3話「ロー・エグジスタンス」
森を抜けてしばらく歩いたところにある町。ノドカとウツリは、蜂の魔物の攻撃を掻い潜り、なんとかこの町に辿りついていた。
「この町はたしか……クーストースとかいう名前だったかな?」
「あれっ、ノドカここに来たことあるのか?」
「うん、まああの危険な森を抜けなきゃいけないわけだから滅多に来たことはないが、ここには父さんの知り合いが居て、たまに来てたんだ」
「へぇ~、知り合いって、友達ってことだよな! いいなぁ友達……私にも友達できるかな……」
ウツリはなんだかにこにこしながらノドカに話しかけた。少し前まで生きるか死ぬかの瀬戸際の生活を送っていた彼女に、友達など作る余地はなかったろう。
例えそんな経歴があっても、ウツリはまだ未来に希望がある、ごく普通の女の子なのだな、とノドカは感じた。
「……俺たちは友達じゃないのか?」
「えっ!?」
どこから出したかわからないような、叫び声にも似た素っ頓狂な声がウツリから漏れた。
「ど、どうした急に、なんか変なこと言ったか?」
「いやほんとだよ! 変なこと言うからびっくりしただけ! 私たちは友達っていうか、ほら、せ、戦友じゃないか?」
ウツリは小っ恥ずかしそうにしながら、ノドカに話しかけているが、目を合わせていない。
「戦友って……戦友でも友って書くから友達じゃないか……?」
「うぅっ! もういいから早く行こう! 私お腹すいたよ!」
ウツリはそそくさと立ち去ってしまった、ノドカも若干の早歩きでウツリを追いかける。
「ウツリは友達って言葉に何か思い入れでもあるのか? まあいいか、まずは腹ごしらえだったな」
とりあえず町の食堂にて一休みすることにした。木のテーブルにウツリとノドカは向かい合って腰掛け、調理場方面にあるメニューとやらに目をかける。
「今はお金の心配をしなくていいから、好きなもの頼んでいいぞウツリ」
「本当か!? 何にしようかなぁ、こういう所でご飯食べるの初めてだから緊張するなぁ……ん? たこ、たこらいす? タコライスってなんだ? ノドカ知ってるか?」
「いや、食べたことは無いけど……確か牛の挽き肉を玉ねぎと炒めて……レタスを乗せて作るものだったかな、チーズやケチャップで風味豊かになるとか」
「なにそれめっちゃ美味そう!! ノドカ私それにする! ラコタイス!」
「タコライスね、俺はドライカレーにしよう」
注文を終え、しばらく待つとそれぞれが頼んだ料理が運ばれてきた。ノドカとウツリはそれらを食べながら、口を開く。
「うわー! タコライスってこれ滅茶苦茶美味い! あ、そうだノドカぁ、これから会いに行く親戚ってどこにいるんだ?」
「ん……親戚、そうか、そうだった」
「え?」
そういえばウツリは、ノドカの親を自身が殺したことに気づいていないのだ。いやあれがウツリだとは到底思えないが。親戚というのは嘘で、ノドカは父から会えと言われたとある本の著者”U・ツヴァイ・リピスラズリ”に会おうとしていた。
「そうだ、その親戚、U・ツヴァイ・リピスラズリっていう人に会わなきゃいけない」
「あれっ、その名前って……」
「ウツリの名前の元になった人だ、まあ俺も会うのは初めてだから、どうなるかわからないけど……」
「その人と仲良くなれるといいなぁ」
そんな二人の前に、初老の男性が近づいてきて、ノドカに話しかける。
「やあやあ確か君は、ノドカくんだね?」
「……確か、父さんの知り合いの……」
「覚えててくれたか! いやぁ久しぶりだね! 父さんは元気かい?」
「あ、ああ、まあまあかな」
ノドカは目を逸らしながら答えた。
「こらノドカ! だめだぞ! ノドカのお母さんが言ってた! 大人の人にはきれいな言葉つかわないとだめだって!」
「……うん」
「はははは! この子はノドカくんの彼女かい!?」
「か、彼女!?」
ウツリはまたしても素っ頓狂な声をあげて、目を見開いたままきょろきょろし始めた。
「ノ、ノドカっ、彼女なんてそんな、ちがうよな! 私ちがうよな!」
「はい、ちがいます」
「……うん」
「ははは、まあそれはいいんだ、ノドカくん、さっき”U・ツヴァイ・リピスラズリ”って言ったかい?」
「そうです、今その人と会いたくて探している途中なんです」
あんまり不慣れな敬語をたどたどしく使うノドカ、そんな彼にも、父の知り合いのおじさんは明るい口調で答える。
「その人ならこの町からちょっと離れたところの屋敷にいるぞ」
初老の男性は、北の方角を指差して言った、食堂からも見えるが、そこには町から出る門があったのだ。
「町の外……? なぜそんな所に居住してるんだ? 高い塀に囲われた町じゃなければ、魔物に襲われる可能性も高いというのに……」
「そいつはたま~にこの町にやってくるんだが、どうやら、人里離れた地じゃないと文が書けねぇのだとよ。やっぱ作家さんの考えることはよくわかんねぇな、じゃあノドカくん、俺はこの辺で!」
