29話「リザと凍結した世界 その1」
その昔……『毒』を扱う能力者が居た。それは生物毒、薬物毒、様々な毒を体内から放ち、同時に自分自身はすべての毒に抗体をもつという能力だった。
彼は能力を極め、とある毒を作った。人に作用し、人を超人に変貌させる毒。彼はその超人を『魔人』と名付けた。
しかし彼は死んだ、10年も前の話だ。そんなことを知る者はこの世に殆ど居やしない。
「ノドカ達遅いな……戻ってこねぇ」
「まさか……敵に襲われているんじゃないかしら」
一方、港町フーチンジュ。そこの宿の前でトウカとレイカは、ノドカ達の帰りを待っていた。が、数十分は経つ……。
「ちょっと迎えに行った方が良いかもしれないわね」
「同感だレイカ、俺も付き合うぜ。確かあっちの方に歩いて行ったよな?」
トウカが、ノドカ達の向かって行った方向を指差すと、その直線上にいつの間にか女性が立っていた。
「んっ? あんな人さっきまで居たっけ」
「こら、人に指差すんじゃありません!」
「あ、悪い悪い、早くノドカ達を迎えに行こうや」
水色のセミロング。首にクリスタル製と思われるネックレスを付けていて、据わった目をして立ち尽くす女性。もうひとつ特徴を述べるならば、左頬に大きな怪我がある。トウカ達が彼女の目の前を横切って通り過ぎようとした瞬間、彼女は口を開いた。
「迎えに行ってあげた方が良いわ」
「なにっ」
その言葉、一体どういうことなのか。トウカが思わず反応して立ち止まる。迎えに行った方が良いとは、トウカ達に向かって言ったのか……。
「きっと今、迎えに来て欲しいはずよ、はやく、迎えに行った方が良いわ」
「おい……おい! なんだお前は、目を合わせろ、俺たちに向かって言ってるのか?」
「ちょっとトウカ、絡んでる場合と違うわ」
「いや待て、こいつ怪しいぜ」
トウカはその女の目の前で両手を構え、その手と手の間に糸を張って見せる。
「あら、あやとり?」
「ほら見ろレイカ、こいつ……俺の能力を見ても微動だにしねえ……おい、名乗りな」
「リザ・アイザード、私の名前。名乗ったわよ、その糸は手品? チップ払う?」
トウカはそのリザと名乗る女の顔をまじまじと睨みつける、しかし彼女は顔が正面に向いたまま瞳すら動じることなく淡々と喋り続けていた。真顔で、トウカ達をからかっているように感じられる。
「この不気味な雰囲気……今までの『敵能力者』みてえな感じがするぜ……レイカどうする」
「もう……敵なら攻撃してきてると思うけど、トウカ、勘違いよ早く行きましょう」
レイカはトウカとリザの間に割って入り、トウカの肩を叩いてなだめる。
「ごめんなさいねお嬢さん、私の連れは短気なの。じゃあ急いでるから、ごめんね?」
「敵能力者……そうよ。私は敵、貴方達の敵よ」
立ち去ろうとするレイカとトウカは、そのリザの言葉にぴたりと足を止め、首だけ振り返る。しかしリザはトウカ達に顔を向きなおしたりはしない、ただ同じ真正面一方向を見つめたまま口を開いた。
「迎えに行った方が良いわよ、貴方の仲間たち、ノドカとウツリ」
「てめえやはり敵かあー!」
確かに聞こえた、ノドカ、ウツリ。こいつはあの2人の名を知っている。名を発した瞬間にトウカは身を乗り出し両腕から糸を広く放出。瞬時に網を作り出しリザの四方から網を這わせ捕らえるコース! 飛んでも走っても避けられやしない!
「言ってるはずよ、迎えに行った方が良いと、私と戦うのはやめておいた方が良いということよ」
そういうとリザの周りの網は全てが動きを止め、バラバラに砕けて地に落ちた。
「なにっ俺の糸が……!」
「私の能力は氷……冷気を操る能力」
その瞬間、目にも留まらぬ速度でレイカがリザに走り迫る。目を光らせ、リザの体そのものに炎を灯す!
