第4話 初めてのギルド
目を覚ますと、ボクは再びあの剣と魔法の異世界に来ていた。
「ここはこの前の森……?」
多分だけど、白い光に包まれ、意識が遠退いた場所からリスタートする見たいだ。
【この世界での活動限界は現実時間で6時間。それをボクは後々知ることになる】
今度こそ慎重に森を抜けてしばらく歩くと、道の先に大きな町が見えてきた。
「町だっ!!」
はしゃいでしまったボクは、気分が良くなっていたのか、走って町まで向かった。
[始まりの町]
人がたくさん往来している大きな門をくぐり抜ける。
中世ヨーロッパ風の町並みが広がっている。本当にRPGみたいな世界だ。
それを見てボクは、改めてこの世界が異世界なんだと実感する。
「とりあえず歩いてまわろう」
ボクが町中を宛もなく探索していると、町の人たちの会話が耳に入った。
「最近この町の近くに、レベルの高いリザードマンが現れたそうよ」
「始まりの町にリザードマンが!? 物騒な世の中ねぇ」
「それも、人の家に忍び込んでは、クローゼットから女性物の衣類を漁るそうよ」
「やだ、気持ち悪い……」
ハイレベルのリザードマンかぁ……
なるべく遭遇しないように気をつけないと。
それ以前に、今のボクはどんな魔物と出会っても即死だ。まずは仲間を作ろう。
そしてボクは、冒険者ギルドに向かった。
「おじゃまします……」
扉を開けると、冒険者ギルドは酒場のような雰囲気で、子どものボクは尻込みしてしまった。
プロレスのマスクを被った人やバニーガールの衣装を着た人もいる。少し怖いところだな……
特に肩パッドをした黒い甲冑の人が、立ち去れと言わんばかりに僕を睨んでいる。
入口で硬直してしまったボクに、金髪の男性が声をかけてきた。
「やー、キミ。新人冒険者かな?」
「はい……」
「キミ可愛いね、思わず一目惚れしちゃったよ。ちょうどロリ枠……じゃなくて、メンバーが一人抜けちまったんだ。だからお前を俺様の仲間にしてやろう。 ちなみに俺様の職業、勇者だから」
「えっ……? あの……」
矢継ぎ早にそう言って、金髪の男性はボクの肩から胸に掛けて、手を回そうとしてきた。
——バチン
「痛ぇっ!?」
ボクの羽織っていた瑠璃色の羽衣が勝手に、金髪の男性からの接触を拒んだ。
【これも後から分かったことなんだけど、この羽衣、|異性からの接触や呪文を弾く《・・・・・・・・・》効果があるみたいなんだ】
「ご、ごめんなさい……」
「いやいや気にしてないさ。それより来るの? どうなの?」
いきなり触られそうになって少しビックリしたけど、気さくなだけなのかもしれない。
「はい、ボクで良ければ」
ボクは笑顔で答えた。けど……
「ボクぅ? いいか、俺様は男が嫌いだ。俺様の前では『私』で名乗れ」
「は、はい……私、慎って言います」
「それでいい。俺様はザド。勇者ザドだ」
この金髪の男性はいきなり、一人称を『私』に変えるよう、ボクに強制してきたんだ……
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「これがあなたの冒険者カードになります」
「ありがとうございます」
冒険者登録を済ませたボクは、晴れて正式に冒険者の一員になった。
すると丁度、金髪の勇者『ザド』が女性を2人連れてやってきた。
「紹介してやろう。この可愛い方がアーニャ、バストが大きい方が精霊使いのセレーナだ、」
「アーニャだよ、よろしくね」
「セレーナと申します」
褐色肌の活発そうな女性と、長い青髪の女性が挨拶してきた。良かった、女性2人ならボクも気が楽だ。
「よろしく! ボク、シン……じゃなくて、チカって言いますっ!」
「ああん?」
しまった……まだ慣れないのか、どうしてもシンって名乗ってしまう。
「……まぁそういうことだ。お前ら仲良くな」
「「はーい」」
ザドは一瞬ボクを睨んだが、仲間の目の前だからか、この場ではそれ以上追求されることは無かった。
「チカは複合職って知ってるか?」
「えっ……?」
ザドが聞いてきた。ボクたち4人は、鴉の魔物の討伐依頼を受けて、森の中にいる。
「知らないか? なら俺様が教えてやろう。実はこの世界では、レベルを上げると2つの職業を掛け持ちできるのさ」
ザドは自慢げに話しを続ける。
