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たぬきとどくだみ  作者: 葵陽
一章 有馬 → 喜瀬川
1/89

恭子はお見合い結婚したそうです。

※この作品はフィクションです。作り話です。

※専門用語は創造です、信じないように!



転生したけど、私は

主人公ではない


婚約を、解消してくれないか


十年連れ添った婚約者の、その言葉が頭の中をグルグルと駆け巡る。

会社から解雇通知を手渡された、その翌日のことだった。

婚約破棄の賠償金は、当然貰った。


違約金目当てではない、愛していなかったわけでもない。出来ることなら彼と、結婚したかった。

ただ私は別れたがっている婚約者に、「棄てないで」とすがりつく女にはなりたくなかった。


話し合いをした喫茶店の会計を済まし、私は家へ帰った。 帰り道、私はしっかりと歩けていただろうか。

 


生気のない顔でコンビニに入り、ゾンビのような顔でレジのバイトに商品を出す。履歴書と缶ビールを買って家に帰ると郵便受けには結婚式の招待状が入っていた。「まあ!恭子がついに結婚かしら!」と差出人の名前を見ると新郎新婦のところには実姉と、「元」婚約者の名前が書いてある。

最初に頭を過ぎったのは「卑怯者」「裏切り者」というよりも、「素早い」だった。別れを告げられたのは昨日。なんという手際、なんという迅速さ。

呆れを通り越して、尊敬すら感じられる。だからと言って、一昨日まで婚約者だと思っていた男を「義兄さん」と呼べるわけもないが。


私は招待状の「不参加」を丸で囲み、気持ち乱暴に招待状をポストへと突っ込んだ。




禍福は糾える縄のごとし、というのは何だったのか。

不幸がのべつ幕なしに襲ってきた。


連帯保証人になってやった弟が蒸発したと、借金取りのおじさんに告げられたのはさらにその翌日だ。

借金は私が払った。

貯金が尽きた。


金なし、職なし、男なし。もはや、姉弟たちとの縁も切れていると言っていい。

自殺も考えてはいるが私が死んだ後も、姉や弟はいつもと変わらない日常を過ごすのかと思うと死んだ私だけが馬鹿みたいでなかなか踏み込めないでいる。


あいつらはきっと、私の葬式を出さない。


首吊り、入水、飛び降り、リストカットに切腹。どれもこれも痛そうなので、辞めた。

「死にたい」というよりも、私は今、現状から「逃げたい」のだと自覚する。


今世はもはや諦めた、来世というものがもしもあるのならばせめて今度は幸せになってほしい。否、幸せに「なりたい」というべきか。

そう願いながら、私は布団の中で目を閉じた。もし本当に、禍福が表裏一体ならせめて明日くらいは良い日であってほしいものである。








目覚めると知らない部屋だった。と言うと一見文学的である。が、冷静な語りとは裏腹に私の精神状態はあまり穏やかではない。


「お早う御座います、お嬢様。ご起床の刻限に御座います。お召替えを。」

テキパキと、器量よしとはお世辞にも言えない剛腕なお姉さんが私の着替えを手伝ってくれている。お姉さんも私も着ているものは和服だった。

その状況に頭が追い付かない。

私は、お嬢様と呼ばれる年齢でも、身分でもない。化粧の為にお姉さんが置いてくれた姿見を見ると、三十路直前の惨めな女ではなく小学一年生くらいの女の子が映っている。

せめて夢の中では幸せになれ、という自分の脳からの粋な計らいであろうか。



目が覚めたら死のうと思っている。








信じてほしいとは言わない。さらに言えば、体験している私自身が信じられない。


とある国の高僧は代々生まれ変わる、という話を聞いたことがある。世界のある村では、日常的に生まれ変わりが起こっているとも聞く。いわゆる「輪廻転生」というやつだ。

そもそもの話だが全く他人の身体の、脳みそに前世の記憶がどのようにして入り込むのかが私は分からない。漫画やアニメ、小説の中だけならこんな体験をしても良いと思ってしまうが。

冷静に考えてほしい。今もってこの現状は、ものすごく気味が悪いのだ。心と身体の年齢がチグハグ、今世における人間関係も、社会情勢も分からない。正直言って、私は不安しかない。

