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「いかないよ」
ヴィヴィアンの誘拐事件も一段落が着いた頃、王都から正式に迎えがやって来た。
「“妖精姫”としての能力に目覚められた今、御身の安全の為にも王宮で保護させていただきます」
豪華な馬車と恭しくかしずく従者たち。護衛を合わせるとおよそ五十人ほどの団体が、ヴィヴィアンを迎えにやってきた。
「いかないよ」
ヴィヴィアンはエリオットにしがみついたまま、さきほどから首を左右に振って拒否している。
「ヴィヴィアン様、やっと王室が貴女様の御生母様の罪が誤解だと、お認めくださったのですよ。私がお仕えした姫君が、不実の子を産んだのではないと明かされたのです!」
ヴィヴィアンの前に跪き、説き伏せるのは彼女が『とうさま』と呼んでいた男。
「そうですよ、ヴィヴィアン様。貴女のお母上様である巫女姫様が身ごもられたのは、どこの馬の骨とも知らぬ男ではないと。まさしく“風の妖精王”様であることがやっと証明されたのですもの。乳母の私も鼻が高うございます」
同じく跪いて恭しくヴィヴィアンの手をとる女は、『かあさま』と呼ばれていた女。
「しらないよ。びー、しらない」
握られた手を振りほどき、顔を隠すようにまたエリオットにきつくしがみついた。
「ヴィー……」
エリオットが困ったように名を呼ぶと、ヴィヴィアンを抱き上げた。
「いかないもん! びーはリオさまとずっといっしょだもん! ふえっ、び、びーに、『おや』なんていらないもんっ……ひっ、ふうっ、ううっ、うわーんっ」
死んでも離れないとばかりに、両手両足をエリオットに巻き付けて、しまいに泣き出してしまった。
「ヴィーが泣いた……!」
「ひーん。うわーんっ! リオさま、ひっく、じゅっと、いっしょなのーっ」
泣き叫ぶヴィヴィアンに、エリオットも集まった皆も衝撃を受ける。
「ヴィヴィアン様が泣くのを初めて見た」
一緒に暮らしていた従者の男女も、領主夫妻も、日頃ヴィヴィアンをからかいながら共に過ごしてきた子供たちも。皆が愕然としていた。
親無しのくせにいつもヘラヘラ笑っているヴィヴィアン。ノロマだ馬鹿だとかわかわれても、ケロッとしているヴィヴィアン。どれだけ邪険にされても、エリオットの後を追うヴィヴィアンが、泣いたところなど誰も見たことがなかった。
「ヴィー……くそっ!」
ヴィヴィアンの泣き様に呆気にとられていたエリオットだが、彼女を抱え直すと口元を引き締めて大人たちを睨み付けた。
「何なんだよ今さら! ヴィーのことをほったらかしにしてたくせにっ。ヴィーは俺とずっと一緒にいるって約束したんだからなっ」
「これ、エリオット。王家のご使者になんと言う口をきく」
慌てて領主が息子を止めようとするが、その手をかわしてエリオットはヴィヴィアンを抱いたまま距離をとる。
「ヴィーは俺がいないと何にもできないんだ。朝は俺が起こして顔を洗ってやって、絡まった髪も解いてやんなきゃなんねー。ボーッとしてるから、膝の上に乗せてやって口にご飯を運んでやんなきゃ食べないんだぞっ!」
領主の館で一緒に暮らす前は、ヴィヴィアンは一人で食べていたが従者は黙っておいた。
「パンにバター塗ってやんなきゃなんないし、歩く時だって手を引いてやんなきゃならない。寝るときに絵本も読んでやらないとなんないし、夜もぎゅっとして一緒にベッドに入ってやんないと、眠れないんだぞっ!」
俺もな! という言葉は、エリオットも言わないでおいた。
「リオさまとはなれないもん!」
ぎゅーっとお互い抱きついて離れない幼い二人を見て、大人たちは困る反面ほほ笑ましくも思えた。
「くくっ。ずいぶんと我が従妹姫を甘やかしてくれていたのだな、領主子息よ」
蜂蜜色の金の髪をした、緑の瞳の彼が笑いをこらえて二人に近づく。ヴィヴィアンはさらにぎゅっとエリオットにしがみつき、彼はヴィヴィアンを隠すようにレジナルドに背を向けた。
「ヴィヴィアンの存在が公になったいま、この領地では守りきれん。次に拐われたとて、助けられる保証はないのだぞ」
そんなこと、エリオットも痛いほど分かってる。そしてエリオットが理解していることも、レジナルドは分かって問うていた。
「ヴィヴィアンを守りたくばその身をもって証明して見せろ、少年。その日まで俺が代わりにヴィヴィアンを守りきってみせよう」
歳の近いレジナルドの言葉は、誰よりもエリオットの身に染みた。大人のように頭から駄目だ、出来るわけがないとはけっして言わなかったから。
散々ごねて大泣きする、幼い二人が落ち着くまで皆見守った。
