8話「メタル・オブ・ノムシグル その2」
ノドカの了承を得て、ウツリを戦闘不能にしようと跳んで向かうスペリィ。
だが、スペリィがウツリの目の前に着地する前に声をあげたのはレイカ。
「まずいわ! スペリィ足元、いや地面全体に気をつけて! どうやらこのウツリ、こざかしい細工を試みてるようよ!」
その言葉にハッとしたスペリィは驚愕した、よく見ると足元に鉄の板が張り巡らされているのだ! ウツリは、体を生成している鉄の一部を利用し、自分の攻撃範囲内に「鉄の絨毯」をひいたのだ! ノドカは、とてつもない疑問を感じる。
「あ、あれは攻撃の為の布石か! さっきのスペリィの無音の着地を封じる為の。歪んだ形の金属を踏めば大きな音が響く、そこを突かれるぞ! しかし、み、妙だ……「暴走」しておきながら策を講じている、計画的すぎる。暴走とは計画的の反対語みたいなものじゃないのか!?」
「妙よね……私もこんな冷静で、計画的な暴走は見たこともない、能力の使い方も、戦い方も何もかも元のウツリちゃんとは違う、まるで別の……いえ今は話してる場合じゃあないわね」
一方、スペリィは!
「し、しまった! でも私は既に飛んでる、着地するしかない! こうなったら「音を増やす」しかない、靴を脱いでぶん投げるぜ、着地と同時に音がなるようにな!」
だが、スペリィの脳裏には拭いきれぬほどの不安感! それが押し寄せた!
「ぐく……だがコイツは聴覚に関する絶対の自信があるとみた! 私が今空中から無造作に投げた靴……踏み込めないので地面に伝わる衝撃はせいぜい数kgか、私の体重はごじゅ…いや40kg台、その体重の音の差をコイツが聞き分けられないとは思えない……!」
その瞬間! スペリィの足元に炎が! いや正確にはスペリィの着地点に置いてある鉄の板に火が灯った! そして、その鉄の板は瞬く間に燃え尽き消えてしまったのだ、圧倒的火力エネルギー!
「ここで私の発火能力の出番ってわけね、私の能力、射程距離に難ありだけど、視覚に入っていれば瞬時に物を燃やせるわ。ウツリちゃん本体には届かないけれど、スペリィの着地面まではギリギリ私の射程距離!」
「うおっ……いよォ~し着地! やった! ありがとレイカ様!」
「ふふ、靴を脱がなくて良かったわねスペリィ、熱さで悶えるところだったわ」
チームワークでウツリの罠は打ち破った。スペリィは無音の着地、ウツリは全くスペリィの位置を特定できないのか、またも体を震わせていた。ノドカはウツリの反応を見て、口を開く。
「相変わらず体を震わせているな……怒りや焦りを感じているということか? 音だけを頼りに戦う冷静さがありながら……しかし、俺があのウツリの立場なら、もう一撃必殺など狙わないで、数うちゃ当たる作戦を決行すると思うな、それをしない何かがあるのか?」
「ひとつの戦法にこだわった者は脆いものよ……それにスペリィは素早いわ、間髪入れるつもりもなさそうよ」
スペリィは両手の平にまたも毒を塗り込む! 先ほどは片手の一撃! だが次は両手、躊躇する様子も一切ナシ!
「食らえ私の必殺! 「ベヌヴァイブクロウ・リペッティ(連撃の振動爪)」! 超振動の爪の連続攻撃が、回復の暇なくくまなく切りつけるぜー!!」
爪の連続攻撃、それが炸裂し更にスペリィは無音の跳躍も連続で行いながら攻撃している! ウツリがスペリィの居る場所を知る要素一切なし! どんどん削れる、何重にも重ねたその鉄の装甲が、子供が好奇心で絵本のページをめくるかの如く瞬く間にッ!
だがここで、ウツリの動きが妙になった。攻撃されつつも、全ての腕を上に向けている。
そして未だ、ウツリの体は震えているのだ、何故未だに震えているのか、そう疑問に思いながらウツリを見るレイカは……ひとつの心当たりに直結した!
