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主人アラク

「いい加減にしないかアラク」


 2年と半年が過ぎて15歳になったアラクは成人の儀を控えていた。

 あの日から甲斐甲斐しく世話をしている少女は未だに床に伏せっており、アラクはあの日以来1度も魔術の修練をしていない。

 一体アラクは何を考えているのかカウェンにはさっぱりわからなかった。


「スフェアを捨てろっていうのか? お前も師匠のように?」

「そうは言っていない。教会に預けるなりしてその子とは縁を切るべきだと言っているんだ。

 だいたい喋ったのは自分の名前だけじゃないか。

 そんな僕たちと同い年くらいの子の下の世話までして……正気じゃないよ」


 実際カウェンは参っていた。

 スフェアのいる部屋は汚物の臭いがする。

 漏らすことさえあるスフェアは同じ人間とは思えない。

 時折死んだ方がマシとさえ思える生き様にカウェンはすぐに興味を失った。


「おかげで村の子たちには何も感じなくなったよ」

「お前は狂ってる」


 カウェンがここまで言うのは珍しかった。

 成人の儀が終わればカウェンはここから東にあるボレクの街でパーティを組み冒険を始める。

 貴族の出した任務をこなして目を付けて貰おうというわけだ。

 運が良ければ名誉爵位を貰えたり、叙勲によって騎士に取り上げられるのだ。


「確かに狂ってるかもしれないな」


 アラクはスフェアを見捨てないと言った自分を曲げたくなかった。

 スフェアに価値がないなんて思いたくなかった。

 とどのつまり、自分と重ねていた。


 価値がない。存在する意味が無い。

 カウェンがいるのならば自分はいらない。

 そう言われているような気がしてアラクは必死に自分の生きる理由をスフェアに求めた。


「俺がスフェアを見捨てたらスフェアは死ぬんだ」

「君には失望した。一生やっていろ」


 カウェンは家を出て行った。

 師匠は3ヶ月程前に家を空けてから帰らなくなってしまった。

 

「本当に2人きりになってしまいそうだな」

「……」


 今夜は成人の儀がある。

 スフェアを1度も村に連れて行ったことがない。

 けれど、成人の儀は特別な催しだ。

 一緒に連れて行きたいと思うのだがアラクは迷っていた。

 

 家に帰りスフェアの部屋に入るとスフェアは天井を見つめたままぼうとしていた。


「お前はどうして何も喋ってくれないんだ?」

 

 心を閉ざしたかのように自分では何もしないスフェア。

 意識がないわけではない。

 自発的には何もしない。


 食べろと言うまで口を開かないし、トイレもあるかと聞けば頷くくらい。

 歩けるかと尋ねても何も言わないし、具合はどうだと聞いても何も答えない。

 これじゃまるで命令を聞くだけの……人形……。


「人形?」


 なぜだろうとアラクは思った。

 この2年半、アラクはスフェアに何かをしてくれと頼んだときだけスフェアは何かに答えていた気がする。

 しかしそんなのは人としてズレている。

 アラクが考えていることは人間としての根底を非常に逸脱した想像だ。


「スフェア、腹が減ってないか?」

「……」

「スフェア、腹が減っているか教えてくれ」

「空いてる」


 アラクは涙が滲んだ。

 結局のところ2年半もアラクはスフェアが何も出来ない子だと思い込んでいたのだ。

 

「ごめん、ごめんスフェア……俺は君を……ごめん」


 スフェアに命令をするとスフェアはあっさりとベッドから起き上がった。

 アラクが付いて来いと言えば付いてくる。

 食えといえば自分で食べるし、トイレに行けと言えばトイレに行く。


「しかしこれ……疲れるな……」

 いっそ自分の思ったように動けと命じてみるかとアラクは人間らしい決断をした。


「スフェア、自分の思ったように動いていい。いや、動いてくれ。もうこの家のことは分かるだろ?」

「……あれ?」


 スフェアは動かなかった。

 正確にはどう動けばいいのか辺りを見回しているような有様だ。

 一体どうやって育てられたらこんな人間が生まれるのかとアラクは頭を振った。


「分かったもういい。質問に答えてくれ、今何がしたい?」

「何……」

「そうだ、したいこと。あるだろ? 食べて寝るばっかりの生活だったんだ、何かあるだろ」

「したい、こと……」


 スフェアがアラクを押し倒した。

「うわ、なんだ!?」

「……」

 頬を染めながら股を弄るスフェア。

 アラクのそこに手が伸びてズボンの上から柔らかい感触が押し当てられる。


「いや、それは――だめだ!」


 慌てて身を起こしてアラクはスフェアから遠のいた。

 アラクも年頃の男、スフェアほどの顔の整った女の子相手に何も感じないほど鈍感ではない。

 何度もそういう気持ちになりながら耐えてきたのはスフェアが普通じゃないからだ。

 けれども、自分から一番最初にしたかったことがそんなことだったとはアラクも度肝を抜かれた思いだった。


「はあ、はあ……スフェア、よく聞いてくれ。今それはダメだ」

「いつならいい」

「とりあえず、俺がいいと言うまでは……」


 アラクは途端にスフェアが恐ろしく感じた。

 全てが枷でどこにも枷がない。

 制御の効かない魔術のようだとも思う。


「他にはないのか」

「命令、欲しい」

「そこに帰るのかよ」


 がっくりと肩を落とすアラクだった。

 だがこれでアラクも旅には出られることが分かった。


「じゃあ成人の儀に行こう。いいか、俺がなになにしようとか、していいとか言ったらそれはスフェアが選んでするかしないか決めるんだ。無理なら俺の袖を引け。命令してやるから」

「わかった」


 アラクは他にも質問したら答えることというのを命令した。


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