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第1話 そして異世界へ…


 『性同一性障害』


 それがボクが小学校4年生の時にくだされた診断名だった。


 ボクはよく周りの人から、「おとこおんな」って言われるんだ。体は男の子なのに、性格が女の子みたいだから。


「ヒーロー遊び」より「おままごと」が好きだった。男の子と話すより、女の子と話す方が気が楽だった。


いつからだろうか、周りの男の子は、それまで一緒に遊んでいた女の子たちと距離を取るようになっていった。どうしてだろう。


 それに、今日は『アレ(・・)』がかえってくる日だ。


嫌だなぁ、学校。 行きたくないよ……


 だけど、ボクが学校に行かなくなると、お母さん、すごく悲しむんだ。だからボクは今日も学校へと向かう。


「行ってきまーす!」


 ボクは心の声をお母さんにさとられないように、


 今日も笑顔で、元気な声で家を出た。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 私立星ヶしりつほしがみね小学校。


 それがボクの通っている学校の名前だ。


 ——タッタッタッ……


 後ろから走ってきた誰かが、ドンと僕の肩にぶつかった。


「うわっ、ごめんしん……肩の骨折れてないか!?」


「おはようヒロくん……ボクだって、さすがにそこまで貧弱じゃないよ。そんなに慌ててどうしたの?」


 この平均より少し背の高いヤンチャそうな男の子は、成田なりた ひろくん。ボクのクラスメイトだ。


「それがさ、今日の日直当番俺だったんだよ。とほほ……慎もあんまりノロノロ歩いてると一生学校にたどり着けないぞ。じゃあなっ!」


「だから、そこまで貧弱じゃないってばっ!!」


 すごい速さで走っていくヒロくん。去年のマラソン大会でも先頭を走ってたし、その体力が羨ましい。ちなみにボクの成績は5周遅れで、ゴール手前で時間切れだった。


「よいしょ」


 誰かと比べても仕方ないか。そう自分に言い聞かせる。


 ボクは黒色のランドセルを背負いなおして、マイペースに登校する。


 ——タッタッタッタッ……


「おっはよー、チェリーくん!」


「わわっ!?」


 誰かが助走をつけて、後ろからボクのランドセルに体当たりしてきた。ボクの足は踏みとどまることが出来ず、盛大に前方に転倒する。


「はぁ……あや、やり過ぎ。大丈夫? 慎くん」


「いたたっ……美香さん、おはようございます」


 ボクは差し伸べてもらった手を握って立ち上がった。この可愛い学生服を着た女の人は天野あまの 美香みかさん。


 綺羅きら中学校に通ってる、僕より2つ上の先輩だ。そして、いつもボクに激しい攻撃をくわえてくるこの人……


「ありゃりゃ……少しやりすぎちゃったかな?」


 東雲しののめ あや先輩。綺羅中学校で一番の美人を決める、『ミスキラコンテスト』で去年優勝をした人だ。


 通学路がたまたま一緒で、最初は住宅街の曲がり角で偶然ぶつかっただけだったんだけど、その時に吹っ飛ばされすぎた(・・・・・・・・・)


 それが何故かツボにハマったらしくて、こうしてからかわれるのが、最近のボクの日課になりつつあった。


「綾先輩、もう少し手加減して下さい……」


「えー、だって本気でやった方が、慎くんのリアクション可愛いんだもん。今だって頑張ってこらえようとしてたけど、結局は……くすくす」


 屈託のない笑顔を見せる綾 先輩。

 悪戯いたずら心さえなければ可愛いのにな……


 なんて思うけど、ダメだダメだ。


 綾先輩は本当に容姿端麗ようしたんれいで、男の子なら誰もが一目惚れしてしまうだろう。けど、ボクまで惚れちゃだめなんだ。


 だって、ボクが本当になりたいのは、女の子(・・・)なんだから。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 ——キーンコーンカーンコーン


