17話「レッツ・バーディ その2」
「そ……は……よか……わ……」
「ん? 今微かだがレイカ様の声が聞こえたような、トウカの手から!」
スペリィは飛び跳ね近づきトウカの手元に顔を近づけ耳を澄ませる。
しかしながら聞こえない、途切れ途切れでよく聞こえない。
「だが糸を出している俺にははっきり聞こえているぜ、糸に伝わる音が微弱な振動として俺の体に伝わってるわけだからな」
「ぐぬぬ……で、レイカ様はなんて!?」
「みんな無事でよかったわ、本当に良かった、気を付けて帰ってらっしゃい。だとさ、まるっきりカーチャンだよな」
トウカは糸を巨木から切り離し、嬉しそうに含み笑いを浮かべた。
「レイカ様にカーチャンとか言うなよ! ウツリ! お前もなんか言ったれ!」
「うえっ!? え、えっとレイカ様ってでもお母さんみたいな温かさがあるよね?」
「あ、それはあるかも」
「ノドカお前までなに便乗してんだ!」
スペリィは眉間にしわを寄せ他三人をにらみつけた、プンスカ怒る彼女のさまはなんとも可愛げがあるものだ。
そんな彼女をしり目にトウカは少し険しい顔つきになり、縄で縛られもがいているアンヴィーを冷たく見据える。
「さて報告も済ませたところで神を運ぶか」
「私を、どうする気? 殺す、の?」
「殺すかどうかは……分からないぜ? ただ尋問には受けてもらう。レイカはあんたに聞きたいことが山ほどあるようだし、ノドカ、ウツリ、お前らもそうだろ?」
「う、うん! この前アクウィスとかいう女が言ってた「サクリファメタルの能力者」というのが私の中で気になってるんだ」
「俺も少し聞きたいことがある、ウツリの件は勿論だが、ここへ来る途中にお前が俺に話しかけていたことも少し。あと、殺すかどうかは……レイカさんが決めることかもしれないな」
「聞かれたのなら……答えるわ、でも、お水が欲しい、何も飲んでいないの今日……お願い」
アンヴィーは脂汗をにじませ、とても具合が悪そうな様子だった。よく見れば顔色も青くなってきているし、これは少しまずいのでは?
……とこの場の誰もが一瞬だけ思った。だが芝居かもしれないし、もし本当に苦痛の最中であっても彼女がやってきた自分勝手な能力の乱用は許されざる事である。許すまじアンヴィー。
トウカは調子を狂わせることもなく淡々と続ける。
「水ならあとでくれてやる、お前を袋詰めにして宿に運んだあとでな」
「そうなの……こんな私のためにありがとう」
「どういたしまして、さぁスペリィさっき渡したよな袋、それでこいつを」
トウカはアンヴィーとの会話を終え、次の仕事をスペリィに託そうと振り向くトウカの目に映ったのは。
「うおわぁぁぁなっなんだ! なんだなんだ”切り裂かれる”! 手に持ってた袋も肌も服もすっげー切り裂かれる!!!」
かまいたちに襲われてるが如く、みるみるうちに斬撃のようなものを受けるスペリィ!
しかし攻撃されてるというのに刃物も何も見えやしないではないか、何が起こっているのか、だがこれは確実に能力者のしわざ!
「大丈夫かスペリィ! このアンヴィーとかいう女の仲間が駆けつけでもしやがったか!?」
「仲間ではない……私はしもべに過ぎず、ただ妖精を眺めていたいがそれ故に護り申すだけのこと……」
トウカの背後、急にそいつは現れた。その低い声はいやというほどトウカの耳に響きやがったのだ。
野郎のポエムじみた声に驚きつつトウカは飛びのきながら硬質化した糸を噴出し攻撃する!
「全く無駄である故に」
だが弾かれ効かない! 凄い勢いで糸も斬撃攻撃を受け粉みじんと化してしまった。と同時にスペリィを襲う斬撃も止んだ。
このときトウカ、ノドカ、ウツリ、スペリィは初めて、今現れた敵の能力者の姿を見た!
