36話「ギルティドロッパーとルック・ダウン・バグィその3」
「名前を褒めたから……?」
「もう、誰からも忘れられて、私しか覚えていない彼を……褒めて、くれたから」
そう言い、リザは意識を失い地面に首を落とし、喋ることは無くなった。レイカは、そのリザに対し目頭が熱くなる感情と、そして感謝の念が沸き、静かに笑んで返した。
「次に目を覚ましたら、いくらでも褒めてあげる。だから話して、あなたとアッシュのこと、あなたの幸せな時間の話。いくらでも聞くから」
リザの顔を撫で、傷口を発火能力で熱治療し止血。レイカは立ち上がった。ノドカ達もその様子は見ていた。無事なのは3人、結局のところ仕留められた抹殺対象はトウカとリザのみ。ヒョリザンとギンガミは鼻で笑う。
「フン、なかなかやる。やはり今までにいくつかの能力者と交戦してきただけはあるといったところか」
「だがあいつらはどの道俺たちには届かれねえ、もう肘の部分まで虫になってるぜ」
ノドカ達の虫化の症状はかなり進行していた。肘まで真っ黒の虫の脚になり、額からはヒモのような……いや、触覚が生えてプラプラしている。目には見えんが、肋骨の間からは『手』でも『足』でもない二本の脚が少し生えてきていたようだ。シャツの中で静かにうごめくその違和感に、皆は嫌悪感を抱く。
「とにかくまずはトウカを助けよう、トウカが糸でロープを作ったりすれば、奴らに引っ掛けることで上に登れるはずだ」
「わかった!」
ウツリの快い返事と共に、ノドカ達はトウカを踏み潰す瓦礫をどかしていく。そこをヒョリザンは見逃さなかった。
「何をのんきに……仲間を助けようとする心意気は認めよう、だがそこに隙がある! 落ちろ! ハアッ」
ヒョリザンは重力波を放ち、ノドカ達の居る一室を重力に晒す。ノドカ達は耐えかねて全員が地面に叩きつけられた。
「ぐは!」
「痛ッ!」
それを見たギンガミは高らかに笑う。なんともぶざまな光景だ。
「ワハハ! 見たかよヒョリザン、あいつらのぶざまなさまをよぉ、はいつくばるさまは正に虫だな!」
「……ム」
「ん、どうしたんだよ相棒」
「いま、ノドカが倒れる瞬間、俺の方を睨んだ……重力波を放つのを待っていたのか……?」
「まさか、たまたま目が合っただけだろ、どっちみち、床が壊れるぜ!」
ノドカ達の居る三階の床はもう限界だった、木造であり、軋んで床の中心は既に弧を描いている。間も無く崩れる、この重量で二階の地面に瓦礫もろとも叩きつけられた場合、少なくともトウカは致命傷!
「そうだ、あのポーカーフェース……ハッタリということもありうる、落ちろォォォ!!」
その瞬間、床は音立てて崩れた。ノドカ、レイカ、ウツリ、レイカはなすすべなく二階と言う名の奈落へと叩き落とされてゆく!
「ピキィィィ……!」
「ひゥッ! みんなァ!」
落下しつつある中、ウツリの顔は恐怖に引きつった。落ち行く中でノドカ達の虫化は急加速し、目は肥大化して複眼になり、顔も浅黒くなり口は縦に開いて二本の顎が姿を現した。最早これまで、脳まで虫になってしまったに違いはない。ギンガミとの直線高低差は8mほど、ここにきて全ては決した。もはやもう、逆転の術など……戦えるのが私のみとあれば、もう、人かどうかも分からない私こそがみんなのように虫になるべきだったのに、そう涙を流しながら思いつつ、ウツリは目を閉じた。
「あれ?」
その時、ウツリは柔らかな感触をその体に感じた。地面に叩きつけられた痛みではない、まるでこれは……そうだ、これに名称があるとすれば、そうだ、トランポリン。
「トウカさん、地面に寝そべっていたのは弱っていたからじゃなくて、三階のこの部屋全体に糸を張って用意してたからなんだ! このトランポリンは『バネ』の役割を果たす、この瓦礫達とヒョリザンの能力によって重くなった分、それだけ私達を上に押し上げてくれるッてことか!!」
「パキィィ」
「うおっフ」
トウカと思われる黒い虫がウツリの顔を見て応えた。脳はなんとかまだ人間、トウカのままのようだ。ウツリはビビって声が出てしまったが、ビビったのはウツリのみではない。
「ば、かな……まずい! 奴ら反動で上空に吹っ飛ぶつもりだ、その一瞬で俺たちに何か仕掛けるつもりだったのだッ! 同じくらいの高さにやってこられたら俺たちに反撃の術は……!」
「チッ……パニクってんじゃねえよ、お前が使えなきゃ俺も死んじまうだろうが」
「ん……? ギンガミ、今何か喋ったのか?」
「いや? 何も」
よく考えれば俺の相棒ギンガミが悪態をついたりするわけはない……そうヒョリザンは思い、ノドカ達の動向に目を凝らす。
やがてトランポリン状に張り巡らせた糸は、重力に押された反動を開放し、ノドカ、ウツリ、トウカ、レイカを遥か吹き飛ばして押し上げた! 最早、高さはヒョリザン達に並ぶ、上昇と共に虫化の症状は完治し、トウカは即座に糸を放つ!
