7話「メタル・オブ・ノムシグル その1」
……突然、親が死んでしまった、本当に突然。
なんの前触れもなく、人が死ぬ時とはこうも突然なのか、俺はしかし、涙は流さなかった。
いや流せなかった、突然すぎて……いや、それは言い訳かもしれない、俺は自分で自分の性格とか、心理とか……キャラとか、分かっていない。
親が死んでも涙ひとつ流せない薄情者なのかもしれない、俺は。
そのくせ、ウツリという名の友人には気を使って、ウソをついてしまった。
多分、無意識のうちとはいえ親を殺したのはウツリだ……それを伝えずウソをついていたが、今ばれた。
さて、次になんて言おうか、俺は悲しみに暮れた友人に、なんて言葉をかけるキャラなのだろう。
「ウツリ……ごめん、隠していたんだ、俺はウソをついていた」
やはりこう声をかけることにした。
「うぅゥ……わたし、どうしたら……ノドカ、ごめんなさい、私のせいで、ごめんなさい!」
「安心してくれ、俺は怒ってはいないし……なにより原因はウツリじゃない。暴走した能力が一方的に悪い、いいか、ウツリは悪くないし、これは誰が悪いとかの話じゃあないんだ」
ノドカは思いつく限り、ウツリが安心せしめるような言葉をかけてあげた。なによりこればっかりはウソじゃない、仕方が無いといえばそれまでの話でもあることだ。
そんな中、レイカが口を開く。
「……どうしたらいいのか……困り果てたものね、あんな少女が、人を殺した……かもしれないって重圧に耐え切れる訳はないし……すごく良い子そうだし」
「レイカ様、このようすじゃウツリって子はしばらく再起不能そうですよ。能力の使用には精神の不安定は弱点ですからね、現に彼女が持っていた大きな鎌はめちゃくちゃな形に変形して砂みたいに消えてしまった」
スペリィの言うとおり、ウツリが手放した大きな鉄の鎌は形を崩し、溶けて消えてしまった。そんな中、ウツリはフラッと体勢を崩し、地面に横たわった。
「うゥ、頭がッ……!」
そして突然、頭を抱えて苦しみだす。体全体に力が入らなくなったのか、呻きながら、地面をもぞもぞと動いて、うずくまる。だが、そのウツリを心配し、手を伸ばすノドカより先に、レイカが叫ぶ!
「ノドカ! すぐにウツリから離れて! 理由は後で教えてあげる! 早く離れて!」
「な、突然何をッ……」
「レイカ様がそう言うんだからそうしろ! 早く離れろ!」
異常な剣幕で叫ぶ2名を見て、ノドカは即座に立ち上がり、足に磁力を込めて反発の作用を活かした跳躍で一気に飛び退く。
「一体何……」
レイカ達の近くに来るや、訳を話してもらおうと口を開く。しかし彼女らの強張った表情に気を取られ、彼女らの目線の先、つまりはウツリに視線をうつす。
「ウゥゥ……ウ、ウ」
ウツリは呻き声をあげ続け、辺りの鉄製の床がグニャリグニャリと粘土のように動き、ウツリの体に集中していくのだ。まるで水飴のようにウツリの周りに鎧のように鉄は集まり形作られ、巨大な物体へと姿を変えた。
「なっ、なんてことだこいつは、この鉄の塊は……ウツリの能力の暴走! 親が殺された時と同じ、おぞましい形をしている……!」
ノドカはあの日の事を思い出した。夜に会った、両親を殺したあの化け物は、再び姿を現した!
