32話「リザと凍結した世界 その4」
「レイカぁ、逃げろぉ……この林から、出ろ」
「トウ……カ」
次に耳に届いたのはトウカのその声で、次に起こした行動、それは無心の走りだった。レイカは気付けばその場から全力で逃げ出していた。
「何、仲間を見捨てた」
リザは意外そうな顔で一瞬だけ不意に囚われ、急ぎレイカを追いかける。逃げられては敵わない。
「無意識のうちに走ってしまってたわ……だけど、よくよく考えれば、あの場に止まっていたら私も殺されていた……あの子は私達も理解の及んでない異能の力を持っている、走っている私達と距離を詰める技を持っているはず」
リザは瞬間的に距離を詰める事が可能で、距離にしておよそ5m。リザは5mの距離を瞬間で移動できるのだ。そしてその技は恐らく連続では使えずいくつか呼吸拍を置いてからでないと使えないと推測できる。氷の能力ではあるがクールタイムが必要というわけだ。
「逃げられたら困るんだけど、あのトウカって人……焼け死ぬわよ、凄く苦しみ抜いて死ぬのよ、見捨てるの?」
「うっ!?」
先ほどまで離れていたはずなのに、リザは既にレイカのすぐ背後に迫って走っていた。少しでも近づけばリザの能力射程に入り込み凍り殺されてしまう。
「瞬間移動でもできるってわけ? やめてくれるかしら、心臓に悪い!」
「聞いてるの? 貴方の仲間死ぬわよ」
「死なないわ、トウカは死なない。酷くしぶといわよ」
「なら貴方から死ぬことになるわね、瞬殺だから」
「フ……なら使ってみなさいよ、私と距離を詰める技を……それともやっぱり、間髪入れずに連続で使うことは出来ないってこと?」
「間も無く使うわ、その時瞬間には貴方の意識はこの世から消えてるでしょうけどね」
やはりだ、煽っても使わないということはクールタイムが存在している。数秒は余地がある。だが一歩も立ち止まったりつまづいたりすればリザの能力射程に入り死ぬ。速度を収めることなく気をつけて走り、そして策を考えなければならない。
「あっ!? 脚、が!」
その束の間、レイカの脚は地面に取られた。地面にベタリで貼り付けられたように足が地面から浮かなくなり、足から伝わる冷たさで『地面が凍らされた』せいであることを瞬時に理解した。それを視認し、リザはにたりとしながら呟く。
「やはり彼はノドカ達に敗北していたか……能力者としてあまりに未熟だったから当然と言えばそうだけど、死が迫る恐怖でここいらも海にしてくれたってわけか、助かるわ」
「な、なんで水で湿ってるの、この地面! 石造りなのに、なんで! 雨も降ってはいないのに!」
「終わったわね、貴方は理解できないとは思うけど、この辺りはさっきまで海になっていたのよ、私の仲間の能力者の力でね」
「く! う、うあああぁぁ!!」
レイカは自身の凍りついている足に能力で炎を目一杯発生させた。溶かして即踏み出せば逃げることができる、リザの能力射程にはまだ入っていない、きっと大丈夫……と、信じながら、すがるように大きな火柱を起こし、それから……足を一歩踏み出し……。
「残念ながら、間に合わなかったみたいね」
リザはそう呟いた。
リザの周りを静寂が包んでいた、木々のざわめく音も、風が大気を流れ行く音も、目の前に居るレイカの声も、呼吸の音すら、何もかもが。リザ以外がい出す音が全て消えていた。
次に、レイカが発生させた火柱。炎はそこにあるのに、ピタリと静止していた、写真フィルムの中にあるように、炎はその不定形を保ちながら静止しており、そのレイカも同じくして石膏のようにピタリと固まっていた。
だけではない。周りの森の木々も空に浮かぶ数多の雲も、鳥も、全てが止まっていた。
「私の氷の能力は完成している、成長の末に完成した私の能力は……空間という高次元の存在そのものを凍結させ、時間を止める事が出来る、それが真の能力。私だけが動けるこの世界が全てを包み込む……」
リザはそう言うとレイカの背後からピタリとくっつき、覆い被さるように抱き締めた。