「ウソ、まさか……あの体の動き、ただ震えてるだけじゃなく、規則性がある!? まるでリズムを取るかのように、ウツリは今「なにかの音を拾っている」!」
「ばかな、スペリィは未だに無音のまま攻撃をしてる、音が鳴るのはスペリィがウツリの装甲に攻撃する瞬間のみ。その音や振動に反応したところで、既にスペリィは別の方向に跳躍している……!」
「ええ、でも私はその昔踊り、ダンスに関する本を書いたことがあるわ。その時出会った人間たちに動きが似ているの、音の取り方……その動きや振り付けの際に使われる「音」は、基本的にベースの最も低い音、最も不変な音、最も絶え間ない音なのよ」
「そ、それが一体なんだって……待てよ、人間にとってベースの音、決して不変の音といえば、なんだ? まさか呼吸? いや違う…呼吸は少しの焦りでリズムは変わる……それに止めようと思えば断片的に何度でも止めてリズムを隠せる。それに呼吸の音なら頭部をねらってくるのでは……現に俺の親は頭部じゃなく……まさか!」
「そのまさかッ! ウツリちゃんが今拾っているのは「心臓の鼓動」よ! それが彼女の一撃必殺、あなたの両親は心臓を狙われて攻撃されていたのよ! 人間は鼓動を止めることもその音を包み隠すこともできやしない! スペリィ! まずいわ今は引いて作戦を……!」
「ご、ゴぶァ……ガハッ……!」
レイカの声が届いてか届かずか……時すでに遅しという奴か、巨大で鋭利な鉄の腕が。スデにスペリィの体を貫いていた、跳躍で移動中、無防備防御不可能への無慈悲な一撃! スペリィの体はその勢いのまま吹き飛び、壁に激突し地面に落ちた。
「レイ、カ……様ァ……!」
貫かれた、スペリィは致命傷を負い、もう声にならない声をあげながら、スペリィはその目を静かに閉じたのだ。
「そん……な、スペリィ!」
状況的に、駆け寄って介抱するわけにはいかない、それに、レイカの声に返事が返ってくることも、笑顔が返ってくることもなかった……一方ウツリは既に、その惨劇に呆然とするノドカとレイカを嘲笑うようにまたも体を震わせ……そして既に鉄の装甲は元通りになっていた。
先ほどより鉄の装甲の回復が早い、ウツリは戦いながら確実にその能力を強化、進化させているのである!
「異常だあのウツリの回復力……鉄の板を撒き散らし、スペリィの爪攻撃で遠くに吹っ飛ばされた鉄片もある(ウツリが使える鉄の全体量は減ってるはずだ)
なのにウツリは今、回復しているし、気のせいかもしれないが体が大きくなっているのだ、どうしてだ」
スペリィの脱落に、ほんの数十秒ほど放心していたが、ひとつ、ふたつばかり大きく深呼吸し平静を取り戻したレイカは、ノドカの疑問に応える。
「ノドカ、よくよく考えて欲しいの、鉄は肉体ではないし細胞じゃない。つまり回復とか治療じゃなくて、あくまで修理だと思うのよ。修理には部品が必要なの、ウツリちゃんはどこからか鉄を集めているはず……!」
しかし鉄が都合よく集められる場所などあるのだろうか? もともとあったこの地下室の鉄の床はすでにウツリの外殻、その装甲をつくるのに使われて「修理するぶん」はもうないはずだ。ウツリの周りの床は見るも無残なことに、岩肌土肌があらわになっているのである。
「どうですかね、ウツリはもともと体から鉄を出す能力をもっている。大した量の鉄は出せず、すぐ体調不良になるとか言っていた……が、暴走によりタガが外れて鉄の出せる量が大きく上がった、ただそれだけのことかもしれない」
「それも一理ある、けれどすでにウツリちゃんの体積を何倍も大きく上回るほどの鉄を放出しているわ。能力といえど、補充も供給もなくずっと何かを出し続ける、なんて事は」
「供給……それなら例えば、空気中の水分を鉄に変えるとか、土を鉄に変えるとか、そういう突拍子もない事もアリなんですよね能力は」
「それはそうかも、でもそうではないとかなり思うわ。能力は1人ひとつ、つまり二つ以上の能力を持つものなんて決して居ない。私の経験則でしか言えないのだけれど、ウツリちゃんの能力はあくまで「鉄を生成し、鉄を形成する」要は「鉄を操る」ただのそれだけでしかないと考えるべきだと思うのよ」
二人は思索する、ウツリの心臓の鼓動を感知する攻撃の秘密は分かったが……能力を使いこなせるレイカしか頼れる者はなし、しかし、レイカの発火能力を当てるにはウツリの攻撃の射程距離内に入らなければいけないのだ!