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たぬきとどくだみ  作者: 葵陽
一章 有馬 → 喜瀬川
2/89

さて、一番年上は何歳でしょう。

双眼を開くと老婆の顔が見えた

東彦はるひこは喫驚し、飛び退いた。そのまま足を滑らせ床に倒れ、頭をしたたかに打ち付ける。


「いっっ・・・」

東彦は右手で咄嗟に頭を押さえた。血は出ていない。


「東彦様、ばばが午餐を御持ちしましたぞ。」

倒れた身体を起こし、東彦は婆をねめつけた。婆は東彦の昼メシ膳をしっかりと持っている。


八重婆やえばあ、驚かすなよ。」

「お声は一応お掛けしたのですが、御返事がなかったものですから。」

フフフ、と膳を畳の上に置きながら笑う八重婆。八重婆とは東彦の「ばあや」、つまり守役である。


「東彦様、お話はできましたかえ?」

八重婆が聞くと、東彦は残念そうに顔を歪めた。


「いや、本家の者でないと話はおろか姿も見えなかった。所詮俺も分家だからかな。」

「文献によれば、はるか昔分家の者がお話を聴いたという記述もありますゆえ、東彦様にも可能性がないわけではありませぬ。

それに本家の者はもう誰一人おりませんで、東彦様が対話できぬと一族の者が黙ってはおりませぬぞ。」


「ああ。・・・そうだな。」

そう言って東彦は「いただきます。」と、膳の箸に手をかけた。今日は、さばの味噌煮である。




俺こと東彦の家はそれなりに歴史のある旧家の分家であり、日々暮らしを見守る神様と対話するという時代錯誤みたいな役割を担っていた。しかし先代の主、俺の伯父にあたる男は色に溺れて本家の財産を娼婦に譲り渡し、ついには御神体までも手放そうとした。ゆえに本家本元の上役、祖父より当主解任を言い渡され、今は俺の父が現状当主ということになった。俺の父は、先代の主の弟にあたる。


そして、ついに俺にも「神との対話」という重責が来たわけだ。ちなみに父は対話ができないらしい。対話はできないが、一方通行の「受信」ができるという。「今日は晴れる」とか「明日は豊漁」などの情報を聞き取れるらしいのだが、現代社会にそんな情報を貰っても無意味であることは確かだ。

まあ、「神の声を聴く」ことが伝統として重要らしいが。 一般人から見て聴けるだけでも凄いのは、事実だろう。


伯父は次期当主として物心つく前から「神との対話」修行をさせられていたそうだが、いつまでたっても対話ができぬままだったらしい。八重婆によると、そこのところ祖父から叱責、折檻まで受けていたそうだ。色に逃げるのも仕方ない、と言えるかどうかは分からないが誰も伯父の味方をする者は居なかったのだろう。ある意味、可哀想な人だった。

一族で、伯父を許している者は一人もいないが。


伯父の罪はそれはそれは重く伯父の子供、つまり俺のいとこ達四人は本家を追い出された。女衒、人買いに売り払ったなんて噂が使用人の間で囁かれていたけれど、本元の祖父もそこまで鬼ではない。知り合いに良い伝手があったらしく、そこの使用人として働かせて貰えるという。

だが、いとこ達は今まで大事に育てられてきたこともあり「働け」と言われても難しいのではないか、と思う。長女の初乃は素直で物覚えも良い、使用人として働くことも出来るかもしれないが、次女の日向子、長男の一佐(かずさ)はまだ五、六歳だったと記憶している。次男の壮一郎に至ってはまだ乳飲み子だ、働けるわけがない。

まさか学業も受けさせずに働かせるわけはないと思うが、都会でも未就学の子供を働かせていることが問題になって来ているわけで。


「八重婆、初乃たちはいつ出発する?」

「ちょうど今朝がた、きょうだいを伴って出ていかれました。お見送りは初乃様の守役が、一人だけでしたよ。」

「そうか。」

「もし間に合ったとしても、東彦様がお見送りできたわけでは御座いませんよ。上役たちが何を言ってくるか。」

「上役か・・・、一番年下の上役は何歳(いくつ)だったか。」

「有馬 嘉兵衛かへえ様でございます、今年で99歳にお成りで。」


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