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全五話の短い物語です。毎日12時更新。
風車が、風を受けてゆっくりと回っている。
「エリオット様、待ってくださいようっ」
「さすがエリオット様、一番足が早いなんて素敵」
「エリオット様、ノロマのヴィヴィアンが」
ここは隣国に面する片田舎の領地、その領主館に子供たちの駆ける元気な声が響く。
「早く来いよ、これでも遅く走ってるんだぞ。“ヴィー”! ちゃんとついてこいよっ」
ヴィヴィアンは短い手足を懸命に動かして、少し年長の彼らの後を追う。
「ひっ、はうっ、まってえ。“リオ”さままってえ……ふぎゃっ」
一緒に遊んでいた子供たちに追い付けず、ついに転んでしまった。
「大丈夫か?」
そう言って手を差しのべたのは、蜂蜜色の金の髪に、緑柱石色の瞳の少年と青年の間くらいの男の子。
五歳のヴィヴィアンより十歳ほど年上のその彼は、王都から来た偉い貴族さまの子息だと言う。両親からも、領主子息の少年エリオットからもそう教えられていた。
「立てるか?」
ヴィヴィアンに手を差し出してくれたのは、彼だけだった。
領地の子供たち──その中でもリーダー的存在の領主子息の少年エリオットからは、特にノロマだなんだと罵られている。そんな彼女を気遣う子供は少ない。
ヴィヴィアンは、高貴な人の手を煩わせてはいけないと慌てて立ち上がろうとした。
「──いたっ」
「こら、無理をするな」
「ううっ、あしがやぶけちゃった……わわっ」
転んだ拍子にくじいた足が痛んだのか、擦りむいて血が流れる膝のせいなのか、ヴィヴィアンがまた倒れそうになるところを彼が抱き止めた。そのまま縦に抱っこして、彼が立ち上がる。
「わっ、あ、あの」
「なんだ?」
体勢をくずしかけ、とっさに彼の首にかじりついた。そのせいで近くなった彼は、不思議そうにまばたきを繰り返す。彼の髪からか身体からか、良い香りがして思わず吸い込んだ。エリオットや他の子供たちとも違うし、領主夫人の香水の匂いとも違う。高貴な人の匂いって、こんな香りがするんだとヴィヴィアンは思った。
そんな彼に抱き上げられている。──重くないのかな? 自分より少し年長とはいえ、彼はまだ大人ではない。大人に抱っこされるようにはいかないだろうと、ヴィヴィアンは思う。
「“びー”、おもいからおりる」
気遣って降りようとするヴィヴィアンに、彼は首をかしげた。
「ウチの猫より軽いぞ? もしかしてお前は風の妖精姫か?」
おとぎ話に出てくる風の妖精エアリル。羽のように軽く、たんぽぽの綿毛より高く空に舞うという。その妖精に例えて彼がくくっと笑った。
「“えあいる”じゃないよ、“びびあん”だよ」
蜂蜜色に輝く黄金の髪と、濃い新緑の瞳。その瞳を細め、優しげに微笑む彼にすっかり気を許したヴィヴィアンは、彼の瞳をよく見ようと小さな手のひらで彼の頬を包む。
「とってもきれいな、お目々ね。“みろり色”」
緑色、と言えてないヴィヴィアンは彼の瞳をじっとみつめる。いままで見たどの樹の葉よりも濃い緑の瞳。領主夫人の自慢の首飾りについてる緑柱石よりも、澄んでいて綺麗だと思った。
「お前のその蒼い瞳も、蒼玉のようで綺麗だぞ。金の髪によく映える……髪の色は俺と同じだな」
「んふふーおそろいねー」
誉められてヴィヴィアンはご満悦だ。
「あっ、ヴィー! お前なにやってんだよっ。その人は王都から来た偉いひとなんだぞ!」
ヴィヴィアンに気遣うこともなく先を行っていたエリオットが振り返り、ヴィヴィアンに顔をしかめると、誰よりも早く駆け足で戻ってきた。
「レジナルドさまにめいわくかけてんな、このノロマっ!」
「ひうっ! リオさまごめんしゃいっ」