「まずは……テメェだ! 死んでもらうぜッ!」
硬質の糸の束、インスタントスパゲッティのような束を伸ばし放ち、ギンガミの眉間を狙う。その速度、もはや身をかわして避けるにも、空中で身動きが取れないギンガミに避ける術は無い。
「あッ、う、うわアァァァ!? た、ヒョリザン、助け。助けてくれッ!!」
「……」
「ヒョリザ……お、おい聞こえないのか、オイ!」
ヒョリザンからの返事は無かった、俯き、聞く耳もたずというような、そんな態度。それどころか、ギンガミの体を掴み上げ、トウカを睨みつけて呟く。
「眉間を狙ってるな。ギンガミの眉間を貫くのか、やってみろ、ここだ、ちゃんと狙え」
「た、盾……お前俺を盾に……お前ェ!!」
「あぁ? 仲間割れか? みっともねえ、安心しな、正確にそいつは殺す!」
トウカの糸がギンガミの急所を突き刺す直前、ヒョリザンはギンガミを即座に脇に移動させ、糸を右腕に突き刺して受け止めた。
「何……!? こいつ! 仲間を守りやがった!」
「グゥ……貫通してはいない、これで止まったな、トウカの攻撃は」
「ヒョリザン……お前ッ、俺を守って……?」
トウカは糸にさらなる力を込めて、突き刺した糸を「曲げる」つまり、インスタントスパゲッティの束の末端がほぐれてタコ足のようにパックリと開いたというわけだ、ヒョリザンの腕の中で。腕の中の筋肉を更に砕く攻撃。
「ぬ! グウゥゥ……こいつは……!」
「やめろヒョリザン! もう逃げるぞ! お前の手がダメになる、血がありえない量吹き出てるぞ!!」
「この程度の痛み……俺の仲間を傷つけようとした大悪党にトドメをくれてやれるなら安いものだッッ!!」
「おッ前……!」
「ふざ、けんなァ!」
慌てるトウカは叫び、一瞬だけ動きが止まる、我で動いてるこいつらに仲間を守る心があるなどとは思っていなかったからだ、固定観念がトウカの心を動揺させる結果になったのだ。その様子を見てノドカは慌ててトウカの体を捕まえる。
「動揺するなトウカ! 奴が糸を受け止めたのは狙いがあるはずだ、俺が磁力を送って反発させあいつから糸を引き剥がす!」
「無理だ、奴の手の中で展開させた。俺の糸は釣り糸みてえに奴の腕の中で絡まっている、すぐには取れねえ!」
「やってみなければ分からん、とにかくトウカ、今お前はその興奮した心を抑えろ!」
ノドカはトウカの手から伸びる糸に手をかけ、磁力を送り込んだ。その瞬間、レイカは能力を発動しトウカの糸を発火させた。
「剥がす前に追い討ちも仕掛けておきましょう、奴が戦意喪失するようにね!」
トウカの糸を伝って発火炎上の火炎が瞬く間にヒョリザンの腕を燃やしてしまう。同時に、焦げた糸がボロボロになりトウカの糸はへし折れて抜けた。
「ゴワッ! グ、腕が!!」
その炎上爆破でヒョリザンの右腕はえぐれ、一部だけ骨が見えていた。それでもヒョリザンは狂うことなく脂汗を滲ませながら重力を操り宙に浮かび続ける。
「ヒョリザン! なんて無茶すんだ、俺を守る必要なんて無かった……そうだろ!」
「お前が、俺のことを何と思っていようと……お前は俺にとって友だ。相棒だ……この腕一本くらい捧げよう、俺たちの友情を脅かすものを討てるならば」
「……俺は」
「見ろ、奴らは落ちる。お前の能力のおかげで奴らは落ちたと同時に虫になって死ぬ。着地の心得が無い馬鹿でかいだけの虫だ、体液をぶち撒かし死ぬ……! お前の能力のおかげだ」
ヒョリザンは糸が突き刺さったとき、その糸そのものに重力波をかけていた。厄介な糸の能力を持つトウカは少なくとも超重量で落ちて死ぬ。
ヒョリザンはギンガミに襲いかかったトウカが許せなかったのだ、友情の心で腕を張り、トドメを刺したのだ。それを見てギンガミは涙を目に滲ませ、懐から紙を取り出した。
「ヒョリザン! 済まなかった、お前に謝りたいんだ。見てくれ……これを」
「なんだ、この紙は……何かの設計図のようだが」
「背中に取り付けて使える、ガスと燃料で空を飛べるようになる小型のジェットパック装置だ」
「何? ジェット……空を飛べるようになるのか」
「俺はお前に実のところ友情を感じていなかった、少し話が合って能力を活かすのに役立つから、利用するつもりでお前と組んでいたんだ」
「ムゥ……」
「いずれはお前を捨てて一人で戦えるようになるつもりだった、このジェットパックで……一人で、カイン様の右腕になるつもりだった」
ギンガミはそう言うとその紙をビリビリに破り、そして宙へとばら撒いて捨てた。
「もう要らない! ヒョリザン、俺は一生賭けてお前に向けた悪駄な心を償うつもりだ、選んでくれ、俺を投げ捨ててくれても構わない。お前は強いよ、1人でも勝てる、きっと……」
ヒョリザンは唸り、そしてギンガミの手を掴み取る。
「決まっている、俺は友情を取る。真に心が通えたことに感謝したいくらいだ。ギンガミ、改めてよろしく頼むぞ!」
「あ……ありがとォ、ヒョリザン!! オウ! 必ず奴らを倒して、俺たちが勝つんだッ!」




