職業:家政婦
※この作品はフィクションであり、専門用語は創作です。信じないで!
お読みいただければ幸いです。
ままのうまれたいえ
テレビでしか見たことがない、それは大きな屋敷の門。ヒトに聞けば、「こうらい門」というのだと教えてくれた。
私こと有馬初乃は今、その「こうらい門」の前にいる。左手には、壮一郎の右手を握っていた。壮一郎も緊張しているのだろう、右手からそれが伝わってくる。かくいう私もそうだ、門にすら威圧されている。
なぜ私たちはここに立っているのか、ここに至る経緯についてお話しいたしましょう。
まず本家有馬から呼び出しをくらったときになんとなくそんな気はしていたのだが、壮一郎はこの度めでたく正式に有馬家の後継として認められたのである。
壮一郎に愚かな父の血が流れていないことは明白、つまりコレは壮一郎自身の実力ということになるのだろうか。それが良いことなのか、は私には分からない。
有馬家相談役の翁たちは後継たる壮一郎を「壮一郎さま」と、自分たちが十年前に棄てたこどもであることも忘れているかのように持ち上げた。否、相当に老いた連中である。実際に忘却していたとしても不思議ではない。
あのジジイどもは巫の力さえあれば、歴史ある有馬の家を守れるならば化け物にもすり寄るのかもしれない。それを百パーセント、間違っているとは言わないが。
相談役が認めた、とはいうものの壮一郎という末弟。正確には有馬家の家籍には入ってはおらず孤児扱いとなっていた。なにしろ母が出奔直前に連れてきた乳飲み子だったわけなのだから。
この度正式に有馬家入りを果たすに至っては、有馬家現当主であり我らが従兄である東彦の養子に入る羽目になったわけである。めでたくこの度、結婚も婚約も、恋愛もしたかどうか定かでない従兄殿が子持ちとなったわけだ。
改めて私と共に有馬本家へ来た壮一郎は、相談役の翁たちに遭うのも養父東彦に逢うのも初めてだった。
壮一郎は有馬家の母屋に着いてからずっと、私の側を離れようとせず、東彦へ挨拶したときもジッと畳を見つめている。右手は私のスカートの裾をギュッと握っていた。
東彦は顔に出さなかったものの、内心壮一郎に嫌われていないかと思っていることだろう。ああ見えて彼は結構ナイーブだから。
「初乃、お前には壮一郎の姉としてこれから壮一郎を支えていくことになる。無論、養父として俺も助力は惜しまないが。」
不本意ながら、と内心で私は愚痴る。姉として壮一郎を支えることに異論はない、ないが。
東彦は、なおも淡々と話した。いまや彼は有馬家当主だ、リアリストといえど家を守る義務がある。
「不本意なのは承知の上だ。が、壮一郎とともに喜瀬川さまの屋敷から本島東の千波家へ移ってほしい。」
「千波、家ですか。」
私の、今世の母は旧姓を「千波」という。つまり千波家は、母の実家にあたる。
千波家は、有馬家と比べようもないほど大きなお家柄の巫一族。田舎の、少しばかり裕福な有馬家も相当なものだと思っていたが彼方に言わせれば有馬家は、大した巫もできない弱小一族、という位置づけである。そして当然、相当なお金持ちだ。
千波家は所謂、「国政に関わることができる」巫なのだそうだ。やはり国内での地位は高いのだろう、相当に格の高い巫がいるという。それも複数人。
想像するに、創世神や格上の自然神と会話が出来る、というのが最強の巫というものであるのだろうか。
そんな大層な家柄のお嬢様だった母が、片田舎の弱小巫一族でしかない有馬家の、しかも巫の力もろくにない色欲魔(※実父)に嫁いだ経緯についてはよく分かっていない。皆、一様に口をつぐんでいる。
これは、私の想像なのだが。巫の一族に生まれたものは巫の力が使えなければならない、そういう考えはどの家も同じなのだという。扱いがどのようになるかはもちろん家によって違うが、もし母に巫の力が全くなかったとしたら千波家を追い出されたとしても不思議なことではない。
話を最初まで戻そう、目の前の「こうらい門」は千波家のものだ。そしてこれより先、後継として相応しくなるために壮一郎は千波家預かりとなる。
私は単なる壮一郎の世話係として着いてきたに過ぎない。
転生してから、誰かのお世話しかしていない気がする。まあ、自分からなに一つ行っていないゆえだが。
流されるままに、今世も私は生きていくのだろう。
本来ならば巫見習の師となる巫は、その家系の者というのが常識といえるのだそうだ。特に有馬家は巫として神託を受けるべき神が定まっているため、師は最も血の近いものが好ましいとされる。しかしながら、有馬家に正式な巫はいない状態だ。お家お抱えの、一族でない巫というのもいるのだそうだが、そういった巫たちはやはり主人よりは格の低いもの。主人の補佐は出来ても、壮一郎の師とはなり得ないとのこと。
そこで従兄殿が白羽の矢を立てたのが壮一郎と血の繋がりのあるであろう母の実家、「千波家」だった。
母の実家とはいえ巫の力的にも、財力的にも格上の豪邸に果たして緊張せず入れるだろうか、否、入れるはずがないのだ(反語)。
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