魔術師
魔術師の強さは魔術の組み立ての早さ、強度にある。
強度を高くすると魔術は強力に放たれるし、早く組めば速く放てる。
アラクは久々に魔術はどういうものだったのかを思い出してそういやこんな面倒なものだったなと憂鬱になった。
「カウェン、人質を取るような悪党だったのか」
スフェアは木に縛り付けられていた。
見知った森の中とはいえ、カウェンのやっていることは普通じゃない。
アラクはそう考えてカウェンに思いとどまって欲しかった。
それでもカウェンに悪びれた様子は一切ない。
「勘違いするなアラク。この子は関係ないけど、君の勉強を邪魔したことは確かだ。
僕との勝負にも乗らないのならこうするしかなかった」
「そこまでして俺との勝負にどうして拘るんだ?」
「拘るよ! 君は僕を落とし穴に落としたじゃないか!
あんな負け方をしたまま別れるなんていやだ!」
確かにそうかもしれないとアラクは反省した。
カウェンは身の丈をほどの魔法陣を展開しアラクへ放った。
どうして魔術勝負なのか、そんなことを考えながらアラクは横に避ける。
「あのときは俺が悪かった! あれは魔法勝負でもなんでもなかった!
俺の負けだカウェン! だからやめてくれ!
相手を嬲るのがお前のやり方なのか!?」
「その粗雑な物言い……君は昔からそうだよ。甘ったれなんだ。
そして他人の感情なんて関係なく人を弄ぶ。
僕が落とし穴に落ちてどんな気持ちになったかなんて考えちゃいなかったんだ。
アラク! 君が本気を出すまで僕は攻撃をやめない!」
第二波の魔法が放たれる。
先ほどよりも強くアラクのいた足場が爆風と共に爆ぜる。
炎の魔法だった。
「洒落になんねえ!」
死ぬ! 一発でも当たれば致命傷だ!
アラクはそう思うと同時にカウェンを知っているようで知らなかったと思い知らされる。
カウェンがアラクの卑怯な手で敗れる度にどれだけそのことを思い詰めたのか。
それを知ろうともしなかったことで引き起こった事態。
アラクは自分の思慮の足りなさに責任を取らされているような気分だった。
「君は最低だっ。弱いから努力するのではなく努力しなくても勝てる方法を探そうとした。
そして君は勝利を収め、僕に惨めな思いをさせたまま魔術師にさせた……僕は君を許せない!
――君は僕にめちゃくちゃに負けるべきなんだ!」
次々と爆ぜる足下。
少しでも走りを止めればアラクは宙に投げ出され強かに地面に打ち付けられるだろう。
アラクは早々に平原を諦めて森に逃げ込む。
「そうやって木に隠れるばかりじゃ僕には勝てないよ」
「お前の方こそ! そんなに落とし穴に落とされたことを根に持つなんて男としてどうなんだよ」
「それが君の本音かい? 魔術師に男も女もない」
アラクは直感で屈むと背後の木がめきめきとその長身を倒していく。
「嘘だろっ! 直径100セルカもある大木だぞ!?」
この辺の木々は太く育っていてとても良質だ。
それをいとも簡単に切り倒す風魔術はどう考えても即死級。
食らえば胴を綺麗に両断されるだろう。
カウェンに師匠が付かなくなったのはもう教えることがなくなったのだと理解に至りアラクは戦慄する。
「そこか!」
カウェンの手には杖が握られていた。
術式の補助が行える杖はその仕組みを内部に隠しており、起動から発動系統魔法その属性を回路に通すことで術式を大幅に短縮できる代物だ。
あれは師匠の杖であり、一級品なのは疑う余地もない。
カウェンが師匠から受け継いだのだとすれば相当にたちが悪い。
それはもう正統後継者がカウェンということになる。
アラクの劣勢は覆らない場所にある。
「くそ、もういっそスフェアにも戦って貰うか」
このまま逃げているだけではどうあってもカウェンには勝てそうにない。
アラクの頭ではそう結論付いている。
魔力切れを狙うなら半日は逃げ回らなくてはならない。
その前にアラク自身の体力が尽きてしまう。
ならばスフェアという不確定要素を導入しなければ状況は覆らない。
どのみち世話係のアラクがいなくなればスフェアも死ぬのだ。
巻き込むことを恨みはしないだろう。
逃げ回っていたアラクが行動を起こす。
「竜の息――」
人差し指の先から極点のブレスをスフェアの縄に放つ。
飛距離は80メルカ以上。
スフェアの縄が穿たれ切れる。
「スフェア、手伝ってくれ! カウェンを取り押さえるんだ!」
「く、いつの間に! スフェアは僕の言うことだって聞くぞ! スフェア、そのままそこにいるんだ!」
スフェアは動かなくなってしまう。
アラクの横に爆風が過ぎる。
叫ばせないつもりだ。
「スフェア! カウェンを取り押さえてくれ! このままじゃ死ぬ!」
「スフェア! 動くな!」
まるで何かの冗談のようにアラクが言う度にスフェアは動こうとし、カウェンが言う度にぴたりとスフェアは動きを止めた。
「師匠がスフェアは人形だと言った意味が分かったよ。彼女は人間じゃあない!
自分の意志なんか持たない。だから2年半もベッドの上で過ごしたんだろう?」
「スフェアは人間だ! 感情もちゃんとある人間だ!」
「どうでもいいっ、戦えアラク!」
「俺は魔術を人に向けたくない!」
「それが甘えだというんだ!」
一方的な攻撃は苛烈さを増す。
1回で何本もの木が倒れる。
もう隠れる木は残っていない。
アラクがカウェンの前に姿を現した。
「終わりだよ、アラク。本気にならないのなら君は死ぬんだ」
「俺に何を求めてるんだよお前は……俺の負けだって言ってるだろ」
次の瞬間アラクの姿がブレる。
一瞬でカウェンとの距離を詰めて殴りかかるが、それをカウェンは予想していたと言わんばかりに避けた。
「――風の守り。やっぱりね。君は決して馬鹿じゃないんだ。
危うく油断するところだった」
「ッ」
スフェアは視線で2人を追う。
この光景は何かに似ているなと考えてやめる。
思考は判断を鈍らせる。
だからスフェアは思考しないことを訓練してきた。
それが一流になる道だと信じて来たからだ。
「うわぁぁああ――!」
吹き飛び舞い上がったアラクが地面に打ち付けられる。
スフェアの指先がわずかに動く。
「それで終わりかいアラク。なら君の冒険もここで終わりだ。
君は師匠の名を穢すことになるからね2度と立ち上がれないようにする」
カウェンが最後の一撃を放とうとしたとき、スフェアが音もなく入り込んだ。