長身で竜巻みたいな髪に右目は隠れ、頬には赤い丸模様が描いてあるロングコートの男。
「名はレジェンド・レジ・エンド……私もまた、神から能力を授かりし能力者のひとり故に」
「ハァ……ハァ……」
レジェンドと名乗るその男に気を取られているすきにアンヴィーがフラフラと歩き逃げ出していた! あの斬撃により縄も破壊されたということである。
ここで逃がしてしまえば次はあるかどうかもわからない! ノドカとウツリが全速力で捕えに向かう!
「待てーー! くらえロングカーマー!」
「神を追わせはしない、傷も負わせはしない……」
レジェンドはアンヴィーに攻撃をしようとするウツリを睨み付け手を振りかざすが、トウカが邪魔をする。
「させないぜ斬撃能力者! お前の相手はこの俺だぜ!」
「邪魔だ」
レジェンドはトウカに向かって不可視の斬撃攻撃を放つ、速度こそ恐ろしい技だが深い傷を付けられるほどのパワーではない!
硬質化した糸を止めどなく鎧のように張り巡らせれば防げないこともないというもの。
「うわあああっ!」
「ウツリッ!」
一方で突如、ウツリの体が宙を舞う。
本人の意思とは全く関係なく……そのウツリを助けようとするノドカも……。
「ぐ、ぐあっ!? 足が……足が凍っている!」
氷。この見晴らしの良い緑景色に氷が発生しているというのだ、それもノドカの足元のみ。
全く歩めないほどの氷が一瞬でノドカの足を捕えた。
「ば、ばかな! ノドカもウツリも”能力による攻撃を受けている!”
お前以外に……人間は居ないのに、どこに仲間が隠れている!?」
「私に仲間などは居ないが故に……あの神を護る為に、私が貴様らを攻撃しているだけの事……」
斬撃、念動力、氷属性……全く異なると見受けられる能力が、それぞれの人間を襲う。
この世界に”多重能力者”なんていう自分勝手甚だしいような万能の者は確認されていない……。
だがしかしどうしてか、この能力者レジェンドは、自分一人でこの3種類の能力を操っているというのだ。
「献上しよう、私が持つ空き瓶に、神が飲める上流の水を」
レジェンドは何も無い空間から水を出し、空き瓶に汲みアンヴィーの元へとそれを瞬間移動させて届けて見せたのだ。
「あ、どうもありがとう……ちょうど喉が乾いていて」
アンヴィーは静かに礼を言うと水を飲みながら、少し軽快になったその足でどこかへと逃げ出して行った……。
さて二つ増えた、水を出す能力とテレポーテーション能力。五種類の能力。
「多重……能力者……だと!」
ノドカは思いもしなかった、まさか一人で5つも能力を扱うものが居ようとは……ノドカ達四人より能力の数が多いとは。
数で知る負けほど分かりやすい負けは……あるまい。
一方、彼らが戦闘を繰り広げるその場所から離れ、アンヴィーは安心していた。誰も追ってはきていない……『そう勘違いしている』からだ。
「逃がさん……!」
追うもの、それはスペリィ・ノイジィ。
彼女が人生生きて唯一読んだことある本はたったの一冊だった。
主に狩りで食料の調達を行っている『ド田舎』育ちの彼女にとって、ホンというその紙は異質そのもので、別世界への扉だった。
文字はよく読めないところも多かったけれど、無意識のうちにその世界へと引き込まれていった。
「すごいぞっ、これはすごいものだっみんなはワケが分からないとバカにするけれど、あたしには分かる、この本の魅力が!」
全部読んでは読み返し、また全部読んでは読み返し、そのホンに夢中だった。故郷でも変な女だと、そんな扱いだったが、狩りは好きだし、それなりに人望もあった。
そんなある日、彼女は瞬きの一瞬で孤独に陥る。目を覚ませば岩肌に1人高熱を出して寝そべっていたのだ。
そんな彼女の前に、レイカという女は現れた。スペリィはつぎはぎの記憶の中で、レイカに抱き寄せられ、救われた事を覚えている。
「ぜったいに……逃しはしない!」
スペリィ・ノイジィ。彼女もまた、アンヴィーによって能力を植え付けられた者であり、その副作用で能力の暴走も起こった。
最悪の体調不良。そして半径数十メートルの物質、生き物、地面さえも全て透明に変えてしまう暴走能力。それによって起こった被害というものは具体的にはレイカは知らないが、スペリィが故郷から厄介払いされるのには充分だった。
「私は存在感を操れるようになった、レイカ様のおかげで。アンヴィー! お前はレイカ様の命により、必ず引っ捕らえる! 私自身の恨みなどどーでも良い、レイカ様に命令して頂けたなら遂行するまでだッ!」
目の前に迫った。爪を振り構え、アンヴィーを狙う。確実に仕留める、行動不能までは追い詰める!