不幸中の幸いなのは、文化や言語が日本と類似していること。そして現状において私が衣食住を保障されている点だ。全く見知らぬ外国の、スラムにでも転生した日にゃあ、即ゲームオーバーである。どん底から這い上がって来られるのは「主人公」と呼ばれる人種だけだ。   

私のような非力で、何の取り柄もない奴は一生、辛酸を舐めて過ごすことになる。      

転生したからといって必ずしも、特殊な技能を身に着けられるものでもないらしい。私が今持っているものは、前世の記憶と前世で取得した漢字検定の技能くらいだ。まがりなりにも勤め人であったゆえパソコンもある程度使えていたが、今世の生家において前世に近い文明のようなものは全くもってない。すなわち私が今世において使えるものはないに等しいということだ。


どのような理屈で、このような事態に陥っているのか皆目見当もつかないが私は今、その「輪廻転生」を体験している。事後であるため、体験してしまったと言った方が間違いないだろうか。

転生した先で私がなった者は「大きなお屋敷と大勢の使用人、広大な土地と山二つを有する、旧家のお嬢様」だった。伝えに聞く、蝶よ花よと大切に育てられるべき大金持ちのお嬢様に生まれ変わることになった私だったが正直、前世において福引でもビール工場のご優待券しか当てたことのない私が簡単にお嬢様人生を歩めるとは思っていない。

お嬢様にも才能や、努力は必要である。なんの苦労もせず、他人から頭を下げられる地位にある人にはそれだけ重責が課せられているものだ。

「どんなに美人に生まれても、どんなに大金持ちの家に生まれても、人生すべてがイージーモードである人がいるわけがない」、三人目の彼氏が二世タレントに奪われてしまった親友、恭子が言っていた。






 人生はそう簡単に上手くはいかない、そんなことは百も承知だ。

私を転生へと導いた「何か」が居るとしたら、私は相当その「何か」に恨まれているのだろう。自分に覚えがなくとも、どこかの誰かに恨まれていることはよくあることだ。足を踏んだ奴は覚えていないが、足を踏まれた人は覚えている。


今世における私の生家は片田舎の名のある旧家、だった。その名のある旧家の、当代の主である今世の父は花街で有名な色狂い。遊びが過ぎた末、女に財産を騙し取られたのである。  

叩き上げでない、金持ちのボンボンは大概そういうものかと私は冷静に父を分析す。


広大な土地の、三分の二と山二つはどこかのお金持ちの物になった。相当に大事な土地だったのだろう。もう死んでもおかしくはないほどヨボヨボの爺様と仲買人と、弁護士であろうオジサンが昼夜問わず言い争っていた。


私は世間一般の娘のものとは違う、父への嫌悪を感じている。父の存在そのものに苛立ちを覚え、父という人間に対して拒否反応を起こしていた。娘が父親に対して嫌悪するのは遺伝子が関係しているのを聞いたことがあるが、これも同じ類いのものだったのだろうか。ただ家が広かったおかげで、顔を合わせるのは週に数回程度だったのが救いだった。

前世の父にも嫌悪を感じたことはあったが、「ハゲ頭、きしょい」という子供じみた悪口(?)を言う程度のものだった。


あの時はゴメンよ、父さん。


私を産んだ今世の母は父と同じくらいの好色家で、父と結婚した日も私を産んだ後も、そして財産を失い父が当主の座から引きずり降ろされた現在も男遊びが止まず、若い燕の家を転々としているという。母が最近屋敷に帰ってきたと思ったら、知らない間に産まれていた異父弟おとうとを預けに来たという。母親とはもう少し慈悲深い生き物だと思っていたが、或る意味凄い女だ。


なぜ、そのような二人が形式だけでも夫婦になったかも解らない。

旧家の婚姻とはそのようなものなのだろうか。







「伯父上の子であるお前に今回の責を問うのはお門違いも良いところだろうが。頭の固い本家の老人たちの手前もあって、全く何の処遇も無しにこのまま、という訳にもいかなくなった。すまん、初乃はつの。」

