第十話 感染者は語る
前回、見事に強敵「ヒトガタ」を撃破した二人。彼女達の前に、キーパーソンとなる人物が現れます。
アースから二人の前に姿を現したのは、二体のデビルが現れた日の約十日後だった。どうやらあの場にいた本人が目覚め、彼がとの面会の日程を相談する中継役も引き受けるとのこと。全員の日程をすり合わせて、人型の倒れた跡地にいた少年が目覚めた三日後に、彼が入院する神名市立病院で面会をすることが決まった。
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月美が病室の扉を開ける。それに舞が続き、最後にアースが入った。部屋の中心に一つのベッド。部屋の主はベッドの背もたれに背を預けて携帯を見ている。どうやら一人部屋らしい。と、月美が一歩踏み込んだ瞬間アラームが部屋に鳴り響く。それがすぐに止まると、部屋の主が月美のいる出入り口方面を見た。
「すみません。わざわざ来てもらったのに気付かなくて。一応約束の時間にアラームを設定してて良かった…それにしても、時間ピッタリですね。」
部屋の主は、少しほっそりとした少年だった。月美は、彼は自分より一から二歳年上だと予想する。そんな舞を追い越し、舞が自己紹介を始める。
「はじめまして‼︎ボクは木村舞。よろしくね‼︎」
どうやら次は自分が自己紹介をするべきだと感じとった月美は、「影山月美。中三よ。」とだけ言う。舞と月美の自己紹介を聞いて頷き、部屋の主も自己紹介を始めた。
「僕はムカイカヅキ。気軽にカヅキって呼んで下さい。一応、普通の高校一年生です。」
月美は漢字を確認しようとベッドにかけてあるカードを見たが、そのカードにはカタカナで名前が書かれていた。特に追求する意味も無いので、あえて掘り下げて聞こうとは思わなかった。
「それで、あなたの知っていることを教えてくれると嬉しいのだけど。」
「うん。それなんですけど…」
カヅキは自分の知っている情報を開示した。彼曰く、自分を乗っ取っていたデビルの記憶の断片のようなものが流れ込んできたのだとか。
彼が月美達に伝えた情報として、『理由までは分からないがデビルホロウは人間の体を乗っ取ることが最初の目的である。』『デビル達がアースの作った結界を通ると、少しずつ結界に綻びが蓄積し、次のデビルが通りやすくなってしまう。』『一部のデビル達は結界が一番脆いタイミングを狙って、一斉蜂起を目論んでいる。』という3つだった。アースはこの一斉蜂起をラグナロクと呼んだ。
「アース。結界を張り直すのはいつ?」
「十二月初旬から中旬だ。」
「近いわね…」
今は十一月下旬。十二月初旬に来た場合、ラグナロクまで十日も無いかもしれない。
ー仮に時間があっても事前準備のしようが無いから、あまり変わりは無いけれど…
などと考えていると、舞が不安そうに顔を覗き込んで「大丈夫かい?」と聞いてきたので、「えぇ。問題無いわ。」と答える。それを聞いた舞は先程までの不安そうな顔が嘘に思えるほど明るい笑顔を見せる。そんな舞を見ながらも、月美は考えずにはいられない。舞はこのことをどう思っているのか。余所事を考えている暇は無いと切り替えてアースに問う。
「答えは分かりきっているけど、一応聞いておくわ。今、結界を張り直す訳にはいかないわよね。」
「当然だ。様々な問題が生じる。まずは、私が以前仮の結界を張ってから充分な期間が経っていない。故に張り直す為の力が足りない。そして、仮にその問題をどうにかして結界を張り直したとしても、その次の結界を張る為の力が貯ま前に結界が破られてしまう。力が完全に貯まったら結界を張る。このループが肝心だ。」
「うん。ボクには分からないことだって分かったよ‼︎」
そんな舞を見て微笑むカヅキ。そんな彼は追加の情報を告げる。
「そうそう。デビル達の世界はどこか遠く離れたところにあるっていうのは、朧気に感じました。それが宇宙の果てなのか、はたまた本物の異世界なのかは分かりませんが…とにかく、デビル達の世界とこの地球を繋ぐ、デビル達しか通れないパイプみたいなものを通じて彼らは侵略に来ているようです。そしてそのパイプの地球側の出口になっているのが…」
「ここ、神名市という訳だな?」
カヅキはアースの回答に頷く。それを見ながら、月美は一つの答えを導き出す。それを頭の片隅に移してカヅキに問う。