「うあッ!?」
「走るのをやめな、止まれ! もっと引き裂かれたいか!」
追いつきがてら、背中を切り裂き、アンヴィーの洋服ごと背中には綺麗に4本の切り傷が入った。走った勢いのまま転倒し地面にうずくまる。
「ぅ、ぐ……痛い……いつの間に迫って……」
「能力のおかげだよ、お前から貰ったものさ、感謝してるぜ」
血のついた爪を振り回しながら、皮肉のこもったセリフを上から投げかける。アンヴィーの血が滴り地面を染めていく。
「さあ降参か? もうしもべは居ないのか? 抵抗する気が無いなら大人しく縄につけ!」
「嫌……よ」
腕に力を込め、立ち上がろうとするアンヴィーに、スペリィは苛立った。すぐに迫り襟を引っ張り上げ凄む。
「何が嫌よだ! 目的はなんだ! 能力者を増やして、何がしたいんだ! ああ!? 全人類能力者にでもしたいのかよ!」
「違う……痛い、離して」
「違うってことは……お前もしかして『探してる』のか? 欲しい能力があるってのか?」
スペリィは、アンヴィーが抵抗しつつ両手をスペリィの顔に向けてきたので、咄嗟に手を放しアンヴィーを地面に投げつけた。
「ぐっ!」
痛みでうずくまるアンヴィーの背中を見て、スペリィは驚いた。目を見開き疑念が頭を包み込む。
「羽根……? なのか、それは」
とても小さいものだが、虫や鳥に付いてる例のアレ。羽根がアンヴィーには生えている。引き千切られた跡のようにも見えるボロボロ具合で、動く気配もない、本当に元々付いているのか、ファッションなのか。
「見ないで、私の羽根……こんな醜い羽根」
「こいつ……人間じゃないのか? だとしたら、なんだ? この『生き物』はなんなんだッ!?」
一方、レジェンド・レジ・エンドとの交戦を繰り広げるノドカ、ウツリ、トウカ。
アンヴィーを目の見えぬところまで逃し安心してか、能力が弱まった一瞬を見計らい、三人は攻撃の魔の手から逃れ、レジェンドと距離を取る。
「多重能力……か!? まさかなんでもできる能力だとでも言うまいな」
「ノドカ、そんな人間が存在するの? レイカさんは能力はひとりにつきひとつだって……!」
「分からねえぜ、普通ならありえねえ話だが、あの神の女、あいつは能力を人に与える能力なんだろ? じゃあ、よ、例えばあの男にその能力を五回も六回も使った結果。って可能性はねーか?」
トウカの仮定に、ノドカとウツリ、そしてトウカ自身も戦慄した。もしそれが本当なら、完全なる強者。物量において確実に相手が上回っている状況。
そもそも、能力はひとりひとつ。などというお約束事もレイカが経験則において導き出した結論であり、ルールが絶対にあるわけではない。あったとしても、ルールというのは結構簡単に破られるものである。
「ん……? ひとり、ふたりさんにん……1人足りないようだが、なぜゆえに」
「いまさら気付いたか! スペリィなら既に逃げたアンヴィーを追っているぜ!」
「何……!?」
トウカはスペリィの追跡に気がついており、レジェンドにあえて真実を告げる。こいつはアンヴィーを守るためのみに現れた従者。必ず今までのスマートな戦闘にも変化が訪れる。
「トウカ、急にスペリィが消えたと思ったらそういうことだったのか、やる時はやる奴だとおもっていたが、いつの間に」
「私も全然見えなかったよスペリィのこと」
「お前ら存在感薄くするとはいえちゃんと気づいてやれよ」
トウカは糸を構えながら、レジェンドの様子を見る。冷や汗を一粒したらせ、より拳を深く握りしめるレジェンド。
「どした? 追わねーのかよ、今なら間に合うかもしれねーぜ、なあ!」
「追いはしない、背も向けない」
「何ィ?」
「感嘆するほど簡単な話だ、お前らを即刻で殺せば良いゆえに」