「始まったわね暴走が、私が見て聞いてきた能力の暴走の症例では、暴走が起こるきっかけは心への大きな負担、直接的な不安感、強い虚無感に悲しみや怒り、負の感情。それの連鎖的に起こるのがこの、能力の暴走よッ」
レイカの説明を聞きつつ冷や汗を垂らすスペリィ。
「うぬぐぐ、距離をおいているのに関わらずこの威圧感……! 中に居るウツリは鉄に覆われて一切見えなくなったな……ウツリの方からの視界もないはずだが、何も見えないってんで縦横無尽に暴れまわってみせてやるって言うんじゃないよなあぁ。さっきノドカの磁力の能力を気付かせる役割を担ったこの鉄の床が、今度はウツリのおぞましい力へ付加効果をもたらすなんて、皮肉ってこういうときに使う言葉でしたっけぇ?」
「それで合ってるわよスペリィ……しかし、あのウツリちゃんが取り込める金属はせいぜい半径5、6mと言ったところかしらね。それでも鉄の体を形成するには充分、巨体に四本のウデ……魔王かなにかかしらね」
三人はそれぞれ距離を取り、ウツリを取り囲む形に位置取る。能力の暴走は極度の不安感に陥ると再発する。今はこのウツリと戦うしかないのだ!
「度々喋ってすまないけれど、ノドカ、ちょっといい?」
「ん?」
まだ形の形成に手間取ってグラグラしているウツリを見て、レイカはノドカに質問をぶつける。
「こんな巨体に襲われたのに、あなたの父親は確か…遺言を残せたんでしたっけ? こいつに襲われながら、少しばかり生き永らえられる程度の傷だったということ?」
「……いえ、父も母も一撃で致命傷を負わされていたようだ、胸部に風穴が空いていた……父も母も傷はそれ一つだけ……」
「一撃だけ……見た目に反してまずいわね、とどのつまり、このウツリは確実に死に直結する一撃で相手を仕留めにくる。ノドカ、スペリィ、くれぐれも注意して! ウツリは今、何かしらの方法で私たちの肉体のど真ん中を狙ってくるわけだわ!」
状況は三対一、だがウツリの攻撃方法はいまだ未知! しかも一撃必殺のようだ! 生半可ではないのは確実。しかし、様子見するばかりでは決着はつかない、そこで動き出したのはスペリィ!
「よし、ここはこのスペリィ、私が気配を消す能力を活用させてもらう! こいつは一見怪物のような見た目だが、あくまで能力の暴走は人間の暴走! 別の生物に移り変わったりするわけじゃない。ウツリの本体はこの鉄の塊の内部に閉じ込められている! ということは視覚は全くのゼロ!」
そう言うとスペリィは持ち前の「能力」で気配を消し、さらに持ち前の脚力で一気にウツリに近づく!
「よしなさいスペリィ! 恐らくだけれど、視界の閉ざされたウツリは「音」を感じ取っているのよ! 視覚に頼らないということはそれ即ち働くのは聴覚! 私達の喋る音や足音、それを感じ取っている!」
「なるほど、今ウツリが全く行動を起こさないのは攻撃射程外だからか、鉄の腕が届かないから今はじっとしている、だが今、スペリィが近づいたことで、ほんの少しあの巨体が動いた! スペリィが高くジャンプする時の「踏み込む音」が聞こえたのか、まずい、次は着地する音!」
いくら気配を消す能力といえど、それはほんのささいなことでしかないのだ。視覚から消えるわけではない、発する音が消えるわけではない。
ただ、気配を消された時「なんだこいつ、まあ気にしなくていいや」と無意識に捉えてしまう、スペリィの能力はそれなのだ。
だが! ウツリは今「殺しに」きている、いくら気配を感じにくくしたところで「殺す」とそうしっかり思っているウツリには「なんだこいつ、まあ気にしなくていいや」なんて感情はない! つまり効果が無いと言っていい!
そして今! スペリィの足は地面に着地する、音が鳴る! ウツリに音を、聞かれる!
「ん!? スペリィが着地した、のにウツリは攻撃していない。むしろ、ウツリは体を揺らして戸惑っている「なぜ着地する音が聞こえてこないのだ?」と言わんばかりに……」
驚きをみせるノドカをよそに、レイカはほっとため息をつき、いつものにこやかな表情に変わった。
「ふう良かった、忘れてたわスペリィの「技術」
ノドカ、あなたなら少しだけ見たかもしれないわね、あのスペリィの素早さ、私はあの子の「つよさ」だけは認めている……」
スペリィの「技術」それは「獣のような格闘術」ッ!