「あなたが持っている情報は、これで全てかしら?」
「はい。少しでもお役に立てたでしょうか?」
「えぇ、大いに。感謝するわ。」
そう言ってからアースの仲介無しでもやり取りが出来るようにする為に連絡先を交換し、今回の集いは解散となった。
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病室から三人が出てすぐ、アースはあまり人に見られるのは良くないと言い、光になって消えていった。舞は「病室内で消えれば良かったのに。」と呟いたが、月美にはアースがそうしなかった理由の予測がついていた。それを伝えるべきか否かを考えていると、舞は少年に話しかけていた。
「やぁ。君もお見舞い?荷物、重くないかい?手伝おうか?」
どうやら知り合いでもなんでもないらしい。少年は戸惑ってしまっている。見かねた月美は彼女の襟を引っ張り、少年から引き剥がす。
「あなたねぇ。いきなり話しかけるのはやめなさいよ。彼、困ってるでしょう?」
「はーい。」
不満そうに唇を尖らせながら、しぶしぶ月美に従う舞。そんな二人を見て、少年は慌てて舞に助け舟を出す。
「いえ‼︎いきなりだったから驚いてしまっただけで、お気持ちはとても嬉しかったですよ。」
そういう彼を見た舞が険しい表情になる。
「君、悩み事ある?」
舞は嘘を見抜くことなどは苦手だが、他人が困っているサインには敏感だ。どうやら、今回彼女が感じ取った予兆も気のせいでは無かったようだ。指摘された少年は驚いて目を軽く見開き、そして俯く。
「あぁ、ごめんよ。無理に言えとは言わないから…」
彼の触れられたくない部分に触れてしまったかも知れないと思い、気まずげに言う舞。それを見た月美は、舞の襟を引く力を少し強める。
「ほら。不用意に近付くからそうなる。悪かったわね。私の連れが迷惑かけて。さ、早く駅に向かうわよ。」
舞は月美が襟を引く力に逆らわず、申し訳無さそうに少年を見る。少年もまた、舞と同じように申し訳無さそうな表情で二人を見ていた。二人のことが見えなくなるまで、何かを言おうとして、それをやめてを繰り返していた。
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「今回のことに懲りたら、余計なことに手出しをしない。分かったわね。」
「うん。分かったよ。」
どうやら今回の件は、かなり根に持ってしまったようだ。胸に何かがつっかえているようなもどかしい感覚が二人を襲っていた。
そして月美には、先程の件のせいで伝えるべきタイミングを見失なってしまった報告があったのだが…
ー遅かれ早かれ、伝えるべきこと。誤解を招きそうだから、この子に最初に伝えるのは少々癪だけど、仕方ないわね。
「私、受験する高校を決めたわ。」
「良かったぁ…ボクも心配してたんだからね?」
「あなたに心配される筋合いは無いわよ。それに、私から見たらあなたの方が心配よ。」
「釣れないなぁ。で、どこなんだい?」
舞は先程のことを忘れたかのような、期待に満ちた目で月美を見ている。自分の報告が舞にもたらす影響を考えると軽く頭痛がしそうだと思ったが、それでも報告しないという選択肢は無い。腹を括って自分の導き出した志望校を伝える。
「私は、神名西大学付属高校を受験することにしたわ。」
言い終えると、舞は一瞬目を丸くしてフリーズし、内容を理解した途端月美に抱きつく。月美は必死に舞を引き剥がそうとする。
「ちょっと‼︎くっつかないで‼︎離しなさい‼︎」
「月美ちゃん‼︎とうとうボクの告白を受け入れてくれたのかい⁉︎ボク、絶対に月美ちゃんを幸せにするよ‼︎」
「話が飛躍し過ぎよ‼︎それに愛が重い‼︎事情を説明するからまず話を聞きなさい‼︎」
言われて少し抱きつく力が弱まる。それを見計らって、月美は舞を引き剥がす。
「あなたねぇ。天下の往来で何してるのよ。後先考えて行動しなさい。良いわね。」
遠巻きにこちらを見ている通行人を横目に見つつ舞に忠告する。そして、先程言った事情について説明する。
「神名西大学付属高校を選んだ理由だけど、今日の情報で神名市に拠点を移すべきだと思ったからよ。」
「あ、そっか、神名西は…」
「神名市の公立高校で、唯一寮がある高校。拠点を移すにはちょうど良いわ。」
「なるほどねー。ボクの為に神名西を選んでくれた訳じゃ無いのは少し残念だけど、月美ちゃんらしいっちゃ月美ちゃんらしいかなー。」
