20話「ドレスアップマイワールド その1」
早朝。晴天。黄土色の土が地面に広がり、石造りの家が多く見受けられる町。名はスカイドラ。
その中にある二階建ての宿屋に、ノドカ一行は宿泊していた。
「結局……アンヴィーは何処にも居なかった、完全に、逃げられた」
ノドカはそう呟き、俯いた。
「……あいつは、どこに消えたんだ」
トウカは、ノドカとウツリに目線を配って呟いた。三人とも落ち込んでいた。その理由はアンヴィーを見失ったからというのみではない。
「スペリィ、夜まで探したのに見つからなかったね、何処に行っちゃったんだろ……」
ウツリは懐からメモ帳を取り出し、三人の中央にある小さなテーブルの上に置いた。土と砂、泥にまみれつつあるが、これはスペリィの私物である。
レイカのメイドを自称する彼女が、レイカのスケジュール表と称する勝手に作った代物。支離滅裂にレイカへの愛を書いている見るにも堪えないものだが、最終ページには興味深い、というより不明瞭な事が書いてあった。
「最終ページ、赤色の文字で書かれている……血文字だ、スペリィの血なのかは分からないが、文字はスペリィのものに違いない、俺たちへ向けたメッセージを残したと思うのだが」
「書かれてるうち読み取れたのは『カイン』『魔人』『羽根』という文字だけだぜ、もう後半なんて犬かなんかに踏まれた跡で潰されてやがる、くそ、俺たちが拾う前に魔物が踏みやがったな……!」
三人は途方に暮れていた。仲間が一人欠け、そして神も見失いどうしようもなくなった。次に何をするかと、長考を余儀なくされた。
「む!?」
「どうしたのトウカさん?」
「俺の糸が反応している……レイカか、レイカが呼んでるらしい」
トウカは糸を出し、レイカへ連絡が取れる状態にする。余分に2本の糸も出し、ノドカとウツリの手首に巻いた。
「これでお前らにもレイカの声が聞こえるようになる」
三人が耳をすますと、レイカの声が糸から通じて聞こえてきた。
「みんな、調子はどう? 神はどうにかできた?」
「……いや、駄目だったぜレイカ……逃げられた、味方が複数居たみてぇで、まんまとやられたぜ」
「そう……まあ、そう簡単には行かないわよね、神だもの」
「レイカさん、済まない……」
「私たち頑張ったんだけど、敵が多いみたいで、道中も結構危なくって」
「フフ、ノドカ、ウツリちゃん、良いのよ。声が聞けて嬉しいわ、みんな無事そうで何よりよ、それより安心して、私もあなた達と合流するから!」
「え!? レイカ、何言ってんだ! 1人でここまで来る気か!? 危ねえよ」
「トウカ心配しないで、私って本名は本の読者の誰にもバレてないもの、世間に知れてるのは『U・ツヴァイ・リピスラズリ』っていうペンネームだけ。顔も知られて無いのだから、ただ歩いてやってくるだけで簡単よ」
「待った、レイカさんは車椅子の身のはず……」
「もう立って歩けるわよ、杖はつくけどね、能力も使えるから魔物も問題ないの」
「危険だよ! レイカさんも能力者に襲われる危険があるのに!」
「心配し過ぎよ、そんな労わられるほど年食った覚えもないわ、か弱くもないもの、すぐ向かうからね、それじゃあ待ってて!」
「アッ……おい! レイカ! だめだ切れた……」
トウカは糸を巻き集め体内に戻す。レイカの合流。朗報と言うべきか、しかし心配も付き纏う。
「来ると言われたものは……待つしかないな。それにレイカさんが居れば次に起こす行動の糸口も見えるかもしれない」
「まあ……神に関してはレイカの方が詳しいかもしれないからな……気長に待つとするぜ、スペリィもな」
「スペリィに限って死んでたりなんか無いもんね……無事なら、一番近いこの町に来ると思うし……」
一方レイカは、小さな鞄に必要な物を最低限詰め入れ、旅立つ支度を終えた。そして腰掛ける椅子から背後を見つめる。
「……スペリィの声は、そういえば聞かなかったけれど」
割れたコップ。黄土色のこのコップは、スペリィが手作りで仕上げたレイカへのプレゼント。形は不恰好だが、レイカの生活品として役立っていた。
机に直立していたこいつは、突然落ちて割れていた。地震も無かったはずだが……不吉な予感を感じずには居られなかった。レイカは紙でバラバラになってそれらを包み、机の上に置き、旅立った。
「あんな美人さん、町に居たっけ……」
「すげえ、腰まで白銀の髪だぜ、綺麗だ……」
町を歩けば、敬愛や賛美、一目惚れにも似つかわしい声達が町の男から漏れに漏れる。滅多に外出しないであるから、町のものには珍しい人物であり、美しく麗しく目に焼きついたようだ。
「ふう、結構歩いたわね……杖をつきながら歩くってのも疲れることだわ、ま、途中タダで馬車に町から町へ乗せてもらって時間短縮になったわ、ラッキー」
