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その日から何故かヴィヴィアンは領主の館に住まうことになった。ヴィヴィアンは“高貴な方のご落胤”らしいのだ。
彼ことレジナルドは、用があると言ってすぐに王都へ戻ってしまっていた。
「ねーリオさま、“ごらくいん”ってなぁに」
エリオットに手を引かれ、館の庭を散歩しながら聞いてみた。エリオットに問えばすぐ答えが返ってくる。ヴィヴィアンにとって彼は、何でも知ってるすごい人だ。
「偉い人のこども」
「じゃあびーって、えらいひとのこどもなの? どうしてびーが“ごらくいん”なの? びーには、とうさまもかあさまもいるよ」
同じく館に住まう領主子息であるエリオットに、ヴィヴィアンは首をかしげる。
「バーカ。お前はほんとにバカだな。あれはお前の親なんかじゃねーよ」
エリオットは何でも知ってて何でも教えてくれる。大人が誤魔化すようなことも、嘘をつかずに教えてくれる。
「ええええええっ?」
じゃあ今まで一緒に暮らしてきたあの大人はなんなのだ。ヴィヴィアンは心底驚いた。
「お前なー、ふつう親が子供に“ヴィヴィアン様”なんて呼び方するかよ」
そう言われてみれば、ヴィヴィアンの両親は彼女のことを『ヴィヴィアン様』と呼んでいた。よそは我が子を呼び捨てか愛称で呼んでいると気づいて尋ねたことがあるが、二人とも困ったような顔をするばかりだった。
「よそはよそ、ウチはウチだとおもってたあ」
どうりで『とうさま、かあさま』と呼ぶたびに、二人とも困ったような苦しそうな表情をするはずだ。
「じゃあ、あのひとたちはなんなのかなぁ? あかのたにん?」
「お前なぁ……」
呑気に感心していると、エリオットはガックリと脱力した。
「まあ俺もお前が何者だって詳しく教えてもらってるわけじゃないけどさ」
エリオットが親から聞かされていたのは、ただ『高貴な方の血筋』だとだけなんだそうだ。『高貴な方』ってなんだ、このあいだ王都から来たキラキラ蜂蜜色の髪のレジナルドと同じか。
「それでもアイツらがお前の親じゃないって見りゃわかる。どっちも金髪じゃないし、眼の色も顔形も似てないじゃないか」
ヴィヴィアンの見事なまでの黄金の髪と、幼いながらも恐ろしく整った美貌。高貴な人ほど見目形も良いのは、世の常識だ。だからヴィヴィアンと暮らしているあの大人は、おそらく従者なのだろうとエリオットは言う。
従者だからヴィヴィアンを『様』付けで呼ぶのは当然のことだと。
「アイツらもどうしてヴィーが『父さま、母さま』って呼んでるのを、訂正しないんだ」
エリオットが吐き捨てる。「大人は嘘や隠し事ばかりだ」と、エリオットが怒っている。
ヴィヴィアンに告げたことを知られたらきっとエリオットは叱られるだろうなと、ヴィヴィアンはぼんやり思う。彼らは二言めには『ヴィヴィアン様が可哀想だ』と口癖のように言っているから。
可哀想ってなんなのだろう。別に彼らがヴィヴィアンに嘘をついてようが、隠し事をしてようが、全くかまわないと思っている。
ヴィヴィアンにとって何よりも大事なのはエリオットだけだ。
「馬鹿ヴィー。アイツらが親じゃなくて悲しいか?」
ヴィヴィアンと繋いだ手にきゅっと力が込められる。それだけでヴィヴィアンの心は嬉しさでいっぱいになるのだ。
「んー? おうちにいるおとなのひとが『とうさま』と『かあさま』なんでしょ? それじゃないならなにかなあって、おもっただけ」
「……本当の親がどこにいるか、気にならないのか?」
エリオットは眉をひそめるが、ヴィヴィアンは不思議そうに頭をかしげる。『親』に本当とか嘘とかあるのだろうか、というよりそもそも分からないことがある。
「ねーねーリオさま、『おや』ってなあに?」
「そこからか!」
エリオットがまた脱力した。「お前、まだちっさくて理解できないんだな」とか言ってるが、エリオットだってヴィヴィアンより三つほど年長なだけなのに。
「びーね、リオさまがいるからさびしくないよ。だってずっといっしょでしょ? りょうしゅさまのおやかたにおひっこしして、まえよりいっしょにいれて、びーうれしみなんだよ」
ヴィヴィアンは立ち止まり、エリオットの腰にきゅーっと抱きつく。そのままグリグリとお腹に顔をうめてから、嬉しさいっぱいの表情で見上げた。
「びーね、リオさまがいるからだいじょぶなの」
「──っ、そ、そうか」
エリオットの目が焦ったように泳ぐ。頬が真っ赤だ。
「じゃあ親がいなくても大丈夫か」
「うん」
「お前、俺がいないとダメなんだからずっと一緒にいろよ」
「うん!」
「仕方がないから、今日は膝にのせてご飯食べさせてやる」
「やったー! おふろも?」
「ふ、風呂はダメだ!」
さらに挙動不審になるエリオットが、ヴィヴィアンを抱き上げてくれた。風呂はダメでも嬉しい。
「えー。じゃあいっしょにねようね?」
「き、今日だけな!」
「えー。あしたはー?」
「し、仕方ないな。明日もあさってもいいぞ」
「やたー!」
ヴィヴィアンがねだれば、たいていエリオットは叶えてくれる。ヴィヴィアンがわがままを言うのはエリオットだけだし、甘えたいと思うのもエリオットだけだ。エリオットはヴィヴィアンの“特別”なのだから。
「お前さー、領主の子息である俺にこんな気安い口をたたいても許されているのは、お前くらいなんだぞ。それがどんなことかって分かってるのか?」
照れているのか、エリオットはわざと顔をしかめる。
「うーん。むつかしいことはわかんない」
エリオットはたまに難しいことを言う。今も「“リオ”って呼ばせてるのはヴィーだけの特権なのに、分かってない」と、頬を膨らませている。
“特別”ってことは“好き”というのと同じかな、違うのかな。ヴィヴィアンは一生懸命首をひねりながら、考えてみた。
「俺がしっかりしなきゃな。ヴィーのこと、守ってやれるの俺しかいないし」
とエリオットが何やら誓いを立てているのに、さっぱり気がついていないヴィヴィアンなのだった。
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