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暗殺者は孤独になる


 皇帝の懐刀。

 それがかつて男が所属していた組織であった。

 アベオン帝国がその秘密裏に育てていた組織から異端と追放され10年。

 彼はもう若くはない。

 実力を示し、再び皇帝の懐刀として返り咲くためには時間が足りなかった。

 それでも力さえあればと13人の子供を集め育て、不可視の不滅剣デュブルと呼ばれた懐刀に並ぶ者を育て上げた。


 今はその選定のために最後の訓練に移っている。

 仲間を一番冷徹に殺せる者。感情を排し、殺しを優先できる者を見定める選定。

 視力がほとんど役に立たない暗闇の中で複数の影が動く。


 この中で男にとって見込みがあるのはわずか3人だった。


「スフェア。何を手間取っている?」


 声が木霊する。

 岩壁に反響する剣戟が高音。影が1つ、また1つと銀の線が光る度に倒れていく。

 影が残り2つになると激しく斬り合い始めた。

 一撃のもとに下される致命傷。ただそれだけを互いに狙い合っている。

 腕が交差し、脚が飛ぶように動く。


 体術と剣術の複合。

 世界の流派を余すところなく受け入れ合理的に昇華した統合格闘剣術。

 短剣を楽器のように打ち鳴らす度に2人の端正な顔が火花に照らされる。

 観客があればその曲芸染みた戦いに感嘆の声を漏らすだろう。


 どれくらいその打ち合いが続いたのか2人は壊れた機械のように動き続けていた。

 そんな永遠とも思われる戦いに変化が起きた。

 スフェアが地面すれすれの回避行動の後に銃声が響く。

 そこで2人の動きがようやく止まった。


「……ヌーラ!」

 崩れる敵の少女を抱き留める。

 何かに狙撃されたことは明らかであり、スフェアは睨めつけるように音の先を見た。


 スフェアの視線の先、目を凝らす必要もない。

 今まで傍観に徹していたはずの男が立っている。その手には硝煙を上らせた銃。

 手に広がる温かいもの。

 状況の予想は確信に変わると同時にスフェアの手が震える。

 ヌーラ以外なら何度も触れたことのある馴染みのもの。それは致命傷の量であった。


「スフェア……あなたに……」

 ヌーラのか細い声は聞き取れない。

 勝負に横やりが入ったことでスフェアに御しがたい感情が襲う。

 せ――頭で言葉になる前にスフェアは男を睨んだ。

 その感情が言葉になった瞬間、自分が抑えられなくなることを知っているからだ。


「なぜ……ヌーラを」

 感情とは裏腹に静かな、驚くほど冷たい声。

 けれどもその瞳は神聖な戦いだったはずだと訴えていた。

 それを一蹴するかのように男の目は虚空を向いていた。

 まるでつまらないものを見ているように。


「ヌーラは仕込みの短剣を持っている。仕込みは許さないと私は言ったはずだ」

「それには気付いていた」

「お前が気付いているかどうかなど関係ない。私は私の命令を無視する者を不要だと判断したまでだ」


 それは尤もな正論であり、スフェアは腕の中のヌーラを見下ろす。

「ヌーラ、なぜ短剣を隠していたの」

「……渡そうと、思っていたから……」

 ヌーラは懐に差していた短剣を外してスフェアに突き出した。


 ヌーラの母親の形見だとスフェアに聞かせていた素朴な短剣。

 スフェアはこれを抜いたところを見たことがない。


「……おねがい、生きて」


 ヌーラはそれきり声を上げなくなった。

 スフェアは押し寄せる初めての感情をどう理解していいのか戸惑う。

「スフェア、お前が――」

 その時だった。途端に地響きが起こる。

 ヌーラの死が神の怒りに触れたのだとスフェアは思った。


「くそ! 大司教、私を裏切るつもりか!」


 天井が崩れる。

 無数の岩壁が降り注ぎ、スフェアの目の前にいた男はあっという間に見えなくなった。

 ほとんど条件反射でスフェアは出口から逃れたものの、ヌーラの短剣以外は全てが埋まってしまい何が起こったのか思案する時間が必要だった。


「……命令、次の命令」


 不運なことにスフェアはこれも神の意志で行われたことであり、誰かが命令を与えてくれるのだろうと歩き出した。

 

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