>[It was a rainy day]_
立体駐車場の中へ入った僕たちは、もう動く気配の無いエレベーターの横の階段室へ入り、そのまま最上階へと駆け上がった。敵の侵入経路を出来るだけ限定して、囲まれないようにするためだ。一階で戦うよりは遥かに有利だろう。
駐車場の中にはエンジンや内装を抜き取られて、タイヤも全て空気が抜け切ってるような、朽ち果てた車がいくつも放置されていた。それらはちょうどいい遮蔽物になりそうだ。僕たちは駐車場のちょうど中央あたりで、横倒しにされている落書きだらけの車の影に隠れた。
『良い?イメージが重要よ。あなたの体は本来兵器運用されるはずの義体だから当然戦闘する事を想定して作られているわ。普通の人間の体よりも運動能力が桁違いに高いし、拡張CPUにコンバットエミュレーターが組み込まれているから玲音が思った通りに体が勝手に反応してくれるはずよ。あとアーマーポイント弾でもない限りは、細胞硬化である程度弾丸を防げるから撃たれて即死することは無いと思う。でも細胞硬化は、痛みと衝撃は普通の体と同じように感じるし、拡張CPUのバッテリーを著しく消費するから絶対に被弾は避けて。バッテリー切れを起こすと生命維持装置が停止して、あなたの脳が死んでしまうわ。だから細胞硬化は万が一の時の保険ぐらいに考えて。』
脳が死ぬ。その言葉を聞いて母さんが死んだ時の事を思い出して、全身の毛が逆立つような感覚が爪先から頭の先まで駆け巡った。
桃華は腰のベルトにつけていた銀色のカプセルを取り外して、床に投げつけて叩き割る。カプセルの中に入っていた透明な液体が流れ出る。液体はすぐに蒸発して跡形も無くなった。
『それは?』
『液状化させた人工細胞よ。密閉した真空状態から取り出すとすぐに粒子化して空気中に舞うの。これを私の拡張CPUで硬化させれば、一回だけ盾を作ることができるわ。まぁ、私は生身だからあなたの細胞硬化の代わりね。』
桃華は左手の手首をこちらに見せた。腕時計のようなリングに僕の首についてるのと同じようなジャックがあった。
複数人が階段を上る音が聞こえてきた。僕の心拍数が速くなっていく。
『来たわね。準備はいい?ギリギリまで引き寄せたら飛び出して行って。それまで私ができるだけ相手の数を減らしておく。』
『やってみる。』
階段室の金属製の扉が勢いよく開かれた。男達がゾロゾロと出てくる。
桃華は車から少しだけ体を出して、拳銃を数発撃つ。
ぐあっ、と男の声が聞こえたすぐ後に、向こうから無数の銃声が鳴り響く。
車の金属板にいくつもの弾丸が跳ね返る音が耳をつん裂く。
「うわっ!」
僕は叫び声を上げた。気づけば体は恐怖で硬直し手足が震えていた。
『落ち着いて!生体ユニットを信じて!』
僕は自分に何度も言い聞かせる。
大丈夫だ、やれる。大丈夫だ、やれる。大丈夫だ、やれる。
息を大きく吸ってゆっくりと吐き出す。
その間も桃華は激しく銃撃戦を繰り広げていた。
手足の震えが収まってきた。思考に冷戦さが戻ってくる。
僕は拳銃のセーフティを解除した。桃華は身を隠してリロードを行う。
『今更だけどこんな事に巻き込んで本当にごめん。』
桃華が目で僕に合図をした。
僕は遮蔽物から身を乗り出す。瞬時に相手の人数を数える。
手前の車の影に二人。
左奥の柱に一人。
その後ろ階段室のドアの影にもう一人。
「あああああああああッ!!」
僕はできるだけ大声を上げて恐怖心をねじ伏せる。
握りしめる右手。
僕は銃を乱射する。
弾丸は向こうの遮蔽物やアスファルトに当たる。
敵は顔を引っ込めた。
僕はそれを見逃さない。僕は車を飛び越えて全力疾走で相手との距離を詰める。
『良いんだ。これは多分僕のエゴだから。』
風を切る音がうるさい。おそらくかなりのスピードで走っているのだろうが大量に分泌するアドレナリンのおかげで全てはスローモーションになっていく。
手前の車のルーフパネルに手をついた。
車の影に隠れていた男の一人が顔を出したがもう遅い。
僕は全力疾走の勢いのまま跳躍して男の顔に飛び蹴りを入れて車の影に飛び込む。
男の顔面をクッションにして着地。
すぐ隣にいた男がこちらの方に体を向けて銃を突きつけようとする。