不満気に唇を尖らせながら言う舞。そんな舞を横目に見つつ、月美は言葉を続ける。
「ただ不安なのは、さっき言っていたラグナロクとやらが起きるのは、拠点を移す前だということね。」
「まぁ、無理なものはしょうがないんじゃないかい?」
それは、月美にも分かっていることだった。しかし先程の件のこともあってか、深く考えていないように見える舞の様子が何も考えていないように見えて、それが腹立たしく思えた。
「楽観的過ぎないかしら?」
感情が口から溢れ出てしまう。これ以上はダメだ。そう頭では理解していても、感情は止められない。
「だいたい、あなたは危機感が足りない。警戒心が足りない。アースのことを、ムカイカヅキのことを…私のことを、信用し過ぎなのよ。あなたは、もっと自分で考えて行動しなさい。」
今、感情が抑えきれないのはおかしいことではない。むしろ、抑えてきた今までが異常だったのだ。いきなり謎の現象に巻き込まれたのも理由の一つだが、金城家関連の問題も常に月美の心を蝕んでいた。さらに、今日もたらされたラグナロクの情報。それにより、月美の心に焦りが生まれた。その時点で、月美の感情を抑える防波堤はいつ崩れてもおかしくなかった。
「…聖因子って、限りがあるよね。全部使い切っちゃったら、ボク達どうなっちゃうんだろ。」
唐突に舞が呟く。月美は、すぐにはそれが舞の口から紡がれたものだとは気付けなかった。そんな動揺した月美を置き去りにして、舞は必死に考えながら言葉を繋ぐ。
「アース、なかなかそこに触れないよね。それはきっと、ボク達にとって都合の悪いことだから。それぐらい、ボクにだって分かるよ。それでも、戦えるのはアースのおかげ。そこは変わらない。少なくとも、ボクはそう思って戦ってるよ。」
「あなた、いきなり何を…」
「月美ちゃんと同じぐらい考えて動いてるなんて言えないよ。けど、ボクにはボクで、曲げられ無いものがある。きっといろいろ理屈を並べても、自分の心は裏切れない。」
「何が、言いたいのよ…」
「うーん、考えてることを言葉にするって、思ってるより難しいね…簡単に言うと、ボクはアースや月美ちゃんになら騙されても仕方ないって思って動いてる。そこはきちんと、芯としてあるんだ。だから、危機感が無いって言われたのは、ちょっと嫌だったかも。」
月美の感情は舞の言葉で収まるどころか、更に増幅していた。その苛立ちは、表情に出てしまっていた。
「珍しいね。月美ちゃんがそんな顔するの。」
「今まで、顔に出さなかっただけよ。」
「そっか。じゃあ月美ちゃん。一回どこか静かなところに行ってさ。喧嘩、しよ。」
「は?」
月美は、これまで一度も舞の考えていることを理解出来たことが無い。しかし、今回は今まで以上に訳が分からなかった。その疑問を察したのか、舞は言葉を続ける。
「今までボク達さ、勝手にボクが先走って、それを月美ちゃんが諫めて…そこで終わってた。月美ちゃんは怒ってても、注意で終わらせてたんでしょ?そんなこんなでボク達、今まで一回も喧嘩したこと無かったよね。だから、喧嘩しよう。それで思ってること全部言い合って、ちゃんとした友達になろ。」
舞は真っ直ぐ月美を見据えている。しかしそんな様子とは裏腹に、声と手は震えている。
「私は…」
月美が後ずさる。そのまま舞から離れようとしたが、中断する。月美が後ずさった瞬間、舞の様子がおかしくなったから。胸に手を押さえて、荒い呼吸を始める。
「どうしたのよ…」
月美がゆっくりと舞の肩に手を触れる。するとその瞬間、舞はその手にもたれかかるように月美に倒れこんできた。
「ちょっと…しっかり…」
ー幸い病院からはそう離れていない。すぐに病院に…
肩を担ぎ、病院に向かおうとする。そんな彼女の耳に聞き覚えのある声。
『影山月美。彼女を人目につかない場所へ。事態は一刻を争う。』
声の主は姿は見せない。そんなことは意識せず、声の主に従って少し離れた路地裏へ。その後、舞のことをアースに託して月美はその場を去った。自分に出来ることは無いから仕方ないと言い訳して。これが逆だったら舞はどうするかと考えて、自己嫌悪に苛まれながら。それでも彼女は振り返ることが出来なかった。
舞が倒れたのは、数話前の「一人になったら…」というあれが原因。物理的にでは無く、心理的に独りになったので発生しました。