神妙な面持ちで私に話すのは一歳年上の従兄。「初乃」というのは今世における私の名前である。


前世の、私の部屋の何十倍はあろうかというだだっ広い応接間には私と従兄の二人だけだった。が、内容が内容だけになんとなく小声で話している。

従兄はこのどうしようもない家の中、幼いきょうだいたち以外で唯一私のオアシスと言うべき存在だった。眉目秀麗、成績優秀であり旧家の坊ちゃんとはまさに彼の事なのだと思うくらい彼は「坊ちゃん坊ちゃん」している。前主の父も阿呆の方面から見れば立派な「坊ちゃま」だが。

今、家の実権は父から父の弟、私の叔父へと移った。つまり従兄はこのまま順当に行けば、「有馬家」の次期当主になる。

男とは立身出世を願う生き物だ、巡ってきたチャンスに従兄も喜んでいるとは思っていたがその顔はあまりにも暗い。


「父さんに頼んではみた。仮の話だがお前が俺に嫁入りをしたとしても、日向子ひなこ一佐かずさ壮一郎そういちろうは追い出すつもりらしい。初乃、お前はどうしたい。俺はお前の意思を、尊重するが。」


従兄は本当に、男前だと思う。だからこそ良い女性と出逢って、幸せになってもらいたい。

真に不本意ではあるが、私にはあの阿呆の血が流れ脈を打っている。それを優良血統たる従兄の血と混然させてなるものか。


さて日向子、一佐、壮一郎、私の可愛いきょうだいたちは追い出される、という体で話されているが要するに女衒ぜげんや人買いに売られる可能性があるということだ。当たり前、有馬の家には財産がもう少しの土地しか残っていないのだから。なにかしらの余剰財産キャッシュは欲しいところ。

吝嗇、もとい倹約家の叔父の家には貯えがたんまりとあったのだがそれはあくまでも「分家」有馬の財産であり、それを「本家」有馬の家に持ってくるには申請やら税金やら、面倒な手続きを踏む必要がある上に、前主である父のサインが必要とのこと。元凶である阿呆の父は蒸発し、未だ所在が分からない。どこか女のところへいるのか、はたまた死んでいるのかさえ不明だ。が、まだ幼いきょうだいたちを除く有馬家の全員があの阿呆の死を望んでいることは間違いない。私もその一人だ。只今こうして、私たちきょうだいが家を追い出される原因があの阿呆なのだから。


 前主が行方不明につき、分家の財産は動かせず、本家の財産もあとわずか。

 私だけが情けを貰い従兄と婚姻、残りのきょうだいたちを売るか、私を含めたきょうだいを売るかという選択のみというわけである。



 私たちきょうだいは、姓こそ同じ「有馬」と付いてはいるものの、全員とも両親が違う。当主の父と「書類上」正妻であった母との子は私ひとりだけだ。果たして我らは「きょうだい」と呼べるのか、疑問に思わないこともない。前世の経験から、きょうだいというものに多少の抵抗があった。自分よりもはるかに年下の、妹弟たちを可愛く思わないわけではなかったが。

妹の日向子とは母親が異なり長弟の一佐(かずさ)、末弟の壮一郎とは父が異なる。

更に言えば一佐と壮一郎の父は別の男性であり、一佐に至っては黒い頭髪であるものの瞳が青いゆえに父親が外国人の可能性もあるという。念のために述べるのだが、有馬の人間は全員が黒目で黒髪だ。

父の血をひく子供は私と日向子の女子だけ、本来なら家を継ぐべき男子の一佐は母が何処ぞで産み有馬に「棄てた」異父子、壮一郎も異父子で次男、その上今は乳飲み子だ。

継嗣に困った父は一佐を表向き異母子ということにしたが、家の誰もがその偽りには気づいていたとは思う。父が財産を騙し取られなくとも、いずれは当主の座を降ろされていただろうことは明白だった。



阿呆が馬鹿をやらかしたのは「有馬」という家に執着もなく、フグリが足を生やして歩いているような野郎を父と仰ぐにも耐えかね、成人したら出奔しようと画策していた十六歳の秋のことだった。

