。こっちの準備が終わり次第〜、また連絡するね〜。」
「分かりました。」
「そうだぁ、最後に。そっちのあなた。あなたの名前はぁ?」
舞に視線を移しながら問う。唐突に話を振られた彼女は、戸惑いながらもしっかりとした声で返す。
「ボクの名前は木村舞‼︎月美ちゃんの彼氏候補第一号です‼︎」
「あぁ、この子の言ってることは気にしないで下さい。」
「ちょっと‼︎酷いよ月美ちゃん‼︎」
そんなやりとりを繰り広げる二人を、どこか厳しい目で見つめる愛。それに気付いた月美が愛の方を見ると、彼女は取り繕うように笑顔を見せる。
「今のやりとりに、何か問題でもありましたか?」
「いやぁ、なんでも無いよ〜?ただぁ、月美ちゃんがこんなにも気を許すなんてってぇ、嫉妬しちゃっただけぇ。二人は〜、初めて会ったのはいつなのぉ?」
軽く舞の方を見て、「いやいやぁ、それほどでも〜‼︎えっへへ‼︎」とだらしない顔を見せる彼女が答える訳がないと判断した月美が「去年の十月辺りです。」と答える。
「そっかぁ。うん。じゃあ、さっき言った通りだから〜。舞ちゃん。舞君の方が良いかなぁ?月美ちゃんと、仲良くねぇ。」
決まっていないキメ顔で、サムズアップして愛を見送る舞。二人に見送られて去って行く愛の後ろ姿が見えなくなったタイミングで、舞が口を開く。
「あー‼︎すっごくモヤモヤする‼︎」
「あなたを置いてけぼりにしたのは、悪かったと思っているわ。」
「違うよ‼︎愛さん、行っちゃうまえにボクに申し訳なさそ〜な顔をしたんだ。愛さん、ボクに何にもしてないのに。」
普段は鈍いくせに、こういったときだけはやけに鋭い。その鋭さに感嘆しつつ、月美は舞の意見に補足する。
「あなたと初めて会ったタイミングを聞く前から、愛さんの様子はおかしかった。」
「本当はいろいろ聞きたいけど、これからはお互い忙しいからね。」
「お互い、学生というのも大きいわね。」
月美が悪戯っ子のような表情で、「ラグナロクとどちらが先かは分からないけれど、高校に入って初のテストもあるわよ。」と楽しげに言う。舞は思い出したく無いことを思い出して、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「いじわる。」
「あなたのことを思っているのよ。私が甘やかしたら、あなたは悲惨な成績をとる。あなたの思い通りに動くだけがあなたの為になるとは限らないじゃない。」
「いまの月美ちゃんのセリフ、すっごく彼氏を想ってる彼女みたいだったよ。」
「私からしたら、手間のかかるやんちゃな弟の世話を焼いているような感覚よ。」
月美は、舞の前では割と頻繁に笑顔を見せるようになった。彼女本人もそのことは自覚しており、こうは言いながらも舞には感謝してる点もある。
「さ、今のうちに復習を進めるわよ。六月に入ったら、今まで以上に勉強をする時間が無くなるわよ。」
「お、お手柔らかにね?」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
時は流れて、六月十七日。運命の刻。時間が止まる。
「この日の為の備えはしてきた。絶対に勝つわよ。」
「うん。」
視線を移すと、異形の群れ。導きの糸は必要無い。二人はハイタッチを交わし、それぞれの敵へと向かう。