 朝のホームルームを知らせるチャイムの音が学校全体に響きわたる。


 ボクもなんとかチャイムがなり始める前には、教室の自分の席に座ることができた。ボクはランドセルを下ろし、机の上に置いた。


「はいみんな、自分の席に着いて」


 ボクらの担任の仁美ひとみ先生は、パンパンと手を叩く。その合図と共に、教室の各所で固まって話していた小グループの友達もそれぞれ自分の席に着いていく。


「全員席についたわね。気になっていた人も多いと思うけど、今から結果を返します! 出席番号順に取りに来て下さい」


 先生の言う通り、ボクはとても気にしていた。


 けど、結果は分かりきっていたから、楽しみではなかった。


桜間おうま しんくん」


「はいっ!」


 ボクは席から立ち上がり、教壇へと向かう。


「う~ん、もう少し頑張ろうか」


「はい……」


 先生は苦笑いしながら、ボクに一枚の用紙を手渡した。


 席に戻った僕は、その用紙に書かれた文字を一文字も読むことなくクリアファイルにしまい、机の中に入れた。


 先生は次々と名前を呼びあげていき、一人一人に短くコメントをしながらその用紙を手渡していく。


「成田 広くん」


「はい!」


 ヒロくんはスタスタと教壇に歩いていく。


「素晴らしい! この調子で頑張ってね」


「いえ、俺なんてまだまだです。失礼します」


 ヒロくんは先生に軽く会釈して、その用紙を受け取った。ヒロくんが先生に背を向けて歩こうとした瞬間、クラスのムードメーカー、悠二ゆうじくんが声を上げた。


「成田、どうだったー!?」


 ヒロくんは何も語らず、片手をズボンのポケットに突っ込んだまま、先生から貰った用紙をクラスのみんなに見えるように上に掲げた。


 教室中がどよめき、「すげー」や「さすがだな」と言った声が次々とあがる。ボクも思わず、「すごい……」って呟いた。


『オールA』なんて初めて見た。


 ヒロくんは数秒だけ掲げたその用紙をサッと下ろし、表情一つ変えずに自分の席に戻った。


 ボクはさっき机の中にしまった用紙を、恐る恐る確認した。


『握力 8.8kg 評価E』 『上体起こし 11回 評価E』 『反復横飛び 25回 評価E』 『50m走 14.2秒 評価E』 『ソフトボール投げ 8m 評価E』……『オールE』……


 ボクはその用紙を、そっと机の中にしまった。


 大丈夫。上体起こしや反復横とびなんて出来なくても、生活には支障ないから。そう自分に言い聞かせる。


 ふと、隣の席の女の子の用紙が目に入った。


 握力もボール投げも、ボクとさほど変わらないスコアだった。けど、その隣に書いてある『アルファベット』だけは、ボクとは違っていたんだ。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「はぁ……」


 自然とため息がこぼれる。り切れそうな思いで今日を乗り切ったボクは、家に帰って真っ先にパソコンの電源を付けた。


 これといった才能の無いボクでも、人並みにパソコンくらいは使える。


 ボクはこの頃、『黒い部屋』というオカルトサイトにハマっている。血が出たりするのは苦手だけど、心のどこかで非日常的なものを求めているのかもしれない。


 パソコンの画面にダラッと垂れた長い黒髪の白い肌の女性が映る。


「なんだろう?」


 ボクはマウスを握って、その画面をダブルクリックする。


「キャァァァァッッ!!」


「う、うわぁぁっ!?」


 騒音と共に、画面の中の女性の顔がドアップで映し出された。


 ボクは驚いて、椅子から跳ねるように床に落ちてしまった。


「ビックリした……」


 一瞬、画面の奥から飛び出して来たんじゃないかと思ってしまった。なんだ、ただのフラッシュ映像か。


 ボクの心臓は激しく脈打つ。


 深呼吸をして息を整え、ボクはその画面を閉じた。そして再び、サイトを上から下へスクロールする。


 画面を眺めていると、一文の赤い文字が目に留まった。


【異世界への行き方】


「これだっ!!」


 ボクはそのたった数文字に、大きく心を突き動かされた。ボクの手はおのずと、そのリンク先にアクセスしていた。


『—異世界への行き方—


 —材料—

 牛乳100ml グラニュー糖90g ハチミツ30g 生クリーム100g バター10g


 1、お鍋に牛乳、グラニュー糖、ハチミツを入れます


 2、強火で沸騰させてかき混ぜます


「3、お鍋に生クリームとバターを入れて」


 4、中火に変えてかき混ぜます


「5、クッキングシートに垂らして冷やし……」


 6、一口サイズにカットしたら』


「不思議なキャンディの出来上がり!」


 我ながら上出来だ。やっぱりボクは女の子の方が向いていると思う。


 そうだ、異世界に行ったら女の子になろう。


 現実でスカートなんか履くと、いくら童顔のボクでも知り合いに笑われてしまうだろう。


 けど、異世界の人なら誰もボクを知らないはずだ。貧弱なボクでも、戦士にだって、魔法使いにだって、何でも好きなものになれるんだ!


 うん、考えてみるとワクワクしてきた。ボクは今日から女の子になれるんだ!


 職業は僧侶がいいな。みんなに「ありがとう」って言ってもらいたいから。


 期待に胸をはずませて、ボクは手作りキャンディを一粒、口の中に放り投げた。


 口の中いっぱいに、甘い味わいが広がる。


 キャンディが溶けていくと共に、なんだかボクの意識まで溶けていくみたいだった。


 そしてボクは、そのまま意識を失った……

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