「困るの、アンヴィーを殺されたら……私の虚しい人生を取り戻したいの、救えなかった人を救いたいの、殺したくなんかは無いわ、けれど……邪魔なのよ」
リザの真の能力。時間を止めていられる時間はおおよそ2秒。たったの2秒だが、近寄れば勝ちとなるリザの能力との相性は完璧どころではない、間も無く時間の停止が終わる、その時にレイカは即死するだろう……。
「ゲホッ……ケホッ、あっ……」
リザの瞳孔が開く、次に首を手で押さえる。そしてレイカから離れ仰け反った。
「カハッ、首が……首に何か、締められる……ゲホッ息が」
首を爪でカリカリと掻き、なにかを取り外そうともがいているが、苦しそうな表情に変化が無いのを見るに、無駄なあがきなのだろう。
「時間を止める……か、恐ろしい能力ね」
「ぐ……!?」
そうこう、してる内に時間は再び刻み始めていた。いつの間にか消化し、悠然と立ってリザを見据えるレイカ。リザの真の能力の正体をすでに理解している。この状況で、勝ち誇っているとも取れるその表情に、リザは心底震えた。
「何故……どうして……ゲフッ、勝ったつもり……!? 私の能力はまだ、終わってない……!」
近づいた者を凍りつかせ砕く能力、これをレイカに浴びせて殺そうと、リザは呼吸困難で朦朧としつつある意識の中、足を懸命に運んだ。
「精神的に勝った者が戦いを制する。あなたの負けよ、リザ」
リザには見えいなかったのだろう、レイカが右手に掴んでいる物に、それは糸。トウカの糸である。この糸によって繋がっているもの同士は音声のやりとりが可能。レイカはあの林の中から既にずっとトウカと音声で通じていたのだ……つまり。
「カハッ……」
「俺の能力を随分と軽く見てバカにしてくれたな、甘く見過ぎたお前の負けだ」
さらなる糸の締め付けを食らい、リザは地面にばたりと倒れ、呻きながらトウカを見上げ睨みつけている。
「なんとか勝ったな、マジで危なかったぜこいつは」
「トウカ……良かった、無事で……ほんとに」
涙を滲ませ、袖で拭うレイカ。しかしトウカは鼻でフッと笑ってみせた。
「俺があの程度でくたばるわけ無いだろ? 火傷もちょっとしかしてねえし、砕けた指もほら、元通りさ、な? 泣くなよっ」
「で、でもォ……」
「ノドカ達も知らねえと思うが、俺は自分で出した糸を編み込んで自分の体のパーツを作れる、俺の体から出た糸だから何の抵抗も無く馴染んで元通りさ、この能力が無かったら指無しの全身火傷で全治3年の後遺症付きだったぜ、てかレイカお前は知ってんだからドンと構えろよ!」
「グク……な、ぜ……私の能力が」
「あ? まだ意識があるのかなかなかしぶといな、良いぜ冥土の土産に教えといてやる、お前の首を締めたときにお前にも糸を巻きつけておいていた、俺は林で火傷の治療中、糸を通じてお前の移動の軌跡を感じ取ってたわけだが、突然瞬間移動したんでな。だが糸は巻き付いたままだった……本当に瞬間移動したなら俺の糸が伸びることなく切れてお前の軌跡が分からなくなってるはずだ、恐ろしい話だが時を止めているという結論に達しざるを得なかったぜ」
「まさか……炎、で、この女の炎に当てられて私の首の糸は」
「ああ、熱を浴びると締まる糸をお前の首に付けてたのさ、そしてレイカにお前の能力をバラし、炎を灯したまま時を止められるように仕向けた、そこに近寄ったお前の糸が締まった訳だ」
今思えばトウカはリザの首を『両手で』絞めていた。あの時すでに体の修理を糸で出来るという能力の一片を見せていたのだ。そんな些細な矛盾に気がつけなかった自身を、リザは嘲笑した。
「フフ……私はあの時すでに、追い詰められて焦っていたのね、もう、終わり、貴方と会えるのはやっぱりあの世でみたい」
トウカ、レイカのどちらにも喋っているわけではない、遠視したままゆらりと右腕を空中に上げ、氷の能力で腕に鋭利な氷を装着した。
「アッシュ……」
そう、告げた彼女を見てトウカはぽつりと呟いた。