息を切らせて戻ってきたエリオットが、レジナルドの腕に抱かれているヴィヴィアンに怒鳴り付けた。
「転んだ令嬢を助けることもなく怒鳴るなど、それでも男かっ!」
「ひっ!」
「ふえっ!」
振り上がった少年の手を掴み、ビリビリと地鳴りのしそうなほどの大声で彼が一喝した。あまりの剣幕に、エリオットもヴィヴィアンも体を強張らせる。
「ヴィヴィアン様まで怖がらせてどうするんですか、レジナルド様」
レジナルドのすぐそばで呆れた声がした。
──このひとはだれだろう? ヴィヴィアンはいつの間にかそばに来ていた従者に驚いて、不思議そうに目を丸くしている。つい今しがた怯えたことなど忘れてしまったのか。あどけない様子が、彼らの目には愛くるしく写ったのかクスクスと笑っている。
「そのように目を見開いては、瞳が零れてしまうぞ」
どんぐり眼を目一杯見開くヴィヴィアンに、彼がくくっと笑う。
「いつきたの?」
ヴィヴィアンの視線は従者に釘付けだ。さっきまではいなかった。
「主が望めばいつでもそばにいますよ、小さなレディ」
恭しく胸に手を当ててお辞儀をして答える従者に、ヴィヴィアンは首をかしげる。どこに隠れていたのかと思ってキョロキョロと周りを見渡すと、物言いたげな少年と目があった。
「いつまでレジナルドさまにめいわくかけてるんだ、降りろヴィー!」
「ごめんしゃい、“リオ”さま。びー、おりる」
「いや、降りなくていい──お前はヴィヴィアン──であってるか?」
すかさずレジナルドが制すると、ヴィヴィアンの名前を確認する。どうして自分の名前を知っているのか、不思議に思いながらもヴィヴィアンはうなずいた。
「うん。“びびあん”だよ、“れじなうど”さま」
言えてない。
「ふっ……レジナルドだ」
「“れじなうど”」
ちゃんと言ってるのに、そのあと三回も繰り返させられた。何故だとヴィヴィアンは首をひねる。
「領主の息子をリオと呼んでいるのか? エリオットだろう」
「びーね、“えいおっと”っていえないから、“リオ”さまってよんでるの。びーだけよんでいいんだって」
「ほう、“特別”か」
「なっ、ち、違いますっ。仕方なくです、仕方なく!」
得意気に話すヴィヴィアンにうなずくと、レジナルドはエリオットを見てニヤリと笑う。エリオットは何故か真っ赤な顔で反論した。遅れて戻ってきた他の子供たちが、エリオットとレジナルドの顔を見比べて首をかしげてる。
「くくっ。ヴィヴィアン、これは俺の従者のフィリップだ」
「“ひりっぷ”さま」
「フィリップで結構ですよ、ヴィヴィアン様」
「“ひりっぷ”」
「……っぶふっ」
言えてない。
「フィリップは従者でもあるが優秀な魔術師でもある」
「“まじゅちゅち”?」
「特に医術系が得意だ」
「ふーん?」
聞きなれない言葉に首をかしげていると、なぜか口許を覆って悶えるフィリップが目に入った。
「はぁはぁ、ではヴィヴィアン様。怪我をした脚をお見せくださ……うっ、可愛い膝小僧ちゃんが……ってレジナルド様、何故後ろに下がるのですか」
悶えながらヴィヴィアンの怪我の様子を見ようとして、更に悶える羽目になったフィリップをレジナルドが半眼で避ける。もちろん抱いたヴィヴィアンごとだ。
「寄るな変態」
「ひどっ。治療ができないじゃないですか。ヴィヴィアン様、怖くないでちゅからねー。あんよの可愛い丸い膝小僧を、見せてくだちゃいねー」
「よるなへんたい」
ヴィヴィアンもレジナルドの真似をして目を細める。鼻息荒く詰め寄るフィリップに、エリオットと子供たちも一歩引いた。
「ひーどーいーっ」
フィリップの悲鳴が領主の館の庭に響いたが、それを慰めるものは誰もいなかった。
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