第3話 お父さんの秘密
目が覚めたら、ボクは自分の家のリビングの黒いソファで横になっていた。
「温かい……」
ボクの体の上には布団が掛けられていた。きっとお母さんが掛けてくれたんだろう。
時計を見ると、夜の11時を示している。どうやらボクは数時間もの間、意識を失っていたようだ。
「喉が乾いたな」
冷蔵庫をガチャっと開けると、ボクが作った不思議なキャンディが三粒だけ残されていた。
「あれ? たくさん作ったはずなのに……」
ボクはお母さんに聞いてみようと、階段を登っていく。すると、中二階にあるお父さんの部屋から、お父さんと誰かが電話するような声が聞こえてきた。
「始まりの町に中盤のボスのリザードマンを配置したんだけどよ……」
『配置したんだけど?』
「まさか30レベル近くまでレベリングしてやがる勇者がいやがって、一瞬で倒されちまったんだよ」
『最近多いわよね、序盤からやたらとレベル上げするやつ……』
何の話だろう。始まりの町? お父さん、ゲームでもやっているのかなぁ?
「痛いのはそこじゃなくて、倒されたリザードマンが激レアアイテムをドロップしちまったことなんだよ……あーあ、ドロップ率0%にいじっとけばよかった」
『くすくす……いいじゃない。イレギュラー要素ってのは物語のお約束でしょ?』
「いや、悪の芽は若いうちに摘んでおく。今から始まりの町に人狼軍を総動員する」
『もうちょっとだけ様子を見ましょ? もっと面白いことになるかもしれないわよ?』
「それは俺にとって面白いことか?」
『さぁどうかしら?』
お父さんの電話の相手は若い女性みたいだ。
最近は何日も帰ってこない日も続いたし、いったいどこで何をしているんだろう。
「って、そうじゃなかった!」
お母さんの部屋に行って、ボクのキャンディをどこへやったのか聞かなくちゃ。
ボクはさらに階段を上がり、廊下の突き当たりにあるお母さんの部屋をノックした。
「お母さん、いる?」
「……」
反応がない。熟睡しているみたいだ。
仕方ない。ボクも自分の部屋に戻って寝よう。
ボクは布団の中に入って静かに眼を閉じた……
【「よく覚えておけ。この世界で死んだ者は、『二度とこの世界に来ることはできない』】
「うわぁっ!?」
なんだ、夢か……
けど、あの一言は確実にボクの胸に突き刺さった。死ねないんだ。なんとか生き残るための方法を考えなきゃ。
今度こそボクは眠りについた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「忘れ物はない? 体操服持った?」
「うん、大丈夫!」
「行ってらっしゃい」
お母さんは玄関までボクを見送ってくれた。ちょっと過保護な気もするけど、安心する。
「うん、いってきまーす!」
ボクはいつもより元気な声で家を出た。
異世界での感覚が抜けないのか、今日は少しだけ小走りで学校に向かう。
今日も後ろから誰かの足音が聞こえる。
「よっ、慎。お前が体育以外で走るなんて珍しいな。何かいい事でもあったか?」
「ヒロくん、おはよう!」
ヒロくんはボクの肩に腕をまわしてくる。
明るい性格もあって、嫌な気はしない。
「聞いたか、慎。今日俺達のクラスに転校生が来るみたいだぜ」
「ほんとに!? でも、その子も大変だね」
新しい友達ができるのは嬉しい。けど、この時期に転校なんて複雑な事情があるのかもしれない。
「なんでも、黒髪のストレートヘアで、超絶可愛い女の子らしいぜ。慎も男なら興味あるよな?」
「あはは……そう……だね」
ボクは歯切れ悪く答えてしまった。
正直言うと、男だからとか、女だからとか関係なく、みんなと仲良くしたいと思ってる。
だけど高学年になってから、女の子と遊んでいると周りの眼が気になるようになってきた。