転生した、と仮定してから十年が経っていた。

路頭に迷うとは斯様に唐突なものであったのかと、驚いたのだ。だがそれでも取り乱すことがなかったのは今生が未だ夢であるのではと、疑っているからかもしれない。

齢十六にして両親に棄てられ、家を追い出され、年端もいかない妹弟とこれから生きていかなくてはならないのは蝶よ花よと育てられた、お嬢様には耐えられまい。並みの十六才ならば尚の事。幼い妹弟を捨てて蒸発していたか、言うとおりに従兄と婚姻していたと思う。


何の因果か私は並みの子ども、とは言えない。私は前世で「普通」の女をしていた。前世がどのように終了したのかは分からない。事故か事件か、いずれにしろ自分の死に際を忘れてしまったのは幸いなのか、不幸なのか。

今世の私は見目麗しい少女でも、精神は娘とも女とも呼ばれる段階を過ぎたオバサンだ。幼子だろうが乳飲み子だろうが、己の身可愛さゆえに目の前の子供を捨てられるほど若くも、人でなしになった覚えもない。未だ今世が夢であると思っていることも大きな一因であろうが、多少懐が大きくなったことは否定しない。

胸の大きさは前世の方があったが。 

十年経った今でも、この身に実感が持てていない。

 

正直今世の母は前世の私より年下で、「棄てられた恨み」の対象にはなり得なかった。

若い時分に田舎の糞野郎へ嫁がされ、さぞ自由な恋愛がしたかったろうと同情も禁じ得なかったほどだ。前世で夫も子供いなかった私にとって、彼女には自分の娘に近い感覚を抱いていた、とまではいかないが自分を産んだ母親という目で見たことはなかったと思う。

「甘えたい」ではなく「甘えてほしい」と思うことがあったことは確かだ。母は、彼女はあの狂った家に辟易していた。

「娘」という立場上、私がその言葉を口にすることは出来なかったが。








さらりさらり ゆきがふる 私の視界を遮るほどに 真白と


最後に休憩した地点から大分歩いたが、まだ目的地は見えない。日頃の運動不足の為か、早くも息が切れている。

呼気を出す度に、息が白く色づき空に消えた。 


ふと、右手を繋いでいた日向子が手を離し一人で走り出す。無理もない、生まれて初めて雪を見たのだ。鈍色の空から真白いものが音もなくふわふわ落ちてくる様を見て、面白く感じない子供がいるだろうか。自分にも経験があるから、その点はよく分かる。

しかしながらこの視界の中で幼子ひとり、見失うのは容易い。


「日向子。あまり遠くへ行ってはダメだよ。」

一言、注意をする。妹の返事はない。

置いてくぞ、クソガキ。


一方で左手を握る一佐は大人しいものだ。私の手をギュッと握り、離す素振りもない。日向子とは正反対の、一佐の子供らしからぬ大人しさには心配と、若干の不気味さを覚えるがお転婆な姉を持つ弟とはこういうものである、と無理やり解釈する。

胸に紐で抱えた方の弟は大丈夫だろうかと視線を落とすと、ぷくぷくとしたホッペを赤くした末弟、壮一郎と目が合った。出来るだけ暖かくしなければと綿入れを何枚も重ねて抱いてはいるが、乳飲み子にこの寒さは酷だろう。どこか暖かい場所に避難したいところだ。

しかし、周りを見渡しても雪で覆い隠され真っ白である。


「日向子、おいで。」

いつの間にか地べたにしゃがみ込んで、雪をかき集めていた妹を呼ぶ。今度は聞こえたようだ、やや小走りで私の手に小さな左手が戻ってきた。


なおも雪は止まず、私たちの足跡を消していく。

お前たちに帰るところなどないと言われているような気がして少し泣きそうになったが、幼子の目の前で泣くわけにはいかずぐっと堪えた。存外私の精神は、身体年齢に引っ張られているのかもしれない。




定期更新したものを連載としてまとめてみました。

少し修正箇所もあります。

以前の作品は、ありがたいことに感想もいただいていますので残してあります。


拙文は相変わらずですが、お読みいただければ幸いと存じます。

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