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出会い編 後編

「あの袋を捨てたと言うのは、ここなのか?」


 よろめきながら歩く少年に連れられて、ライは先程とは別の路地裏に入った。


「うん」


「全く…人から盗んだものを捨てるとは…」


「不味い飲み物、入ってた」


「飲み物…?…アルコール消毒液、飲んだのね」


「……ここ」


 少年に示されたところに確かにライの携帯袋が落ちていて、周りに手当て道具が散乱していた。彼女が無言で袋を拾い、ひっくり返して残り少ない中身を全て右手に落とすと険しい声になった。


「ここにあるもので全部か?」


「?…全部」


「青い石はどうした?」


「あ……」


 少年が自分の胸ポケットに手を当てると、ライは素早い動きでその腕を掴んだ。


「そこにあるのか!?」


「――ッ!」


 そこは先程殴られた箇所であり、彼女の手の力が強すぎたことで走る痛みに少年は堪えた。


「あ……ごめん。その…あの石はすごく大事なものなんだ」


 我に返って手を離すと、ライは険しい表情を崩して穏やかな声で伝えた。


「……」


「だから、お願いだから返してくれないかな?」


「……ここにはない」


「え?」


「先程の奴らに、とられた」


「…!」


 ライはここで初めて彼らを逃がしたことを後悔した。あのような奴らの為に手を汚す価値もないと踏んでいたが、どうやら自分はまだまだ甘かったようだ。


 無言で立ち上がった彼女は既に心ここにあらずで、そのまま通りの方へ足を延ばす。そんな彼女の姿を見て、少年はこの時かつてない恐れを感じた。――このまま、彼女が彼女の在るべき世界へ…自分が決して届かない世界へ戻っていくという恐れ。


「待って」


 まるで自分が彼女のものを盗んだ時のように、今度は彼女が足を止めた。


「……どこへ行くんだよ」


「…盗賊団のアジト」


 とても、落ち着いた口調で彼女はとんでもないことを言い出す。


「…それは無理」


「私なら大丈夫。さっき見たでしょ、私はあれくらいで負けたりしない」


 自分は到底普通の人の力の域を越している。その力は誇りであり物事を成す為の手段だったが、同時に彼女に孤独を感じさせるものでもあった。理解してくれる人などいない…皆が畏れ、怖がり逃げ出す程の力を手に入れてしまった自分には。


 自分には出来ないことなんてない。この時彼女はそんな考えにまで達してしまっていたのだ。


「でも無理だ」


 いとも容易く、少年はその絶対論を否定した。


「!……どうして…」


「あんたは強い。でも、目的はあの石を取り返すこと」


「それは…そうだけど」


「盗賊団は手に入れたものは3日以内に売り飛ばす。一度売り飛ばされると取り返せない」


「……だったら、それまでに取り返すまでよ」


「そう言うと思った。でも、あんたにはできない」


「…どうして!?」


 子供にここまで言われる筋合いはないはずだと、ライは内心イラついた。自分の力を過信している今の彼女であったからこそ、この時考えれば分かるであろう理屈を見落としていたのだ。


「あんたが外の人間だから。この町が、まるで迷路だから」


「……あ」


 そう、あの時少年を追った時だって道を見失っていたんだ。彼がいるあの場を見つけられたのは、盗賊団達が大声出して騒いでいた為であったのだというのに。

 ライはその時、子供に言い負かされたという恥じらいと共に、どこか懐かしい感情に恵まれた。自分が外の人間だと見破った彼に、自分の力は絶対じゃないと…自分も彼と同じ世界に居る人間なんだと教えられたのだ。


「だから…」


 少年は壁に手を添えながら、怪我をした片足を引きずって彼女に迫る。


「オレが道を教える」


「………っ」


 ライはなぜか、心の中がスッと軽くなったような心地がした。そして彼の言葉には応えず、無言で彼の腰に手をかけ力尽くでその場に座らせる。


「!…だめ…なのか?」


「そうじゃなくて……。…そのままじっとしていて」


「…?」


 周りに落ちた手当て道具のうち、泥がついていない包帯や消毒液などを拾い少年に向き直る。


「とりあえず服を脱いで」


「へ?」


「怪我の具合を確認するだけよ」


「あ、えーと」


「…何恥ずかしがってるの、あなたまだ子供でしょ?」


「……っ」


 冬の風はとても寒かったが、彼女が処置をする手はとても暖かく…とても心地いいものだった。先程不味いといっていた液体を傷口に垂らされる度に痛みが走るが、彼女は自分の腕を掴んだまま離してくれない。傷口は舐めて治るものだとばかり思っていた自分にとって、彼女の挙動は全く理解できなかったが少年は何も文句を言わなかった。こんなに優しい触れ方で、自分に手を伸ばした人など今まで居なかったのだから。