彼女の故郷で古来から受け継がれる戦闘術なのであるが、その身のこなしは極めて柔。
つま先立ちで移動、着地を繰り返すのだ、その際の足音は極めて微小! ウツリの耳に聞こえることはなかったのだ!
そしてスペリィは更に跳躍しウツリを覆う外郭に爪を向ける!
「……着地の際の接地面を極小にし、さらに体重の負担を大きく逃がす着地法もしているということか……スペリィの技術は分かった、だがしかし通用するのか? あの鉄の装甲に、彼女の爪が……強度では鉄が大きく勝っていると思うが」
「ふふ見てなさい、彼女の凄いところは攻撃にもある、あの身のこなしが「極めて柔」なら攻撃は「極めて剛」よ!」
スペリィはウツリの鉄の装甲に渾身の力で腕を振り抜き、そして……斬り裂いた! なんとウツリを覆う装甲を裂いたのだ、まるでチーズにナイフが通るようにあっさりと!
その直後、スペリィはまたも無音の跳躍でノドカとレイカのもとへ、つまりウツリの攻撃射程外へ戻った。
「ふふん見たかい私の技を、あれぞ私の必殺技「ベヌヴァイブクロウ」! 私の爪先には「カリバドイモリ」という魔物の特殊な毒が塗ってある。そして攻撃する瞬間、ほんの少し自分の手のひらを傷つけるのさ、そうすることで痙攣毒が手に、指先に回る、その際の「振動」を攻撃に利用してるんだ」
「なるほど……」
スペリィの爪は付け爪、振動を良く伝わらせ尚且つ強度にも優れた鉱物で出来ているのだ!
その相乗効果で起こる振動の爪は、鉄を切り裂くほどの「極めて剛な攻撃力」をもっているのである!
これがスペリィが「鉄の装甲」を切り裂くことができた秘密だ。自慢げな彼女の態度もイヤミに感じられないほど、ノドカは感心していた。
「痙攣作用をもつ毒、テトロドトキシンだとか言ったか、それを格闘に用いるとは凄い技術だ……これが能力者というやつか。いや、俺も、ウツリもそうだ、こんなところでウツリを苦しめたままにしておくわけにはいかない……! スペリィ、レイカさん、俺に何か手伝える事はないか?」
「凄いかー、そうかようやく私の実力を認めてくれたな? ふふん気分がいいぞ! だがなーノドカ、能力の扱いに慣れてないお前じゃあ力不足だ、私とレイカ様に任せな」
「……そうだな」
力不足、確かにその通りだとノドカは納得し、深く瞬きをして頷く。スペリィはイヤミな態度を直し、ノドカを見つめた。
「……私が今ここに戻ってきたのは、ノドカ、お前に許可を取るためだ、ウツリを仕留める! いや、あの装甲をぶち壊して、ウツリをひきずりだしてやる、でもほんの少しケガをするかもしれない、いいか?」
「ウツリにケガさせたりすることは……本来なら許さない。だが今ウツリは命を狙ってきている、このまま放っておいて、これ以上大きくなりもしも「移動」ができるようになってしまったら、今以上に厄介になるだろう」
「くどいなぁ」
「悪い、結論から言う、やってくれ、ウツリを……救ってくれ!」
「フ、いいよやってやる! 次ここに戻ってくるときは、愛しのウツリを担いできてやる!」
スペリィはノドカに背を向け、再びウツリの方向に体を向きなおし……そのままセリフを続けた。
「さっきは「力不足」なんて言ったが、ノドカ、お前の能力は発現したばかりにしては強かったよ。お前は冷静ぶってる割に甘ちゃんだから、ウツリと戦わせるわけにはいかないだろーと思ってな、じゃ、行ってくる!」
そう言うとスペリィはまたも跳躍でウツリの近くまで飛んだ! 一方のウツリ、既に装甲を鉄で補っている、治癒とでも言うべきか。
つまり、ウツリを倒すには攻撃力、速効性が必要なのである! だがスペリィにそれはある、ウツリは今から救われるのだ!