「氷? 悪いけど私の能力は炎! 相手として最悪のカードを引いたわね、リザちゃん?」
「言ったのに……私は忠告したのに『迎えに行った方が良い』と」
全身が火に包まれ、まさに火だるまといった状況のなか、なんとリザは全く微動だにしない。体が燃え盛ったままゆっくりと歩みを進め、遂には手で体を払い、それによって炎は完全に消えた。当の本人は、氷の能力者に相応しく涼しい顔をしている。
「私はリザ・アイザード。氷の能力者、26さい。レイカ、貴方なら私の能力を知ったら調子に乗って攻撃してくるのは理解していたわ」
「この子……私の能力が炎だということを知っている……やはり敵の能力者の中に、千里眼的にあらゆる物事を知り得る能力者が居るとみていいわね」
思えばレイカの発火能力、スポンテーニアスコンバッションの能力は最初に戦った能力者のミカルナは事前に知っていた。
「おいレイカ……こいつ、ヤバイんじゃないのか」
「ええ、トウカも勘付いた? この子、能力の練度に関しては私達以上かもしれない、攻撃されているというのに落ち着きすぎている」
じりじりと歩み寄ってくるリザ。トウカもレイカもその威圧感に押され警戒し、後ずさりしながら一定の距離を保つ。トウカとレイカは能力者歴およそ5年。彼らから見てもリザの戦いの風格と余裕は異常過ぎた。
「言ったわ、私は私と離れて向こうへ行くべきだと」
「ちっ、ビビってもしようがねえ……やるしかないぜ!」
トウカは再び手を前に突き出して糸を放出する。脚でも手でも縛り付けられれば行動は大きく動かせ無くなる。
「レイカの炎さえ弾くその冷気の攻略は、お前を行動不能にしてから考えるぜ……ん?」
ふとトウカの動きが止まる。突き出した右手、その指先の感覚が妙なのだ。おかしい、指先の感覚が無い……それに親指を除く4本の指先が真っ白に変化していたのだ。
「アッ……バカな!」
放出した糸も一瞬でボロボロに砕けた事で気付いた。凍っているのだ、リザに近づき過ぎたことで、奴の能力射程に入ったのだ。慌てて右手を引っ込めたその時、凍結したトウカの4本の指先がボロっと地面に落ちた。
「トウカっ!!」
レイカは呆然とするトウカに走って抱きついてそのままリザから遠ざける。即座に振り向いて地面一帯に巨大な炎を発火させ、リザが近寄れないバリケードを作った。
「大丈夫!? あの子に近づいたらまずいわ、射程距離は今のを見るにおよそ30cm。それ以上近づいたら一瞬で凍結する……」
「く、助かった……ぜ。あいつの能力、ヤバすぎる、指が落ちたってのに全く痛みが無い、皮膚も肉も神経も……人間の反射神経を超える速度で凍らせるんだ、氷とシンプルに言っても、強すぎる!」
「どうする、交戦を続けるの? 一旦逃げるのもアリよ、危険すぎるもの」
「いや……無謀だろうが、俺はやるぜ、ここで逃げ出したら、スペリィに顔が見せられねえ……」
「トウカ……!」
「あいつは俺たち仲間の為にアンヴィーを捕まえようと死ぬ気で挑んだ……ミカルナとリザ、こんなヤバイ奴を統べてるカインとかいうやつ、今の俺たちの比じゃ無いくらいに絶望したはずだぜ、それでもあいつは俺たちにヒントを残すくらいには頑張った」
手のひらから糸を出し、右手の指先4本の切断面を縫って留める。
「私達に出来ることは、とにかくあの子に近寄らないこと……あの子はまだ余裕を持っている、走り寄ってくることはまだ無いと思うわ」
「ああ、お互いに死なねぇようにしようぜ……俺たちは良いコンビなんだからよ」
炎の壁の中を悠然と歩いて乗り越えてくるリザ。炎など、熱さえ感じなければただの煙と同義、リザの体表は炎さえ寄せ付けない超低温に守られているのだ。
「どうする? 私には勝てないわ、ノドカ達を迎えに行った方が良いんじゃないの? 私から逃げ出した方が賢明よ」
「お前、さっきから挑発的な言い回ししやがって……俺だって腑抜けじゃねえんだ、勝てねぇとか逃げた方が良いとか言われて、従いたくなるわけは無ぇだろ!」
「それは失礼したわね」
トウカとレイカは、近寄ってくるリザと距離を保ちつつ後ずさりする。微妙に二手に分かれながら、リザの行動をみる、どちらか片方を狙うのか、なにか『技』を繰り出してくるのか。
「リザ……だったわよね貴方、近寄るだけで人を殺せるなんて、今、楽しい気分なんでしょうね、虫でも退治してるかみたいに……私達なんて簡単に倒せる、そう思ってるでしょう」
「レイカか、確かミカルナを負かしたとかいう小説家……逃げるチャンスはちゃんと与えたわよ、貴方の言う通り、貴方達なんか大した能力者ではない」
リザは目を細めた。瞬間に、ぴょんっとジャンプしてレイカに向かって接近する。
「ウッ……!?」
慌てて後ずさりするレイカ。それを見てトウカも絶句し、リザは着地した位置から動かずに肩を震わせている。
「フフッ……あははっ……びっくりした? いまびっくりしたでしょ? あははっ」
「貴方……!」
リザの冷気の射程距離にはギリギリ浸入しなかったが、レイカの全身には寒気が襲った。この女リザは、今の状況を楽しんでいる。いつでもお前らを殺せるんだと、そういった笑顔と笑い声だった。