「…あなた、いつからこうやって生きてたの?」


「……覚えてない」


「覚えてない…?年は?」


「…分からない」


「……もしかして、名前がないって言ってたのは、本当のことだったの?」


「…ない」


 足首に白い布を巻いている最中の彼女の手が止まった。どうしたのかと思い彼女を見たが、下を向いていて表情までは見えない。何か気に障るようなことをしたのかと少年が思いめぐらせていると、突然ライは小さな声である固有名詞を口にする。


「…ロレン」


「え?」


 聞こえてはいたが、何の意味か全く分からなかった為少年は戸惑った。一方でライは顔を上げ、心から微笑んでその名をもう一度呼んだ。


「ロレン。今日からのあなたの名前よ」


 少年は一つ息をついて、心臓が高鳴っていることに気づいた。


「ロレン…」


「うん。私はライ、宜しくね」



「驚いた…本当に地理を熟知してるんだね」


 雲行きが怪しくなってきた頃、光の届かない貧民街のさらに深くの…まるでゴーストタウンのような場所まで少年――ロレンは連れてきてくれていた。


「……生きる為に、必要だったから」


「でも、あの時はどうしてあんな物騒なところにいたのよ」


「それはオレの間違い。…一つでも間違えれば、死に繋がる」


 感情の籠らない言葉を淡々と述べ、少年は周囲を見渡しながら人気のない街のさらに奥まで踏み入れる。


「……ロレンは、悲しくないの?」


「悲しい?どうして」


「…私が最初に抱きしめた時、ロレンの反応は尋常じゃなかった」


「じんじょう?」


「普通じゃないってこと。…それまで、誰かがそうしてくれたことはなかったんでしょ?親も兄弟もいなくて…ずっと一人でこの町で生きてきた。それなのに…」


「それだからこそ、だと思う」


「え…?」


「オレを想ってくれる奴なんていない。オレが気に掛ける奴もいない。だから何も感じない」


 彼が発する言葉はいつもライの想定範囲を超えていた。小さな体にとても似合わないような言葉が、考えがそこにある。


「……それに、あんたも似たようなもんだろ」


「…っ!」


 息を呑んで、ライは少年に向けた目を離せなかった。…どうして。一体どうして、彼はこんなにも閉ざされつつある自分の感情を引き出してくれるのか。


「寂しい…って言うんだっけ?そういうの」


 ずっと…ずっと一人で旅してきた。旅してる最中で仲良くなる人も居た。でも、必ず彼らは時を歩んでいく。私を置いて行く。それが何よりも悲しいから、いつしか、出来るだけ人と関わらないようにしてきた。誰にも強い思い入れを持たなければ悲しくならない、傷つかない。そうやって生きてきて、とても寂しくなって…もうそろそろ、限界が見えていたのだ。


