002 元王子の評判
衝撃! 成人の儀式で王は、王子の功績・成長を喜びつつも、国の黒い力により、我らの愛すべき王子は全てを失い魔郷に消える! 大臣や領主の会議で話し合われた王子排除の情報を入手! 民の人気が高く、優秀すぎる王子は実力主義。人事刷新を危惧した模様。「王都新聞」
晴れ晴れしい、王子の凱旋を見送って「素晴らしい次期王の誕生」の祝が町中で湧いて、昼夜問わず騒いでいた。自分たちに近い、優しい王子が次期王になる。こんなに嬉しいことはない。これで次世も安泰、どころか活況が約束されたものになった。
喜びが怒りに変わったのは、3日の朝。昨夜までの大騒ぎの後片付けで忙しい街に配られた新聞を見てからになる。町中が怒りの感情に変わっていく。新聞を見て、報じて回る者が何人も出た。
俺たちが見た王子の晴れやかな顔は全てを失った顔だったのかと、あの兵士達は死の執行人だったのだ。王子の心中を知らずに自分たちは浮かれ騒いでいた。
10年前あたりから、王子が度々街に現れるようになった。たまたま入った店が美味しくて、コックを呼びつけたら、小さな子供でよく見たら王子だったとか、祭りでスラム街の人達と店を出していたのを見かけたと思っていたら、あっという間に大商店にまでなって、弱者救済活動を展開し始めてスラムどころか孤児や物乞いがが消えたのを見ている。
最近、見かけないと思っていたら村を救っていたやら、冒険やら、新しい鉱脈の発見という報を新聞売りと並んで、吟遊詩人が街頭で報じている。その隣の屋台で王子が街の子供たちと軽食を売っていたりする。活躍が歌劇になって、見に行くと大笑いしている馬鹿がいて王子だったとか。枚挙にいとまが無い。
この広大な国のどこからも王子のウワサを聞く。王子が6つ子だというウワサもそれならと納得する始末。伝達の遅いはずのウワサが1月程度のズレで届くのは新聞と絵本のせい。王都新聞社が神出鬼没の王子の活躍をすぐに伝えて来るし、活躍が絵本となって発売される。文字の読める者は新聞を読み、読めない者は絵本で知る。新聞社は元スラムの人達が王子と作ったもの。電撃的に大店になったのは、独創的な商品でもあるし、新聞が王子中心の記事のせいもあるが情報が早く、全土を網羅している情報収集力の高さが評価されている。利益を弱者救済ににあてて、スラムが最新の一角に変わった。絵本作家のマーが王子というのは誰もが知ってること。
ちょっと思うだけで、色々と浮かぶ。私たちの王子。
王子の心を知らずに騒いでしまったと、あるものは嘆き悲しみ、ショックで倒れる者もいた。あるものは衛兵や役人に掴みかかる。大きな怒りがうねりとなって、城や大臣・高官の屋敷に集まる。群衆に打ち壊された屋敷もあった。屈強を誇る軍隊が暴徒を沈めるのにも10日を要した。城の外門は粉々になり、内門もかなり危ない有様で、大臣屋敷を護ったものの崩壊寸前だった。
だというのに、襲った屋敷から財宝を奪うことは無かったし、屋敷の弱者に向かうことは無かった。店や住戸に暴徒は無く、パン屋はせっせと焼き、店は料理を作り、こども達が水とともに配るという。過去や他国を見てもあり得ない事実に、未来の歴史家なら事件は創作というかもしれない。
新聞は定期馬車や商人達が運ぶ。時がズレて、王子の成人を喜び。国の暴挙に怒るを繰り返して広がっていく。向けられる怒りは権力へのみというのも同じ、国中が持った国への不信、それにつながる政治の腐敗が語られ、美化される王子。虚実を混ぜて語られる話は、壮大な物語になり民衆は酔っていく。文字離れの心配は吹き飛び、新聞や出版物は過去最高を更新し続けている。
新しい話が途切れることが無いのは、この広い国のどんな片隅であっても王子が訪れない場所が無いことから、まだ知らない王子の物語がいくらでもあり、王や貴族たちを知らなくても、王子と話したことが無い人は居ないと言われるほどである。
お金を見たことがない王子に使い方を教えた子供の話。小遣いをもらえないと言って、料理を作っていた店。露店の店番はしょっちゅうあるし、たまたま訪れた村で猛獣退治したとか、井戸を掘った、鉱山を見つけたなんてのもある。いい話だらけだし、冒険話もそう。恋の話まであって、若い娘を喜ばせる。
事実、王都のスラムが無くなった、てのは王子の仕業だし、飢饉で餓死者が一人も居なかったっていうのも王子が陰で動いていたいうのはみんなが知ってる。というか当事者がいっぱいいる。一人で戦局をひっくり返す勇者は確かにすごいけど、万民を率いて一緒にあがく英雄の方が俺たちは好きに決まってる。そりゃ新聞に虚飾があるってのも実はみんな分かってる。王子なら「その方が楽しいよ」って、きっと言うって事まで。
新聞を見て、決まって言う。街がキレイになった、亡くなる人が少なくなった、こんな村まで気にしてくれていた、治安が良くなった、仕事が増えた、街が明るくなった ・・・「それなのに、なぜ」
あの事件が、王子を失った事から、何年経っても民は王子を忘れなかった。新聞は毎月届く。新しい王子の話題を持ってくる。疑わしい時もある。
綺麗な顔の気さくな、背が小さい事を気にしてる王子を思い出しながら今日も仕事に行く。
本日もありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。