31話「リザと凍結した世界 その3」
「こっちよ、トウカ!」
「あぁ、無理すんなよ、早くあいつをぶっ倒して病院行くぞ!」
リザから逃げるその先、それは町外れだった。ここらに居れば住民を巻き込んでしまうという危惧もあったが、それ以上にリザの能力を攻略するためだ。町外れから港の海に出るまでのこの道は石で構成されている。周りには林の木々があるが、レイカ達が歩くこの道自体は石。
「さっきトウカがされたみたいに土の水分と肉体を氷で接着されることも無いわ、そして両脇に林があるこの状況」
「俺が糸を張りやすい!」
追って歩いてくるリザの顔面直前には既にトウカが道の両脇の木々に張り巡らせていた糸が。目視が難しいほどに細い糸。
「また糸、取るに足らない能力ね」
顔にそっと触れた糸を認知し、即座に腕の氷の爪で辺りを無造作に切り裂く。見えずとも、リザの氷の刃の前にはいとも容易く裂かれるというもの。心に余裕をもちながら、リザは悠々とまだ歩みを進める。
「取るにたらなくとも、多少の時間稼ぎにはなるぜ! そして食らえッ!!」
トウカは硬質の糸を放って脇にある木にキツく巻きつけて、ノコギリのようにガリガリと削った。そして根元が弱ったところを思い切り蹴り倒しへし折れた木を糸で持ち上げ……リザに放つ!
「そして……私が火を付けるッ!」
レイカの発火能力、リザに投げ飛ばされ途中の木を全体発火させたのだ。瞬時に燃え盛り、これに押し潰されれば生半可な怪我では済まない、この細道、脇のドロドロの土に逃げ果せるか、はたまた後方に逃げて距離を置くか、リザに課されたのはその二択である。
「っしゃ上手くいった、逃げるぞレイカ!」
「ええ、ここを道なりに進んでいけばまた町に戻れるわ、あの子の脚の速さでは先回りも出来ないはず、一先ず急ぎましょう!」
しかし、もしここでもたつけばトウカとレイカに逃げられ、見失うこともひとつ必至だった。とり逃せばどうなるか……リザの能力だけが判明し、最悪ノドカ達と合流することによって対策を立てられてしまう。次に戦うときは少々手こずるかもしれない。
「このまま逃げられるのも面倒ね、アンヴィーも今はカインの下には居ないようだし、万が一アンヴィーがこいつらに見つかって殺されでもしたら」
リザは悠々とした表情のまま、足を止めて何も慌てる様子はなく、ただ綽々と自分のことを考えて喋っていた。
「私も困る。さて、火が付いた大木が飛んでくるとなると私の能力をもってしても対処が難しいわ、30cmの射程距離内の間に『冷気で火を鎮火させて』『木の中の水分を一気に凍結させて粉々に砕く』のは少し厳しいもの、二段階のことをそんなに早くは行えない」
言葉だけ聞けば、参った。といったところだろうが、リザの言葉にはまだ先があった。これは結論ではない。
「もうやめますか、遊ぶのは……これは殺し合いだもの」
ドゴォン!! 鳴り響く音。燃え盛る木が地面に落ち、そして黒化粧になった木肌がバラバラに砕ける音。地面に落ちてもなおまだパチパチと音を立てて火は盛っている。リザはこの攻撃をどうにかするのは無理だったようだ。
「おい……レイカ」
「……なに? もっと速く走った方がいい? あまり走り慣れてないのよ私、文学者なんだから」
「あー、出来ることならもっと速く走った方がいいなぁお互いよォ、なんか変なんだよなァ〜、確かにあの女に向かってどストレート直球に攻撃したはずなんだがよ」
石造りの物言わぬ地面。そこを走る足音はトウカ、レイカ、2つ……ではない。もうひとつ。
「なんで……あの女は一瞬も立ち止まることなく俺たちを追って走ってこれてんだアア!? どうやったんだ、飛んで避けるのも下を掻い潜るのも無理だったはずだ、木はなんともねえ、なんでだッ!!」
「あの子、目の色が変わったわね……さっきまでと違って『走って』追ってきている。本気になったってとこかしら、私達、ちょっと生意気にやりすぎたかしら」
レイカは痛む左手に目を配り、逆の手でトウカの手を握った。
「縮み上がる気分ね……でもトウカ、精神だけは負けてはダメ、きっと勝てるわ、これまでの旅のようにきっと。この圧倒的な力の差を精神で埋めるのよ」
「あー分かってるぜ、俺たちが負けるわけは無ぇ」
トウカは走りを止めることなく、後ろを振り返りリザを視認し、通る声で言い放つ。
「アンヴィーとかいう子供を神様だと呼んで縋りつききってるような下衆共になんかにはよォ〜、負けるわけは無いぜ!」
「ちっ」
それを聞いたリザは舌を打つ。氷のような振る舞いをしていた彼女も、不快感で頭がヒートアップしつつあるということだろう。
「糸の能力なら……その余計な口を縫い合わせてはどうかしら」
「なにっ」
トウカは戦慄した。気づけばいつの間にかリザは近くまで迫っていた。呟くのが聞き取れる距離、射程距離の30㎝圏内には決して及んでいないが、確実にリザは一瞬で迫ったのだ。
