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たぬきとどくだみ  作者: 葵陽
一章 有馬 → 喜瀬川
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たぬきとどくだみ

「優しくされたいから、他人に優しくする」という考えは正道と言い難いが、

他人に優しくできない人が、「他人が優しくない」と言って怒るのは筋違い。ヒトは鏡だ、他人を殴ればいつかは自分も殴られることを、覚悟しなければならない。




重症の喫煙者は赤ん坊と同じだ、と言うヒトがある。常時口が淋しい状態であるのを、オシャブリが無いと愚図る赤ん坊ととらえているわけだ。だから、煙草でモタつくコンビニバイトに異常に怒る。イライラするから、また吸う。

 なんという悪循環。

 吸わない奴を病気にしないなら吸えばいいよ。そんで勝手に死ねばいい。

 そんなことを言えば、「非道い(ひどい)」と怒られる。

「自分にとって都合の良い社会が好きで、その社会を壊そうとするものに怒りを覚える」、というのは人間の性の常だ。

 人間とはそういうものだ、と諦めた方が抗うよりはるかに楽。




東銀台商店街、二丁目三番地裏通りにある喫茶店「ささにしき」の四時間バイト、夏目新なつめ あらたはヘビースモーカーだ。


さすがにバイト中、ふかしたりはしないが。


今日の天気は土砂降り、そのせいなのかお客はまばらだ。見知った常連が二、三人コーヒー一杯でもう数時間入り浸っている。店長が良いと言うならばバイトに口をはさむ権はないし、俺はバイト代さえ貰えればどうでも良い。

 ふとドアの音が聞こえたと思うと、また見知った顔が入店してきた。


「いらっしゃいませ、お好きな席へドウゾ。」

「とりあえず、ホットケーキ三十枚。」

喜瀬川 公房が入店しました。

新の頭の中で、ゲームのBGMが一瞬だけ流れた。敵が登場する時の音楽だった。



町のハズレのお屋敷に住んでいる、職業不詳の男というのが彼だ。この町に長く住んでいて、喜瀬川 公房を知らないのはオカシイと言われるくらい彼は有名である。町で一番の老人が、「ワシの爺さんが子供の頃から、あの人はあそこに居を構えている」と言ったとかなんとか。同居の息子曰く、その老人も最近ボケ始めている。深夜徘徊が止まないらしい。

 喜瀬川 公房は週に二回ほどココ、喫茶店「ささにしき」で店長考案のホットケーキを食べて帰るのが習慣となっている。

 ただ、量が尋常ではない。いわゆる「大食い」「健啖」の人種といえる。



こげ茶の大地から、とろりと山吹色の蜂蜜が落ちていった。

なんと美味しそうな光景と思いきや、積み重なっているホットケーキ三十枚が目に入ると途端に胸やけを起こしそうになる。

 常連客は皆、喜瀬川 公房の席を見ないよう目を逸らした。

 今日彼は一人ではない、器量のよい娘を伴っていた。案の定娘も、ホットケーキを視界に入れぬようにしている。


「初乃さん、貴女も何かお食べになりますか。ホットサンドもなかなかの美味で、おススメなのですが。」

「いえ、せっかくのお申し出ですが。」


 初乃、と呼ばれた娘は公房の申し出を固辞し、店員を呼ぶ。


「すみません、アイスコーヒーを頂けますか。ミルクひとつ、砂糖なしで。」

「アイスコーヒー、ミルクひとつ砂糖なしですね。少々お待ちください。」


現在十五時四十二分、あと二十分たらずでバイト上がりだというのに不運なことだ。

新は、こっそりと溜息を吐いた。





神様は、精神安定剤のようなものだ

ただ、神様が見守ってくれていると思うだけで心がおだやかで安らかになるヒトも、いる





新は喫茶のカウンター越しに改めて、有馬初乃を観察している。比類なき美少女という印象だが好みか否かと問われれば、否とするだろう。言うなれば「綺麗すぎる」。高嶺の華、と表現すれば解りやすいだろうか。


新がよく注視すると、初乃の足元にちょろちょろと二匹、肩付近には一匹狸が存在している。肩と足元の一匹は四足歩行、もう一匹はほぼほぼ二足歩行で歩いているが山で見かける狸とさほど差異はない。茶色の毛並みがふわふわしている。

無論、彼女はそんな狸の存在に気づいてはいない。彼女どころか彼女の目の前に座る「くぼうさま」も、喫茶店の他の客も気づいていないだろう。

その狸たちは謂わば、幽霊のようなものだ。幽霊、というよりは使い魔や式神の類いというべきか。

狸たちは彼女を見守るように、周りをウロウロしている。おそらくは彼女の近親に巫、もしくは陰陽道に通じた人がいて守護の為に憑けたのだと解釈する。悪意のある感じではない、色で言うなら黄色や赤色といった暖色系だ。呪いのこもった霊は、もっと禍々しくどす黒い気配がする。


霊体ゆえに獣臭くはないが、視界の端に動物がウロウロしているのは少し目障りでもある。





「改めて紹介します、彼は」

「夏目 新、ささにしきでバイトしてます。 以後お見知りおきと御贔屓のほどを、お嬢さん。」


公房が紹介するのを待たずして新は名乗る。バイトのシフトが終わり帰り支度をし始めた頃、スタッフルームに二人が押し掛けてきたのだ。現時点でスタッフルームには新しかいなかったので幸いであった。女性スタッフが着替えていたら、どうするつもりだったのだろうか。

まあ、女性スタッフなどはなから居ないのだが。

押し掛けてきたといっても初乃は雇われという立場上、公房に連れてこられたというのが真実である。



「有馬初乃と申します。く、公房さまのお屋敷で家事のお手伝いをしております。」

そういうと彼女はペコと、お辞儀をする。

その瞬間、肩にいた狸がバランスを崩して床に落ちた。


新は一瞬笑いそうになったが、なんとか堪えることが出来た。ここで笑えば、狸が見えない二人に怪訝な目で見られることだろう。



「ワタシの友人ということで、初乃さんに紹介をしようと思いまして。」

週に二度ほどしか外出をしないくぼうさまは、一体何処に行っていたのかと思っていた初乃は、なるほどと思う。


「祖父の他にも、ご友人がいらしたのですね。」

「案外毒舌だな、お嬢さん。」

新の言葉を聴き、はっとなって初乃は咄嗟に口を押さえた。


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