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たぬきとどくだみ  作者: 葵陽
六章 海と狸と駄菓子屋と
55/89

内示は断れるらしい

お読みいただければ、幸いです。




個人的所見で私は、(かれ)を熊だと思った。

二メートル近い体躯に、焦げ茶の体毛から判断したわけである。



「じゃあ帰るねー。」

あっさりとした喋り口を添えてヒラヒラと左手を振りながら、あにいは駄菓子屋の引き戸をがらがらと開けた。


すれ違い様、獣はあにいに会釈をしたのだった。


あにいと入れ違いで獣は駄菓子屋にノシノシと入り込む。大きな体躯は駄菓子屋の入り口ギリギリで、ひょっとしたら破壊するのではないかと思ってしまった。が、意外にも駄菓子屋の玄関はでかかったようだ。


獣は一言も鳴きもせず喋ることもなく、駄菓子屋の奥を指差した。奥へ行け、ということらしい。別段逆らう気もないので、ヒールを脱ぎ駄菓子屋の奥へと上がり込む。そういえば、店主がいるかどうかは不明だが許可もなく勝手に上がり込むのは如何なものなのかと思い、小さな声で「お邪魔します」と私は呟いた。


引き戸を開けた奥には、六畳の和室があった。衣紋掛けにかかった着物と、薄茶色の鏡台が目に入る。和室用なので"和鏡台"というのだろうか。とにかく正座で使用する、鏡台が置いてある。


獣に促されるままに、鏡台の前へ腰を降ろす。

髪をくくっていた百円均一のヘアゴムを取られ、ロングというには短くショートというには長い、私の髪が背中に広がった。

髪を粗方"爪"で撫で付けると、獣は飴色の櫛で丁寧にすきはじめる。櫛の価値はわからないが、いわゆる"べっこう"というもののようだ。

高いのだろうか、と私は無駄にドキドキしていた。



黒黒な爪を生やした獣の手、この場合は前足と言うべきか。獣の前足は器用に私の髪を、綺麗にすいて結った。とはいってもローポニーまでが限界のようである。獣は、ワインレッドのリボンでポニーを結んでくれた。


次いで着せられたのはパンフレットのいちばん最後の方に載っているであろう『矢絣』の着物に、落ち着いた紫の袴だった。成人式でも大学の卒業式でも、スーツを着用していた私だ。正直、嬉しくもあり。


なぜ髪を整え、服を着替えさせられるのか。

そう『日本語』で尋ねたところで、獣は鳴き声を発するばかりで言語はわからなかった。

神様というのはあらゆる辛苦や悩みと無縁だと思っていたのだが。これは私が新米だからなのか、神様は元より動物の言語など理解できないのか。あるいは動物ははじめから言語など発していないという可能性もある。




私の身支度を終えると獣は、私の目の前にB5サイズの紙を見せてくる。吃驚して肩をびくつかせたが、瞬間に紙を受け取った。

読めない字で書かれているが、ひとつだけ"日本語"で書かれている文字があった。


【内示】である。


実に、事務的だ。

一気に現実に戻された気がして、少々ゲンナリする。

内示という文字以外は読むことも叶わないが、実際の内示と同じだと仮定すると紙の真ん中ほどに書かれているのは私の名だろう。

これで『麻』と読むのだろうか、アルファベットでもなければ象形文字でもなさそうな、規則性の見つけられない文字が書かれている。

元々私は、言語学系統"も"不得手であった。英語を十年、大学にて第二外国語を四年履修したわけだがついに会得には至らなかった。おそらくこの言語も、会得には至らないだろうと、思った。

凡人とはそういうものであると、知れ。

私は『主人公』ではないのだ、過度な期待をしないでいただきたい。



視界の端に、床を擦るふわふわしていそうな尾を確認して獣が狸だったと知る。

獣はいつの間にか和室の隅にぺたりと座り込んで、ドングリを食んでいた。

お読みいただきまして、ありがとうございます。



矢絣の着物、私は好きです。

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