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88の星座精鋭(メテオ・プラネット)  作者: 果実夢想
Chapter1――平穏は終わりを告げて
6/23

葛藤~修羅場の果てに~

 翌日の放課後。

 俺は、授業が終わっても教室から出ずに自分の席で考え込んでいた。

 もちろん、昨晩に姉貴から言われたことだ。


 ――ここから逃げて、一人で本土に帰るか。

 ――何が起こるか分からない空星島に滞在し続けるか。


 俺にとっては、究極の二択だ。

 できれば逃げたい。でもそれだと小春や姉貴たちと別れることになってしまう。

 どうすればいいんだ、ちくしょう。


「にぃー、何してるんですかー?」


 ふと、そんな声がしたほうを振り向くと。

 教室の扉のところで、小春が立っていた。

 考え事をしていたせいで、小春を待たせてしまったらしい。

 俺は急いで小春のもとへ向かう。


「ごめん、待ったか?」


「待ったけど、大丈夫です。すごく待ちましたけど、全然気にしてません」


 だめだ、めちゃくちゃ気にしている。拗ねたように唇を尖らせているのが可愛い。


「なにニヤニヤしてるんですか」


「うぇ!? い、いや、何でもない」


 考えていたことが顔に出てしまったのか、小春に半眼で指摘された。

 我が妹が可愛すぎて、つい口角が上がってしまったようだ。俺は悪くない。


 何はともあれ、俺たちは肩を並べて廊下を歩く。

 教室や廊下の光景、窓から見える空星島の景色、そして小春たちとの楽しい会話……。

 俺が一人で本土に帰れば、それら全ては失われてしまう。

 俺は、どうすればいいんだろう。


「……にぃ。どうしたんですか、難しい顔して」


 不意に、小春が俺を見上げて問いかけてきた。

 俺、そんなに考えていたことが表情に出やすいのだろうか。


「何か考え事ですか? わたしでよければ、何でも聞きますよ」


 俺の妹は優しい。俺が悩んでいたりすると、いつでもこうやって話を聞いてくれる。

 だけど、今回はそういうわけにはいかない。


 小春に話せば、絶対に俺を本土に帰すべきだって言うに決まっている。

 自分のことは全く構わずに、俺の安全を確保しようとするに決まっている。

 でも――それじゃだめだ。


「何でもないよ、ありがとな」


 言って、小春の頭を撫でる。

 妹に気を遣われるなんて、自分が情けない。


 小春や姉貴を連れて行けるなら、迷わずに本土に帰るほうを選択しただろう。

 だけど、そうじゃない。あくまで帰ることができるのは、俺だけだ。

 他のみんなは――俺と違って自由に能力を使用できる生徒たちは、この島に必要だから。


 必要のない俺は、帰るべきなのだろうか。

 それが、誰にも迷惑をかけず、誰にも心配されない、一番いい方法なのではないだろうか。

 と、俺の思考を遮るように。


「おにぃぃちゃぁぁぁぁぁんっ!」


 そんな叫びが、後ろから聞こえてきた。

 さすがに声と呼び方だけで、誰なのか分かる。

 ゆっくり背後を振り向く――と。


「やっと見つけたーっ!」


 声の主――鳥待三冬が、俺の首に両腕を回して抱きついてくる。

 距離感がかなり近いのだが、他の男にも同じようなことしてるのだろうか。見たことないけど。


「ちょっと、三冬さん。いい加減、にぃから離れてください!」


 俺に抱きつく三冬を見て、小春が物申した。

 そこでようやく小春もいることに気づいたのか、三冬は一瞬だけ小春を一瞥し、すぐに俺の顔へと視線を戻す。


「……で、おにいちゃん。いつ初えっちする?」


「ちょっと! 無視しないでくださいよっ!」


「あ、いたの?」


「いましたよっ! さっき、わたしのほう見ましたよねっ!?」


 小春が怒鳴っても、三冬は意にも介さない。

 馬鹿にしているというか、ただ単に無視しているだけというか。三冬はいつもこういう態度だから、小春や姉貴たちとは未だに仲良くなれていないのだ。

 まあ、三冬は仲良くする気すらないみたいだけど。


「もう、うるさいなぁ。ふゆとおにいちゃんの邪魔しないでよ」


「邪魔ってなんですか! 三冬さんが割り込んできたんじゃないですかっ」


「おにいちゃんは、ふゆだけのおにいちゃんだもんねぇ?」


「違いますよっ! にぃは、わたしのにぃです!」


「とらないでよ、泥棒猫」


「誰が泥棒猫ですか! 三冬さんが、わたしからにぃをとってるんじゃないですか!」


「おにいちゃんはね、ふゆと生涯を誓い合ったんだよ。他の女が入り込む余地なんてないの」


「う、嘘言わないでください! にぃは、三冬さんなんか見向きもしてませんから!」


「むっか。そんなことないしっ! ふゆとおにいちゃんは、子作りだってしちゃうんだから!」


「こ、こづ――っ!? い、いいいきなり何言ってるんですか!」


 相変わらず仲の悪い二人である。

 ここまで好かれたり懐かれたりするのは正直物凄く嬉しいのだが、間に挟まれるとどうしたらいいのか分からないから困る。