「悪ィが、自決なんて呆気ないことはさせねえ、お前には情報を知ってる限り全て喋って貰う」
リザが氷の刃で自分の首を裂いて死のうとしてるのは丸分かりだった。糸に力を込めてリザの呼吸を完全に止め気を失わせた。
「レイカ、やっぱり俺は、アンヴィーとかいう女は殺すべきだと思うぜ」
「……そうね、この子……凄い悲しい顔をしてた、アッシュって名前、もしかするとこの子の……アンヴィーはどんな能力者も生み出せる可能性を持ってる、だから『蘇生』の能力者でも現れてくれればって、考えていたのかも」
「ああ、俺もそう感じたぜ、アンヴィーはこいつら能力者達の悪の希望になってる……とにかくこのリザって女はホテルに連れ込もう、尋問させて貰うとするぜ」
トウカはリザの体をグルグルに糸で縛り上げ、その周りを布袋で覆って、周りから人が入ってるとは気がつかれないように施した。そんな時、息を切らして少年たち2人が駆けてくる。
「トウカさん! レイカさん! 良かった見つかった!」
「あらウツリちゃん、どうしたの息を切らして……」
一声を発したのはウツリだった。レイカは汗だくの彼女を抱き寄せて頭を撫でた。次にノドカが声を張る。
「二人とも聞いてくれ、さっき俺たちは能力者と遭遇した、勝ったがしかし、リザという能力者が次はあなた達を狙っていると聞いたんだ。きっと近くに既に居るはずだ! もうすぐ日が沈む……暗がりを襲われたら対処できないかもしれない!」
汗で額を濡らし、メガネが曇り、いかにもな焦りようで訴えてくるノドカに、レイカは思わずぷっと吹き出した。
「それならもう会ったわ、私達が倒したわよ、ふふ、心配してくれてありがとう、ノドカ」
「なッ……もう、終わった?」
「今この袋の中に眠ってる、ホテルに連れ込んで話を聞くぜ、しかしノドカの慌てようもなかなかレアだな」
「な、ああ……」
拍子抜けなんてレベルではない、トウカにも笑われて、しかし安心感と安堵が身を包み、なんとも言葉を失ったノドカはその場に立ち尽くしてしまった。
「もう、私達すごく心配して飛んできたのに、無事で良かったけど、笑うことはないですよ、もう!」
ウツリが顔を赤らめてそう言った。ノドカはそのウツリの顔を見つめてひとつため息をついて、普段の調子に戻る。
「まあ、まずはホテルに戻ろう、トウカさん手伝いますよ」
「あ、悪いなノドカ、じゃあこっちの端を持ってくれや、そうだ、袋には30cm以内に近寄るなよ、危ないから」
「30cm?」
そんな2人の間に割って入り、レイカはおもむろにノドカの顔を見つめた。
「ノドカ、もしかしてまた……ウツリちゃんに何かあったの?」
「え……?」
「ウツリちゃんのやる空元気なら私も知ってるもの、ねえ、話してみて、ホテルに帰ってからでもいいから」
「……」
「また隠そうとした顔をしてたから、ノドカ」
ノドカはそう言われるまま、俯いてしまった。隠すつもりは無かったといえばウソになるから。しかし、テラーマリンの能力者コレクに突きつけられた現実はノドカにとっても受け止めかねる事実だったからだ。
「もちろん、話すつもりでしたよ、今は戦いで疲れていて……」
四人は静かに帰路に着いた。残る敵の能力者の数……6人。
リザ・アイザード
年齢26歳、能力者になったのは16歳の時である。
能力名『フローズン・ロード・アンド・ウインター・カム』
超低温の冷気を体内から放出する能力。その冷気を放つ範囲は30cm以内、そして冷気は目に見えない。身体の周りを凍らせれば装甲にも武器にもなるし、武器を形作ることもできる。
そんなことをしなくとも触れたものもしくは至近距離まで近づいたものを瞬時に凍らせて砕く事も可能。
『フローズン・ロード・アンド・ウインター・カム・レグレスト・タイム』
能力者歴10年を超えている為、その有り余る練度がもたらす真の能力として、大気を超え空間そのものを一時的に凍らせることで時間を止めることが可能。時間にしておおよそ2秒。




