>[Under the cherry blossom]_
事件から一週間が経過した。最近はずっと雨の予報が続いていたが今日は久しぶりにこの旧イケブクロの街はいわゆる「テレビの空きチャンネルの色」のような青空が広がっていた。
あの後桃華は裏稼業の「葬儀屋」を手配してトモエの家は元通りになり、そしてトモエさんの死体は桃華の家からそう遠くない廃公園の隅っこに埋葬してもらった。
僕と桃華が埋葬に立ち会ったが、トモエさんの死体はあの事件で見つけた時とは違って綺麗に「化粧直し」をされていて、頭に空いていた穴は埋められて自然に見えるように化粧を施されている。トモエさんは本当に安らかな顔で眠っているようだった。
「葬儀屋」の老紳士は、トモエさんとは長い付き合いだったらしく、私自身一番キレイなトモエさんで見送らせていただきたかったので今回の化粧直しはサービスです、と言ってくれた。
桃華は二、三日は口もきけないほどにはショックで塞ぎ込んでいたが、トモエさんを見送ってからはだいぶ元気になった。闇医者稼業も再開し、今は休みを取っていた間の患者がたくさん訪れていて連日大忙しだ。
僕もかなり桃華の助手が板についてきて簡単な応急処置程度はこなせるようになってきた。
でも今日僕が街を歩いているのは医者の助手の仕事とはちょっと違う理由だ。桃華は多忙で手が離せないので、僕にとあるおつかいを頼んだのだ。
旧イケブクロ駅付近の建物の一階は元々コンビニだった場所なのだろう。明かりのつかない看板の代わりに手書きのクリップボードが入り口にぶら下がっていた。
フラワーショップ彩
中に入るとさまざまな花の香りがとても爽やかだった。
僕は奥の方で電卓を弾いている若い女性に声をかける。
「こんにちは、取り寄せを頼んでいた上条ですが・・・。」
「ああ、どうもどうもー。桜の苗木ですね。届いてますよ。」
僕は会計をして植木鉢に入った桜の苗木を受け取った。枝の先にはキレイな桃色の花びらが開いていて春の到来を告げていた。
「ありがとうございましたー。」
そう言って女性は、店の外まで見送ってくれた。
僕は女性に会釈をして店を後にする。
桜の苗木を買ったのは、このご時世にこんな崩壊した街で墓石を取り扱っている業者なんている訳が無い。
そこで代わりにトモエさんが好きだった桜を植えてあげようと桃華と二人で決めたのだ。
僕はトモエさんを埋葬した廃公園へ向かった。
トモエさんを埋めた所は草が掘り返されていて土が新しかった。僕はシャベルでそこを浅く掘って桜の苗木をそっと植えた。
何十年も先にはこの桜も幹が太くなって立派な花をたくさん咲かせているのだろうか。そしてその頃には戦争が終わって平和な未来になっているのだろうか。
僕は未来への祈りとトモエさんの安らかな眠りを願い手を合わせて目を瞑った。
しばらくの祈りの後、目を開いたその時だった。
後ろから土を踏む足音が聞こえてきた。
そして僕の隣に立った見知らぬ男は桜の苗木を見て突然こう言った。
「桜って不思議だよな。樹木の種類は無限にあるけど何故か桜だけは極端に明るいイメージと極端に暗いイメージが混在している。大昔には不吉の象徴として扱われていたらしいぜ。知ってるか?梶井基次郎の『櫻の樹の下には』。」
>chapter1.END.//<to be continued...>;
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