「……私、ロレンと出会えて本当に良かったのかもしれない」


「…?」


 こういうところはまだ子供だからか、意味が分からないと言いたげに首をかしげる少年を見てライは困ったように笑った。

「…ううん、気にしないで。ロレンにありがとうが言いたかっただけ」


「ありが、とう?」


「うん。ありがとう」


 その時だった。凄まじい殺気を感じ、ほぼ本能の赴くままにライは左手でロレンの腕を掴み自分の背の方に回し、右手で腰にある剣を引き抜くと同時に振り払う。


 カツン


 鉄と鉄のぶつかり合う音、そして一本の矢が地面に落ちる。


「なるほど…警備をつけているということは、馬鹿共でも一応組織として連携を取れているというわけね」


「違う……これは陽動」


「……分かるのか?」


「奴らはわざわざアジトの場所を教えたりしない。金貨がたくさん眠っているから」


「…もしかして、来たことがあるのか?」


「……一掴みでも盗めれば、一年は生きられるから。……失敗したから、あんたのもの盗んだけど」


「全く無茶な奴だ、よく生きて帰ってこられたね。…で、どっちだ」


「右」


 次の矢が飛んでくると同時に、ライは少年の手を引き彼を庇いながら右の建物の隙間の方に走った。


「さっきのでこっちの存在は知られた。速攻で決着をつけに行く」


「分かった。次を左」


 隙間に飛び込んでからも中の構造は複雑で、ロレンが曲がり角にぶつかる度にどちらへ進めばいいか教えてくれた。


「…よく、こんなに覚えてるね」


「一度見た光景は、だいたい忘れないから」


 ライは感心しつつ、彼の示す道を信じてついていった。この時はまだ…彼の紡ぐ言葉の真の意味を理解していなかったのだ。

 そうしていくらか走るうちに、彼は小さな声と共にライの手を引いた。


「待って……近い」


「…なるほど。この先に複数人の気配を感じるが…流石だな」


 応じて小声で話を反すライは、彼の手を離し代わりに頭に手のひらを当てる。


「ロレンのおかげでここまで辿り着いた。お礼に帰ったら何かごちそうしてやるから」


「それは…市場から盗むの?」


「馬鹿ね…全てが終わったら私が、他にも生き方があることくらい教えてやるから」


「他の生き方…?」


「うん。だから、ここで待ってて」


 もう一度しっかりと少年の頭を撫でてから、ライは振り向くと同時に剣を握りしめる。そしてゆっくりと、先にある光の指す方へ歩いて行った。


「だ、誰だ!?」


「こいつっす。先程報告された侵入者っす」


「女一人だと…?頭でもイカれたか」


「いや、こいつ、大通りから帰ってきたやつらを襲ったバケモノ!」


「んだとォ!?俺たちを敵に回したこと悔いるがいい!!」


 口々に放たれる困惑や怒りに何一つ反論せず、ライはざっとその場を見渡す。


「百か。…ならばお前らの餌食になったのは、一体何人いるのやら…。まあいい…殺さない程度に、痛みを教えてやる」


 そう言い残し、女は一人戦場へ駆けていった。



 ――ここで待ってて。


 それはつまり、彼女はまた一人で戦いに行くという意味だった。それでもロレンは、もう一度彼の舞うような戦いの姿を見たくて、まるで何かに導かれるように、先の方で鉄のぶつかり合う音が響き始めてから、唾を呑んで光の方へ顔を覗かせた。


「………」


 彼女は、舞台の中心に居た。最初に見た時よりもずっと多くの人を相手にしていて、四方向から迫りくる武器の波の中で、平然と舞っていた。地面に居場所が無くなれば降りかかった敵の剣を踏みばね代わりに空中へ舞い上がる。身動きの取れない空中では剣一本で全ての武器を捌いて、着地と同時に切り刻んだことでまた一人敵が倒れる。返り血で真っ赤に染まっていく彼女をロレンは幼いながらも決して恐れなかった。それよりもずっと彼女の瞳が輝いて見えたのだ。


 そして、だからこそ気づかなかった…。彼女にばかり目を取られ、自分のすぐ横まで大男が迫っていることを知らずに。


 バンッ


 脳内まで激しい痛みが伝わった。視界がぼやけて、激しく酔ったように地面に崩れ落ちる。


「はは…一人捕まえたぜ…!」


「……う、あ…」


 今更気づいたのだが、鉄バットで頭を殴られたのだ。意識がはっきりとしない間に、仰向けに倒れ込んだ自分の肩を大男は強い力で抑え込んだ。


「ぐ、うあああああ」


 それがたまたま今朝ナイフで刺されたところであり、傷口が開き痛みに叫ばずにはいられなかった。


「――ロレンッ!?」


 痛みの次に聞こえたのはライの声。焦点を合わせてはっきり見えるようになった瞳に映ったのは、彼女が必死な顔で、舞わずに手を止めているところ。


「……どう、して……」


 どうして、戦い続けないんだ。どうして…もっと、もっと見せてくれよ。オレは戦ってるあんたの姿が好きなんだ。



「がはははは!やっぱりなぁ!このガキてめーさんの連れだろ?そこから一瞬でも動いてみろ。ガキの心臓がここで抉り出されてもいいんならなぁ!」


「………」


 ライは動揺したのが間違いだったと後悔した。大男は鉄バットの代わりに既に手にはナイフを握りしめていて、抑え込んでいるロレンの左胸に血が少し滲み出るくらいの強さで当てているところから、冗談ではないと分かる。そしてここからの距離は十メートル以上…どう強く飛び込んだところで間に合わない。