「おい、レイカ今こいつの動きを少しでも見たか?」
「いいえ見てないわ! 煽り文句を言って振り向いてた貴方はどうなの?」
「俺は……見てたが、見えなかったというのが正解か、瞬きの一瞬だ。まさに瞬く間にこいつは近づいてきた!」
「瞬間移動でもしたと言うの? そんな馬鹿な事、彼女の氷の能力とは全く関係が無いじゃない」
「まったくだな! 氷でスケートリンクを作って滑ってきたなんて話ならまだ分かるが、こいつは……そんな次元じゃあない気がするぜ!」
そのやりとりを聞くも、全く寡黙に走りをやめないリザ。息を切らすことなく走り続け、目はトウカ達を睨んだまま逸らすことはない。
「次で……決めようってか、こいつ、そんな目をしてるぜ!」
「トウカ! すぐ先に曲がり道があるわ! 林の中の小道に入り込める! 走る速度で劣るなら一か八か、入り組んだ森道に賭けてみる!?」
「なにィ〜! だが待て、林の中って事は下は土だ、水分があるということはあの女の能力で凍らされるぜ! いや……でも、待てよ」
トウカは何か思いついたようにハッと目を見開き、そしてレイカの目を見つめる。手からは糸を放ちながら。
「曲がり道に入る一瞬……一瞬だけならあの女の視界から完全に消える事が出来る、今しか、無ェ……レイカ!」
「トウカ、まさか……」
2人は脇の林道に飛び込んだ。当然、リザもその後を追う、1メートルほど離れてる彼らを、曲がり道程度で見失うわけもない、ましてや氷の能力の独壇場、水分を含んだ土や木がごまんとある地帯、負けるわけが……。
「なッ……そんなッ!!」
次にリザから漏れたのは驚愕と恐怖を含んだ声だった。猫のように背中をピンと伸ばして驚き、その瞬間に、先ほどまで逃げていたはずのトウカは迫って来たのだ。
「良い表情になるじゃあねえかお前もよォ〜、驚く女の顔ってのはいつ見ても、爽快感あるぜッ!!」
「あなた、こんな、馬鹿なことを!」
『馬鹿なこと』それは、トウカの姿を見れば一目瞭然である。彼の体は言うなれば『火だるま』だったのだ。自分の糸で体を包みレイカの発火能力で炎上したのだ。体全体を炎で包み、無事でいられるわけもない。リザは硬直した体にむちをうつ勢いで走る体を急旋回させ逃げようと踏み出す。
「自分自身を燃やすなんて、そんな……!」
「おっと逃がしはしないぜー!」
「うっ!」
「流石の凍結能力でも、燃えてるものは凍らせられないらしいな! お前の手をガッシリ掴んでもなんともねえ! そしてもうひとつ」
「ぁグッ!」
リザを掴んだ腕を引っ張り、そのまま脇の木にリザを力一杯叩きつけ、両手で首をしめるトウカ。
「近づくもの全てを凍らせて無傷でいられるお前も、さすがに自分自身が凍っているわけじゃあないから、燃えてる俺なら触れてもなんともねえな! 丸腰の肉弾戦に持ち込めるぜ!」
「ぐッうッ……あ……」
能力者と言えども、丸腰の女性であることに変わりはなく、前述した通り肉弾戦に持ち込まれれば力量の差は異的能力から身体能力に移り変わる、そうなればまずリザに勝ち目はない。締まる首を必死に抑えながらトウカの周りの空気にある水分を凍らせるなどして抵抗してはいるが……。
「無駄だぜ、このまま絞め落として能力の解けたところを縛り上げさせてもらうぜッ! これ以上燃えちゃあ俺も再起不能になっちまうんでなア!!」
日差しの照るこの林の中で、ひとつの戦いがまた決を告げようとしていた。リザはトロンとした目元になり、空中に円の形をした氷をいくつか発生させるのみで……。
「私の、勝ちよ」
口元が三日月のようにスキッと尖り笑みを浮かべ、そう告げた。
そうトウカが言い終わってか終わらずか、その言葉の真意を理解してからか理解しないままか、トウカの肉体を包み込む『爆発』が巻き起こったのだ。
「グ、ゴハァ……!」
「お似合いよ、焼身自殺の成れの果てと言った所で……ヒートアップし過ぎて気付かなかったようね、私が『レンズ』を作り出していたことに、日光を集めて貴方の肉体をさらなる炎上に導く事を目的としていたことに」
「トウカァ!!」
レイカは叫んだ。トウカの全身は先ほどと比にならない火に包まれ肉体炎上を極めていた。もしかするともう、助からないかもしれない……。レイカは、溢れ出そうになる涙を堪え、頭を動かした。ここで激情するのは安易であり道徳的に正しい、きっと間違いが無い行動だ。
「透き通った氷ならガラスの代わりになるから、それを円にして日光熱を集約していただけのこと。冷やすだけじゃあないのよ、氷は……さて」
リザと目が合う。その距離およそ2m。レイカは黙ったままじっとしている。これは戦いだ、命の奪い合いなのだ、どんな理不尽なことも勝者であるだけで正当である。逆に死ねばその瞬間に敗北であり人生をゴミ箱に捨てたも同然なのだ。勝たなければならない、そしてトウカの無事を信じながら、勝つ策を練らねばならない。