少女のようににこやか微笑みを漏らしつつ『美しいって得なのね』と言わんばかりに、前の町でこれまたタダで受け取ったパンを頬張る。美人の一人旅は至れり尽せりというわけだ。
「まあ美味しい。あのお店の常連になろうかしら、うふふ」
頬をおさえながら、スキップでもしそうなほど上機嫌なレイカにぶつかる人間が。
「ぅやっ」
「あっ……危ないっ」
それは女性で、レイカにぶつかった衝撃でうしろのめりに倒れそうになった。レイカは手に持つパンも杖も投げ捨て、その女性を抱き寄せ支えた。
「ごめんなさいっ私前見てなくて、怪我はない? 平気?」
レイカは慌てて頭を下げ、そして女性はきょろきょろしたのち『レイカが居ない方向に』お辞儀をした。
「こちらこそ、急いでたせいで私、ごめんなさいっ、えへへ……」
黒い髪、ショートボブ。ふんわりした髪質の彼女の、ひらひらしたスカートが風になびくその様は、ひとえに言う所の『清楚』なイメージを表していた。
「あなた……」
そしてレイカは地面に落ちる杖を見た。レイカが持っていた杖とは別に、もう一本の杖。銀のそれの持ち主は彼女である。
「貴方も杖を落としたみたいで、私と一緒かな。目が不自由? お互い大変ですよね、あはは……」
「ううん、私はただ怪我をしているだけで目は見えるの……本当に悪い事をしたわ、良ければあなたの目的地までついて行きましょうか?」
「失礼な勘違いをしてしまったみたいで……すみません、でも大丈夫です。私、全然見えないわけじゃないから、好意だけ受け取ります、ありがとうございますっ」
杖を拾い、彼女は歩き出し、振り向きざまレイカににこやかな笑顔を向けた。
「これもなにかの縁かも、私『ミカルナ』って名前です。貴方は?」
「レイカ……レイカ・バギーニャよ。これから先、気をつけて頂戴ね」
にこやかに手を振り、ミカルナはそのまま歩いて去っていった。
その頃。カインと馬車、兵士達とアンヴィーは国王の座する城の城下町へ着いていた。
それを見計らい、アンヴィーは慌てて馬車から降りる。
「ぉわ! カイン様、彼女が逃げますが!」
「追いかけ……あれ? カイン様が居な……」
慌てる兵士達など関係なく、走るアンヴィーの目の前にカインは現れた。翼、その速度の前に一少女が逃げおおせるわけも無い。
「待ちたまえよアンヴィー、俺は君に仕事を依頼したいというだけだ。この国をより良く発展させる為に」
「私、嫌よ、私の能力で、能力者を沢山増やすなんて仕事。やりたくないもの、子供は働いたらダメなのよ」
「13年少女の姿のまま彷徨っている分際で子供などと……それはまあ良い。君は不思議なる存在だ、いつか急に朽ちるかもしれん、君が俺に協力してくれるというなら、もちろん俺も君の得になることをする」
「私の得?」
「そうだ、君の目的……『家族』だそうじゃないか? 君が呟いているのを私の部下の諜報部員が聞いている。家族を取り戻すためにある能力を探し続けているという、そういうわけだろう?」
「……」
「俺が人間をいくらでも提供する、君は目的の能力に辿り着くのが早まると思うが?」
「私が能力を使うのは……この世界に絶望している人間だけよ、未来が無くてどうしようもない人間にだけ、私はこの能力で少しでも希望を与えられればと、ただそれだけだもの」
「……そしてあわよくば自分の都合が良い能力ならば利用しようというわけだね?」
「何、その言い方……とにかく、私は誰も彼も巻き込むわけにいかないの、気の迷いでその昔あなたに協力したこともあったわ、9人も、能力者に変えてしまった、私は悔いている、あなたの顔を見ると悔いが思い出されて嫌になるわ」
「その9人のうちの1人は私だがね、しかし朗報だアンヴィー。残りの8人は皆生きている、能力を扱えずとり殺される事なく、皆が私の部下として動いてくれている」
「……」
「ホッとしたような顔に変わったねアンヴィー」
心底を見透かされ、アンヴィーは舌打ちした。背中に受けた傷がいくつか痛々しいが、こんな奴に付き合ってはいられない。また走る。カインから逃げる。
「フン……安息の地など、呪われた生き物の君には無い、せいぜい泳がせておくか、既に手は打ってある」
アンヴィーを追いかけようとする兵士たちを両手を広げ静止させ、にやり笑う。懐から本を取り出し、バラバラに破り捨てた。
「能力者。それについて本を記した女……レイカ・バギーニャか、既に素性は割れておるわ、くだらん研究に、アンヴィーを追求する愚業も全てな……始末に向かっている、8人の能力者の1人『ミカルナ』がな」
城下町の外へと消えゆくアンヴィーを横目に見つめ、カインは城へと帰還して行った。