「ヴィー。絶対迎えに行ってやるから待ってろ」
「ひっく……ぜったいのぜったい?」
エリオットがヴィヴィアンを抱き上げたまま、そっと額をくっつけて言う。
「絶対の絶対だ。お前、俺が言うこと信じないのかよ」
「リオさまのいうこときくよ」
蒼い瞳が蕩けそうなほど泣いて涙に濡れた顔で、ヴィヴィアンは神妙にうなずく。
「大人んなったら迎えにいくから。そしたらずっと一緒だ」
「ずっと?」
「うん、ずっと」
エリオットは最後にもう一度ぎゅっとしてから、レジナルドにヴィヴィアンを渡した。
「ヴィーがいつも笑っていられるように、おいしいものをたくさん食べられるように、自由に遊べるようにしてやってください」
エリオットの言葉に、レジナルドが片眉を上げる。
「そこは『泣かさないようにしろ』とか言わないのか?」
「ヴィーが泣けるのは、俺の前でだけだから」
エリオットは大人しくレジナルドに抱かれているヴィヴィアンの、涙の残る目元を指でぬぐってやりながら言う。
視線はレジナルドに向けて。挑むような、強い目だ。
「ふっ、子供ながらに言ってくれる。言われずともヴィヴィアンに不足のないおようにする。自由を愛する“風の妖精”を束縛するような、愚かな真似も致さぬ。王家の名に誓って、約束しよう!」
レジナルドの宣言は、青く澄んだ空へと風が運んでいった。
*****
その後数年経ち、ヴィヴィアンは“妖精姫”として美しく成長し、エリオットは片田舎の領主子息としては文武両道に秀でた青年として一部に名を知られていた。
そしてある日、隣国が攻めてきてヴィヴィアンたちの住む国が驚異にさらされた。けれど隣国の兵がその境目の領地を越えることは叶わなかったのだ。
領主の息子エリオットの獅子奮迅の働きをもって、狼藉者たちを蹴散らす。彼の乗る馬は疾風のごとくどの馬よりも早く駆け、彼が刀を振ると竜巻が起こるほどの威力だったとか。
“精霊姫”ヴィヴィアンは、戦が終わるまで寝食を忘れて神殿で祈りを捧げ続けた。彼女がひたすら国の平和を祈る姿に神官や巫女たちは、胸を打たれていた。
「リオさまを守って。風のご加護をリオさまに」
“風の精霊姫の加護を持つ騎士”として、領主子息エリオットの名は国中に轟くこととなった。今回の働きの報奨を与えるために、エリオットは王都へと招かれた。王宮の一部を開いて、民の前で国王直々に褒美を与えるとのこと。
「──が領主子息エリオットよ。こたびの働きに報いて、何でも望みを言うがよい!」
多くの民衆の前で高らかに宣言する国王に、頭を垂れていたエリオットが口を開く。
「私の望みは──」
*****
国を救った英雄がその報奨に望んだもの。それがまた皆の心を震わせ、感動を呼び、後年まで伝えられることになる。
その後、国中の強者が集まり剛を競う催しが年に一度行われることとなる。その優勝者に褒美として与えられるのは──。
「優勝者には己が欲する方への“求婚の権利”が与えられる!」
「うおおおーっっっ!」
戦いを勝ち抜いた者への褒美が宣誓されるや、参加者と見物客から歓声が沸き起こる。その様子を貴賓席から眺めていたレジナルドが、愉快そうにくつくつと笑っていた。
「富でも権力でもなく、褒美に姫を降嫁させろでもなく、何故『求婚する権利』だったんだろうな、エリオットも」
「そうですねぇ。まぁあのままじゃ身分違いで結婚なんてとうてい叶わないことでしたからね」
それに答える従者のフィリップは、あの日の二人の様子を思い出したのか、目を細め微笑んだ。
「『風の精霊は自由を愛する』から、求婚を受けるかどうかは姫が選ぶことだと、思われたのでしょうねぇ」
「ふっ、ははは。なるほどな」
フィリップの言葉に、レジナルドの可笑しそうに笑う声が青空に響いた。
*****
隣国に面する片田舎の領地。その領主の館では毎日微笑ましい光景が見られる。
「リオさま、パンにバターぬって」
「しょうがないな、ヴィーは。いつまでたっても俺がいないと……ほら、あーん」
跡継ぎのエリオットは、相変わらず新妻のヴィヴィアンを膝に乗せて溺愛している。
「リオさま、ずっと一緒だよね」
「ああ、もうずっとにいられるぞ」
「絶対の絶対?」
「ああ、絶対。ずっと一緒だ」
「んふふーっ」
幸せそうに微笑むヴィヴィアンに、エリオットはそっと口づけを落とすのだった。
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ヴィヴィアンが王都に行ってからのお話も考えてみたのですが、長くなりそうだったのでこの形に。
短い物語ですが、読んでくださってありがとうございました。