 そして彼女はロレンが言ってた台詞を思い出した。一つでも間違えれば、死に繋がる…。


「あなたの言ってた通りね…」


 そう呟いて、ライは静かに両目を閉じる。背後から迫る気配を感じたからだ。


 ズザッ


「――っ!」


 用意していたところで痛みには到底敵わない。背中を斜めに剣で切られ、前へ倒れ込む。



「!!」


 嘘だ。彼女が斬られるはずはない。あれくらい簡単に避けられたはずなのに、どうして…。


「ほう、それくらいこのクソガキが大事なのか」


「……どういう意味だ」


「あん?てめーそんなことも分からねぇガキなのか?オレがてめーを人質に脅してるからあいつは動けねーんだよ!」


「……そんな、馬鹿な…」


 今日初めて出会ったオレの…、一体どこに命を賭ける価値があるというのだ。


「良かったなぁ大事に思われてて!はは、ここでてめーを大事にしてくれた奴が死ぬまで苦しむのを見るがいい。それからお前のこともじっくり殺してやるよ」


「……オレを、大事に……?」


 ロレンには何も分からなかった。ライが持つ思いも、自分がここまで心苦しいわけも。ただ…現実は待ってはくれない。彼女は一太刀浴びた後も二度と立ち上がれないように手や足を踏まれ切られで、すっかり男共に抑え込まれていた。


「……おい、あいつら、何を…」


「ガキでも分かってんだろ?ちぇ、参加できないのが心苦しいぜ…」


 誰ともなく彼女が逃げられないよう四肢を押さえ、歓声と共にナイフで掴んだ服をそのまま裂いた。


「ッ!…おい、やめろ…」


 少年はここで初めて手の震えを感じた。何をされてもライは声を上げず、瞳を決して曇らせていない。それなのに真っ先に自分が叫んだせいで…いや、自分が彼女の言い付けを聞かずに顔を覗かせたときから間違いだったのだ。

 オレが犯した間違いなのに、なんであいつが…。あいつはオレに生き方を教えてくれると言ったのに。やめろ…。あいつのあの暖かい場所を、穢れ手で触るな…。あいつは、あいつは――


 オレに名前をくれた人なんだ。


 グッ


「なっ、なんだクソガキ!」


 一瞬、自分が起こした行動を自分でも理解できなかった。激しく震えている左手でそのまま自分の胸の前に立ててあるナイフを握ったのだ。そして初めて分かった。自分の手が震えているのは恐れではなく、怒りによるものだと…。


「はぁぁあ!」


 痛みを気にせず、左手で強くナイフ握ったまま巧みに回し、大男の手首をねじ伏せる。大男は手首がそれ以上回らないところで痛みに襲われたかナイフを手放してしまう…その一瞬をロレンは見逃さなかった。血まみれの左手で空中のナイフを柄の方で持ち直し、そのまま躊躇わず男の腹めがけて一直前にぶっ刺した。


「ぐわああああ」


 自分の横に倒れ込む大男の腰に差してある新しい剣を抜き、ロレンはまだ握力のある右手で初めて握る剣を構えた。



 …あの子、まさか。…戦うつもりなのか…?


