転生
クリスマスだからなのか、無駄に精神的疲労を被ってしまったようだ。
外は真冬にしては涼しく感じられた。店の暖房が効いていたため、コートを着ずに白のタートルネックセーターと黒のスキニーパンツのまま出てきたが、歩き始めて数分経った今でも特に問題はなく、気温は心地よく感じられる。だが頭の芯がズキズキと痛む。それに汗の量が半端ではない。もしかしたら僕はどこかで風邪を貰ってきてしまったのかもしれない。
寄生蜂に頭を乗っ取られたゴキブリのように、足だけがひとりでに動く。意識が朦朧する中、自分が何をしているのかわからなくなってきた。いつの間に赤くなる信号。僕が横断歩道を渡っている最中というのに、大型トラックが僕目掛けて猛スピードで突っ込んできている。
クラクションとブレーキの音が聞こえる。運転手の顔は真っ白なフラッシュに炊かれて見えない。
一体、僕は何を__________
少しくすみのかかった、オフホワイトの天井。高級ホテルのフロアを彷彿とさせる質感。
硬く冷たい床の上に僕は寝ている。
どうやら、いつの間にか眠ってしまったようだ。が、ここはどこなのだろう。コンビニを出て家に・・・いや、違う。
僕は紐に繰られたマリオネットのようにゆっくりとぎこちなく上体を起こす。すると霞みがかっていた五感が徐々に本来の場所に戻ってくる。
そうだ、僕は、僕は確かトラックに・・・でも破裂したであろう内臓も、四肢もしっかりと残っていて視認できる。僕の身の回りで何が起こっているのか、さっぱり理解できない。
「やっと目を覚ましましたね」
気付けば女性が僕の顔を覗き込んでいた。信じられないくらいの美玉だ。その宝石のような青藍の瞳に僕の意識が吸い込まれそうになる。
「ここは人の生と死を分かつ門。命を落とした者に救いの手を差し伸べるよう、私は神の命を賜った天使、名をファルシュタート申します」
人の生と死を分かつ門?神の命?神がどうとか、さすがに浮世離れが過ぎる。僕はゲームやアニメへの造詣があまり深くはないので、そんな非現実的なことをいきなり突きつけられても、困る。
「は、はあ」
「どうやら現実を受け入れられないようですね。その気持ちもわかります。今まで、ここに来た人は皆そうでしたから」
呆然としている僕を他所に淡々と話す、天使とやら。
「あ、あの」
「なんでしょう」
「僕は、死んだ、ということですか」
「その認識だと半分正解で半分不正解、といったところでしょうか。貴方は一度不運な事故に遭い、命を落としました。ですが、貴方はまだ死ぬには早すぎた。そこでそれを見守っておられた慈悲深い神が貴方の”魂”をお救いになられた。そして今あなたの魂は一時的にこの空間に保管されている、と理解してください」
まだ僕は、僕の死と向き合うことができなかった。というより、あまりに突飛なことであったため自分のこととして実感できていなかった、といった方が正しい。
「わかりません。神がどうとかって。それに神が僕の魂を救った?いい加減なことを言わないでください。早く僕を元に戻してください。元の世界に」
「冗談などではありません。言っているではありませんか、貴方は死にました」
「じゃあ僕をどこかに誘拐するつもりですか」
「誘拐とは人聞きが悪いですね。天使の私といえど、偉大なる神の御厚意に対するそれ以上の不敬は見過ごせません。口を慎みなさい」
端正なこの女性から繰り出される圧迫感のある怒気に、僕は思わず気圧されてしまう。
「とにもかくにも、貴方が死んでしまったという事実を覆すこと、すなわち、元の世界に蘇生することは神に禁じられているのです。ですから、貴方にはこれから別の世界に転生していただき、そちらの世界で新しい人生を送っていただくことになります」
転生、か。めちゃくちゃにも限度ってものがあるだろう。でも、冷静に考えてみると、神云々の存在を認めれば話の筋は通っている。しかし・・・いや、ここは折れるしかなさそうだ。いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかない。どうせ何かの悪戯だろう。とにかく、今日は早く帰って寝たい。
「わかりました。ひとまずは貴方のいうことを信じます」
「やっと話が進みますね。では、異世界へ転生する前に私から餞別として2つ、贈り物をさせていただきます」
「はぁ」
午前零時を過ぎる前には床に就きたいなと考えつつ、疲労困憊の僕は気の抜けた返事をする。
「異世界での生活において大いに役立つであろう”スキル”、そして”職業”です」
スキルってなんだ?それに職業?次から次へと未知の概念が話に出てきて、精神的に参ってしまいそうだ。
「スキル?」
「ええ、スキルというのは異世界では誰しも一つは生まれながらにして天から授かっている特殊な能力のことです」
「そして”職業”とは、貴方の元いた世界における”天職”の概念に近いもので、簡単にいえば、貴方がどの職業に向いているのか、を指し示す目印のようなものです」
「特殊能力に天職、ですか・・」
「だいたい理解していただけたようですね。では改めて貴方の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
名前、名前か。僕の名前。なんだっけな。何故かこの世で最も大事な情報を思い出せない。
「名前が、わかりません。自分の名前が思い出せないんです」
「それは困りましたね。本当に覚えていないんですか?」
「・・・はい」
本当に、何も思い出せない。まるで虫に喰われたように、記憶に穴が空いている。
「では最後に名付けをしましょうか。希望はありますか?」
「じゃあ”ノア・ベイカー”とか」
正直どうでもいい。ここにきて僕は早く帰りたい一心だった。
「では、改めましてノアさん。ノア・ベイカーさん。貴方の新しい人生が上手くゆきますように。私たちはいつでも貴方を見守っています」
そう言うと彼女は眩い閃光を放ち、次の瞬間には消えていた。目を瞑れば寝入ってしまいそうだった。
疲れに神経系を支配されて、僕はゆっくりと上体を倒し、横になって瞼を閉じた。
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