そんなモヤモヤ気分を掻き消すかのように、背後からあの人が走り込んできた。
「あっ、チェリーくん発見♪ トォーッ!」
「うわぁっ!?」
不意打ちの押し倒し攻撃に対応できずに、ボクはまた地面にへたれ込む。
「ちょっ……綾! 慎くん、いつもごめんね」
慌てて追ってきた美香先輩が、ボクに駆け寄ってくる。ボクはなんとか1人で立ち上がる。
ヒロくんはなぜか口をパクパクさせている。
「綾って……あのミスキラの!? 本物超絶美人じゃん!」
「そっ。本物の東雲 綾でーす」
「おおーっ」と周りから歓声があがる。
綾先輩は舌を軽く出して、小悪魔のようにウィンクする。通学中の他の生徒も、先輩に視線が釘付けだ。
「綾、遅刻するよ」
「っとと、いけない。今日は遅刻寸前なんだった。またね、チェリーくん♪」
「は、はい。また……」
そのあだ名は、正直やめて欲しい。恥ずかしいし、なにより周りの人の視線が怖すぎる……
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「転校生の弓削 智絵里ちゃんよ、みんな仲良くしてあげてね」
「あの……ちえりって言います……よろしく……おねがいします」
転校生はボクたちのクラスに入ることになったんだけど……
「なんか幸薄そうな感じだよな……」
「ほんと、ずっと家で本読んでそう」
転校生の女の子は、ヒロくんが聞いた噂とは大きく違っていた。
髪を三つ編みに結んで、黒縁の丸眼鏡を掛けている。ずっと下を向いて話していて、声もなんとか拾えるくらいの大きさだった。
クラスメイトたちは、本人に聞こえないようにコソコソと話している。期待していた反動なのか、総じてあまりいい反応ではない。
「な・か・よ・く、してあげてね?」
「「「はーい……」」」
先生はムッとした表情で圧力をかけた。転校生の女の子を守るためだろう。
ヒロくんはずっと頬杖をついて、首を傾けていた。
♢ ♢ ♢
「なぁ慎、今日の転校生どう思う?」
「えっ……?」
帰り道、一緒に隣を歩いていたヒロくんが呟いた。
「隣町の噂によると、あの弓削さん、前の学校で虐められていたそうなんだ」
「うーん……悪い人には見えないんだけどな」
まだ話してもいないけど、虐められていたとすれば、原因はたぶん……
「なんでも、女子グループの嫉妬が原因なんだってさ」
あれ? それってどういうこと?
ボクは首を傾げる。
「噂に違わぬ美少女だったってことさ。何もしなくても、男子にモテモテだったらしい。けど、女子グループのリーダーに目をつけられて……」
ヒロくんはそこから先は語らなかった。
そっか、だからあんな地味な格好をしてるのか……
——チョンチョン
ヒロくんがボクの肩を指でつついた。
そして満面の笑みで、1枚の金色のカードを渡してきた。
「じゃーん! 『ガンバラナイト』カード!」
「えっ……!?」
たしか、原作は鎧の騎士が変身して悪と戦う特撮だ。ヒロくんってアーケードゲームとかやるんだ。少し意外だな。
「気分が沈んだ時、俺はいつもゲームセンターで遊ぶんだ。そしてこれは俺の家宝。けど、慎にやるよ」
ヒロくんは家宝といったものを、ボクに渡してきた。ボク、そんなに暗い顔してたのかな? ボクはお礼を言う。
「ありがとう」
「俺さ……男になりたいんだ」
……? どういうことだろう。ヒロくんはどう見ても男だよ?
「真の男になりたいんだ……このヒーローみたいに強くて優しい、真の男に!」
【この時のヒロくんの真剣な眼差しに、ボクの心は吸い込まれそうになったんだ】
家に帰ったボクは、冷蔵庫を開けて、キャンディを一粒持ち出した。そして、自分の部屋のベットで、キャンディを口にした。