 朦朧とした意識の中で、ライは自分の目を疑った。大男の束縛を自身で潜り抜け、そして何よりも驚いたのは十に満たない少年の剣の構えにほとんど隙がなかったということだ。


 いや、違う…あれは。……でも、まさかそんなこと。


「ちっ、ガキにはもう用はねぇってのに、邪魔すんな!」


「あの野郎、ガキだからって舐めてやられたのかよ、情けねぇ」


「でもここからは逃げられねぇぜ?せいぜい苦しんで死ぬがいい」


 ロレンの変化に気づかずにいくらかの盗賊どもは一度収めた勝利の場で再び武器を構え、今度は子供一人を封じ込めようとする。


「……なせ……」

「あん?聞こえねーよ」

「そいつを離せって言ってんだよッ!」


 言葉と共にロレンは駆け出した。その先に居る男が慌てて斧を振りかざすが…。


「なっ…!?」


 その軌道は空しく空気を斬り、戸惑いつつ横に目を逸らした瞬間にはロレンの剣先は既に彼の胸の前にあった。


「ぎゃああああ」


「な、嘘だろ、相手は子供だぞ!かかれ、かかれー!!」


 誰かの合図を機に残りの盗賊達は一気に少年に迫った。しかし彼は表情を変えず、迫りくる武器の軌道を一つ一つ確認して、身を反してそれを避ける。避けると同時に自分の剣を振りかざすのを忘れずに、代わりに一太刀浴びせるのだ。

 …ライはその姿を見て、背筋がぞっとするのを感じた。それもそのはずで、少年が今見せてくれているのは世界中のどこでも教えられていない剣技――ライ自身が長い時間をかけて独自に編み出した剣技の一部なのだから。


「まさか…今朝見た私の動きをそのまま…コピーしているのか?」


 スピード感にこそ欠けるものの、今朝見せた剣技は相手の武器を受け止める力技を必要としないため、理屈上確かに子供に出来なくもないが…。


 ――一度見た光景は、だいたい忘れないから。


 つい先ほど交わした会話を思い出した。道順を覚えるのならともかく、剣技というものは見たくらいで実践できる人など数少ない。何十回も何百回も訓練して体で覚えるものなのだ。それなのに彼は、たったの一度見ただけで、最初の構えから完璧に復元出来ていた。


「………」


 ライが言葉も出ずに見惚れているうちに、ロレンは蝶のように舞う動きを十数回は繰り返し、最初に自分が倒した相手や途中で逃げ出した奴らもいる為この場に立てる盗賊はすっかりいなくなった。



「……あんた」


 全ての敵を倒しきったと信じたロレンは、真っ先に地べたに座り込んだままのライの方を見た。


「大丈夫か?」


 彼女の前髪で表情が見えなかった為、後のことは全て忘れただ彼女を心配して近づいた。そして気づいたのは、彼女が手に剣を強く握りしめていたこと。直後に彼女はいきなり立ったかと思うと同時に自分の方へ一直線に駆け込んできたのだ。

 …刺される…!?


 ズバッ


 目を閉じて覚悟を決めたが、予想された痛みがいつまでも襲って来ない為、ゆっくり目をあけると、背の方でズドンと大きな音が鳴った。…そこに斧を持った大男が一人倒れ込んでいたのだ。


「全く、詰めが甘いんだから」


「………あ」


 彼女は無事だった。そして、また自分を救ってくれたのだ。


「……あ、う……っ」


 こんな時になって、緊張が解けたせいか一気に少年の涙腺は緩んだ。


「…え?ちょっと待って。あなたもしかして今私に刺されると思ったの?」


 ロレンは声で返事せずに首を縦に振った。


「……こういうところは子供かよ…」


「う…それより、怪我、大丈夫?」


 そう聞いたのと同じくらいにして、目の前の彼女はそこまで背のないロレンに寄りかかるようにして膝をついた。


「!……やっぱり、傷が!」


「ごめん…ちょっと休ませてくれ。…そんな目すんな、これくらい自分でも手当てできる」


「…オレ、どんな目を?…て、っていうか、服!…む、胸とか見えて…」


 真っ赤になり慌てて振り返った少年に、ライは笑った。


「別にいいよ、ロレンなら」


「オレ、なら…?」


「子供だからね」


「………」


 なんだか知らないけれどすごくむかついたので、ロレンはとっとと彼女に背を向け奥の方に進む。


「どこ行くの?」


「あんたの石を探しに行くんだよ。宝庫はほら、この倉庫だから。」


「……優しいんだね」


「…そんなこと…」


「ついでに、私はあんたじゃなくてライね」


「…ライ。…オレが戻ってくるまでに、その…手当てとやらと、あと服直しとけ!」


 そう言って、少年は倉庫の奥へと駆けこんだ。一人残されたライは一つため息ついて、この街ではめったにない空を見上げる。


「びっくりしたけど、神童も根は子供か。……でも、助けてくれてありがとう、ロレン」


 これが、後に世界を変える彼らの出会いの物語――。

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