膝を伸ばす勢いを利用して、立ち上がりざまに男の銃を払い飛ばす。
空中に浮いた拳銃は、明後日の方向は弾丸を飛ばした。
右足を前に踏み込む。
丸腰になった男の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
そのまま柱に隠れる男の方へ突進する。男は銃を構えたが撃つことはできない。
持ち上げた男ごとその男に体当たりして壁に叩きつける。
男が白目を向いて口から少し吐瀉物が出るのが見えた。
振り返る。
ドアの影にいた男が飛び出してきてこちらに銃を向けようとしていた。
灰色になる視界。HUDのコンバットエミュレーターが相手の武器と筋肉の動きを計算して、弾道予測を赤い筒状のラインを視界に表示した。
体を捻って弾道予測から体を逃す。
瞬間、放たれる銃弾。
目の前を熱を帯びた弾頭が、通過していくのがはっきりと見えた。
僕は捻った体をそのまま回し込んで行く。
体を半身回すごとに一歩、二歩とステップを踏む。
男が射程距離に入った。
回転の勢いを乗せて足を振り上げる。放たれる強烈なハイキックは相手の側頭部に直撃。
吹き飛んだ男は空中で180度回転し、頭からアスファルトに叩きつけられる。
僕は息を切らす。これで全員か。
そう思った瞬間。階段室からマシンピストルを携えた男が出てきた。
しまった!反応できない!
弾道予測が僕の胸の中央を狙う。
駐車場にこだまする銃声。
その男は太ももから血を吹き出して地面に倒れ込んだ。
ポップアップするメッセージウィンドウ。
『ありがとう・・・玲音。』
桃華がカツカツと足音をたてて、男の方へ歩いて行く。
「く、来るなぁ!」
凄まじい連射音とともに放たれる銃弾。マシンピストルの少ない弾倉は一瞬にして空になる。
桃華の目の前には薄緑色のランダムに屈折したステンドグラスのような膜が張られていて、そこに銃弾が全てめり込んでいた。
薄緑色の膜はピシピシと音を立てて割れた。破片は灰色に変色して霧散する。
「来るな!来るなぁ!」
男は懸命に引き金を何度も引くが、虚しい音がするだけだった。
桃華は男の目の前まで歩いて、男を冷たい目で見下した。
「小口径のFMJが足に当たったくらいじゃすぐには死なないわ。私こう見えて医者だから詳しいの。本音を言えばね、ホローポイントでアンタの内臓をめちゃめちゃにしてやりたいんだけど。」
「た、頼む、殺さないでくれ!あの婆さんを殺したことは謝る。だけど俺達は革命戦争のおかげで仕事にあぶれた奴や就活に失敗した奴の集まりなんだ。金を稼ぐために仕方なくやったんだ!」
桃華はしゃがんで拳銃を男の顎に押し当てた。
「へえ、命の執着が凄いわね。素晴らしい事よ。私の知ってる誰かさんにもそういう所見習って欲しいわ。良い?生きたかったらあなたに選べる道は一つよ。今すぐ警察に自主して保護してもらいなさい。そうすればアンタの太ももに刺さってる鉛弾を安全に取り出してくれるはずよ。あー・・・もちろんアンタ達が稼いだ汚いお金で闇医者に頼るのも手だとは思うけどもし運良く私の所に来てくれたら麻酔無しでその弾丸、抉り出してあげるから。」
「分かった!分かったよ!」
「ならさっさとそこら辺で寝てるお友達を連れていってらっしゃい。警察署知ってる?ここから西に3キロぐらい行くとあるのよ。」
「オッケー・・・オッケー。分かったよ。」
男は痛みでガクガク震える足で立ち上がり、辛うじて意識のある奴を呼び寄せて全員を外へ運び出していった。
階段の音が遠ざかり、誰もいなくなった事が分かると、桃華はその場に座り込んでしまった。
ポツポツと二、三粒の雨粒が汚れた窓ガラスに当たる。そしてすぐに雨足は強くなり、バケツを返したような土砂降りになった。
桃華は手で顔を押さえて泣きじゃくる。
「嫌だよ・・・・嫌だよぉ・・・お母さん・・・行かないで・・・。」
僕はしゃがんで桃華を強く抱きしめる。
何も言わずただしっかりと。
桃華の体温の温かみを感じる。
僕は知っている。あまりにも深い悲しみの前にはどんな言葉も無力である事を知っている。
アスファルトを殴りつける無数の雨の音が響き渡っている。
今日も旧イケブクロは雨が降り続ける。