そう言うと初老の男性は食堂を出てどこかへ行ってしまった。
「はぇ~……良かったなノドカ! 結構近場にいるみたいだし、すぐ会えるじゃないか!」
「うん、じゃあこの町で一泊したらすぐに向かうか」
「よしわかった!」
そう言うとウツリは目の前のタコライスをガツガツを頬張り、早々と食事を済ませた。元々食べるのが人よりやや早いノドカも、それに続き食事を済ませる。
そして夜になりノドカとウツリは宿を借りて就寝に入っていた。2つのベッドがあり、お互いの距離がわずかにあって、声を出せば届く距離。
「ノドカ、起きてる?」
「もう寝てる」
ノドカはそう答えたが寝てたら答えられるわけがない。
「そっかぁ、じゃあおやすみだな~、おやすみ~」
ウツリは素直な子のようだ。
そう言って10分も経たぬ間にウツリは小さくいびきをかき始めた。一方のノドカは、真っ暗な中で考え事に老けっていた。思い返してみれば、俺の親は死んでしまったのだ、ウツリはそれをまだ知らない、伝えるべきなのか、とか。
感情の抑揚があまり無いノドカであっても、いやなきもちになって、眉間にしわがよってくるような、そんな考え事しかできなくなっていた。
「U・ツヴァイ・リピスラズリという者に会う、それが今のやることだ」
ぽつりと、自分に言い聞かせるようなか細い声で言った。あまり考え事に老けってはろくなことがないとわかったので、今の目的だけに集中することにしたのだった、そうして、ノドカの意識はいつの間にか遠のいて……。
「おいノドカー! 朝だぞ! 起きてー!」
「ん……? もう朝か……」
窓から外を見渡すと、日が昇り朝になっていた。
就寝時には外していたメガネをかけ、起床するノドカ、ちなみに伊達メガネである。
「それじゃ行くか、リピスラズリ氏の所へ」
「うん!」
町の門から外に出て、屋敷に向かうわけであるから、道中で魔物などと遭遇する恐れもあった。しかし運が良かったのかそういうこともなく屋敷に辿りつく。
一面が青色に覆われた、大きな屋敷がそこにあった。
町の外の、周りに何も無い草原地帯にこんなものがあれば魔物の住処になるのが関の山であろう。
しかし魔物の鳴き声も、足音も、気配すらも感じられない、逆を言えば人間が居るような雰囲気も感じられないのだが。
「ここが正面玄関か」
ひときわ目立つ大きな扉があった、ドアノブは獅子の顔の形を模しており、いかにもな高級感があった。まあまずはノックをしよう、その考えが普通である、ノドカは扉の前に立ち、扉を2回叩きリピスラズリを呼んだ。
「なにか用か?」
「わっ! ノ、ノドカ! だれかいる!」
声がしたのは屋敷の中から……ではなく扉のすぐそば、ノドカのすぐ横、そこに女の人が立っていたのだ。
「な、いつの間にそこに? 全く気がつかなかった、まさかあなたがリピスラズリ氏……」
「違うな、私はレ……じゃなくてリピスラズリ氏のアシスタント兼、専業主婦兼、門番のスペリィだ! 私が何か用か? と言ったのは、リピスラズリ先生に何か用か? ということさ」
スペリィと名乗る彼女の容姿はなんとも奇抜であった、年齢は18くらいだろうか、茶のタンクトップに茶のパンツ、腰にはエプロンのような物を着用した薄着スタイルで、頭部には動物の耳が付いている。
とても外出するような服装とは思えないし、それに反して常時誇らしげな表情と態度の彼女には、一般人なら戸惑いを覚えるはずだ。
「なるほど、それは失礼した、俺はノドカ、でこっちはウツリだ。実は父に言われたんだ、リピスラズリ氏に会えと」
彼女の妙な自己紹介につっこむことなく、ノドカも自己紹介を終えた。
ただすこし気になることがあるとすれば、彼女の頭についてる犬のような耳は本物なのかどうかぐらいだ。
「ノドカ? 知らない名前だな……それに会えと言われたから会いに来て、だからはいそうですかと会っていただける程、立場の低いお方じゃないんだなこれが」
「そうなの?」
一筋縄では行かなさそうなセリフを吐く彼女に対して、ウツリは気の抜けた調子で言った。
「そうだよ小娘、まぁなんにせよリピスラズリ氏に会うには、それなりの実力がなくちゃな」
「実力……というと?」
「言ったよな? 私は門番も勤めてるんだよ、要は私を倒さなきゃこの門は通れない! 私より実力が無い人間は通したくない性なんでね!」
「ええ!? どうするんだノドカ!? 喧嘩するのか!?」
「いや、人に暴行を加えるのには抵抗がある……なんとか穏便に済ませられないのか?」
説得を試みるノドカの言葉を最後まで聞いてか聞かずか、スペリィが視界から消えた。
「ぐっ!」
しかしどちらかというと、視界に捉えられなかったという表現が正しい。彼女は並外れた身体能力でノドカの腹部を切り裂き、既に背後に回っていた。
先程まで意識していないため気づかなかったが彼女の爪は長く、10cmはありそうだ。
「穏便に済ませられると思う? 私は能力者、あんたらみたいな常人は到底追いつけない」