「アーニャは『道具使い』+『錬金術師』セレーナは『精霊使い』+『レンジャー』、そして俺様は『勇者』と……おっと、これはまだ秘密だ」
そっか、シュガレスのあの装備の意味がようやく理解出来た。おそらくあれは武闘家+盗賊……あるいはアサシンだろう。
「ま、何にせよ討伐が先だな。『サンダー』!」
——ピシャーン
激しい雷が上空から森へと迸る。
「「「カァァッッ」」」
「凄い……あっという間だ……」
森の中に潜んでいた鴉の魔物たちが、感電してボトボトと木から落ちてくる。
「見たか! これが勇者にしか使えない『雷の呪文』だ!」
威力も範囲も申し分ない。彼は本当に勇者なのかも……ボクがそう思った瞬間……
——ドスッ
鈍い音が響いた。
「カァァッッ!!」
金髪の勇者ザドが、地面に墜ちた鴉の魔物の羽に、剣を突き立てた。
「ははっ、死ね! 死ね!」
既に起き上がることも出来ない魔物に、何度も何度も執拗に剣を突き刺す。
鴉はすぐにピクリとも動かなくなった。
「イケイケ勇者様~!」
「さすがです、ザド様♪」
「お前ら、補助魔法を全て俺様に掛けろ! 俺様が全て倒してやる!」
「……」
ボクは眼の前の光景から眼を背けた。魔物だからって、そこまでする必要はあるのだろうか。
ボクはこっそりとパーティを抜け出し、羽衣の袖で涙を拭いながら、森をひた走った……
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
この異世界は、現実よりも『現実的』だ。
普段抑圧している欲望を、堂々とさらけだせてしまう。それはボクも同じだった。
現実では叶うことのない『女の子になりたい』という欲求を、この世界で満たそうとしていた。
どれだけ走っただろうか。ボクは森の中にある、大きな湖畔の近くで足を止めた。
「うっ……」
さっき見た生々しい光景が頭から離れない。
強い吐き気を催し、ボクは口を覆う。
「はぁ……はぁ……」
なんとか吐き気は引いていった。けど、気分が悪いことには変わりない。
水浴びでもして気を紛らわそう。
ボクは靴を脱いで裸足になり、羽衣の裾をつまんで持ち上げながら、ピチャリと湖に足を入れた。
【この瑠璃色の羽衣は『呪い』だ。女々しさを捨てられない呪い。冒険の最後まで、ボクは一度もこの羽衣を外すことができなかった】
「誰だ!?」
ビクッ……湖に漂う霧の向こうから、誰かの声がした。その声の主は、タタタタっと水の上を走りながら、ボクに近づいてくる。
「ご、ごめんなさい!」
ボクが湖を出ようとした頃にはもう遅かった。ボクの首元に、短剣が突きつけられる。
「覗いたのか? 生かしては帰さん……ってお前は……」
「……シュガレス……さん?」
ボクの前に再び現れたシュガレスは、胸と腰元にさらしを巻いていた。その姿はどう見ても……
「……女性?」
「っ……!!」
シュガレスさんは、顔を真っ赤にして、水の上をタタタタっと霧の向こうへと走っていった。
♢ ♢ ♢
「そうか、お前もはぐれ者なのだな」
「うん……」
最初に会った頃の茶色いフードと黒い服を身にまとったシュガレスは、落ち着いた素振りで淡々と話す。
「それにしても、シュガレスが女性だったのは驚いたよ」
「誰かに言ったら殺す」
「あはは……」
シュガレスの鍵爪がボクの首の手前で止まる。シュガレスは腕を下ろして、語り始めた。
「現実での俺は、4人兄妹の末っ子だった。3人の兄は、有名なサッカー選手として活躍していた。俺も兄たちに憧れていた」
シュガレスはボクに、現実の世界の話を始めた。
「中学生になった俺は、当然サッカー部に入った。けど、レギュラーにはなれなかった。理由は単純。俺が女だから」
「あっ……」
現実は時として、努力や才能では解決出来ないことが起こりえる。彼女はそれをマジマジと思い知らされたのだろう。
「だから俺は、この世界で男として生きる」
「シュガレス……」
「ムトウだ。俺の本当の名は……」
ボクは何かを言おうとした。けど、彼女の儚げな表情を見ると何も言えなくなった。
「どうしてボクにそこまで話してくれるの……?」
まだ会って間もないのに……ボクが俯いていると、ムトウさんは微笑した。
「さあな。けど一つだけ言えるのは……」
彼女は銀色の短い髪を、もみ上げからうなじへと掻き上げる。
「お前自身の魅力が、そうさせたのかもしれないな」