 アニメの修羅場シーンを見て妬んだこともあったけど、実際に自分が体験すると思っていたより大変だ。

 頼むから、もうちょっと仲良くしてください。ほんとに。


「……お前ら、会う度に喧嘩してないで仲良くしろって」


「無理言わないでよ!」


「できるわけないです!」


 どうやら、それは不可能だったらしい。変なところで息を合わせやがって。

 この二人、前世は犬と猿だったに違いない。


「おにいちゃんは、ふゆのことしか愛してないんだよ! 真実はいつもひとつなんだから! ね、おにいちゃん!」


「……どこのバーローだよ。真実じゃないからな、そんなの」


「まーたまたー、照れちゃってー」


「照れてるわけじゃねえ!」


 やっぱり三冬の相手をしていると猛烈に疲れる。

 さっきまでシリアスな感じで悩んでいたつもりだったのに、三冬が現れた途端に一気にギャグの雰囲気へと変わってしまった。


 でも――げんなりとしつつも、俺は心の中で三冬に感謝していた。


 三冬がこうして明るく元気にしてくれているからこそ、俺も元気をもらっている。

 そうじゃなかったら、きっと今頃深く考え込んでいただろう。元気なんて、出なかったことだろう。


 たとえ無意識だったとしても、三冬のこういうところは素直に好きだった。

 本人に言ったら調子に乗りそうだから、絶対言えないけど。


「むう……にぃは、わたしのにぃなのに……。にぃもにぃです。もっと突き放したらいいじゃないですか」


 小春が唇を尖らせ、今度は俺に抗議してくる。

 三冬とは全然そんな関係じゃないのにも拘らず、いちいち嫉妬する小春が本当に可愛い。


「にぃがそんな態度だから、三冬さんが勘違いして付け上がるんですよっ!」


「勘違いなんかしてないし! っていうか、あんたには関係ないじゃん!」


「関係ありますよ! わたしは、にぃの妹なんですから!」


「でも、実妹でしょ? エロゲじゃないんだから、付き合うことも結婚もできないじゃん。それなのに、おにいちゃんのこと好きなの? 一人の男として?」


「べ、別にそういうわけじゃありませんけど! 男としてとか、そんなわけないじゃないですか!」


「じゃあ、ふゆの邪魔する権利ないよね?」


「あ、あります! 唯一の妹として――」


「だから。ただの妹が、ふゆの恋愛に口を挟んでこないでって言ってるの!」


「む、むうう……っ」


 怖い。女同士の喧嘩、怖い。二人とも幼女のくせに、なんか怖い。

 このままだと、殴り合いに発展しそうだ。小春と三冬は、そんなに粗暴な幼女ではないと信じたいが。


「な、なあ……お前ら、お互いのこと嫌いなのか?」


「大っっっっっ嫌い!!」


「あまり言いたくはありませんけど、嫌いです」


 大変困った。嫌よ嫌よも好きのうちとは言うが、二人の場合は本気で嫌っていそうである。


 どうしよう。簡単に人のことを好きにはなれないし、元々の感情が嫌い寄りならば尚更だ。

 とはいえ、小春と三冬なら仲良くなれそうな気もするんだけどな。ただ、二人とも素直じゃないというか、むしろ正直すぎるというだけで。


 ……でも俺は、小春や三冬とのこういうやり取りも嫌いではなかった。

 正直愉快で、楽しくて、面白くて――そんな風に感じていたせいで、注意力が散漫になってしまっていた。


 だから――気づけなかった。

 俺たちのもとに、確かにひにちじょうとやらが迫ってきていたことに。


「……えっ?」


 不意に、小春が素っ頓狂な声を漏らして。


 俺たちが、訝しむ暇もなく――消滅した。

 瞬時に、跡形もなく。


 つい数瞬前には俺の目の前にいたはずの小春が、まるでテレビの電源を切ったときのように、突如として姿を消してしまった。


「な……こは、る……?」


 愕然として、俺は思わず今にも嗄れてしまいそうな声で名を呼ぶ。

 だけど、それに答えてくれる声などどこにもなかった。

 目の前で起きた事実が理解できなくて。

 ただただ、さっきまで小春が立っていた虚空を見つめるばかり。


「……どこに、行っちゃったの……?」


 俺と同じように、喫驚して三冬が呟く。

 俺には、その問いに答えることなんてできない。当然だ、俺だって知りたいくらいなのだから。


 消えた小春――。


 そこから更に追い打ちをかけるように――上から、一枚の紙が落ちてきた。

 怪訝に思いつつ拾い上げ、そこに書かれていた文字を読んでみる――と。


「んだよ、これ……ッ」


 そんなことをする理由はないだろうけど、これが小春のイタズラならよかった。

 何かのドッキリだったなら、笑って許すことができたのに。

 それなのに――こんなペラペラな一枚の紙ごときに、俺の願いは打ち崩されてしまった。


「なんて書いてあるの?」


 三冬が爪先立ちをして、俺が持っている紙を覗き込む。

 そこに、書かれているのは――。


『貴君の妹君は、預からせてもらった

 返してほしければ、今すぐにトレーニングルームに来い』


 そんな、ワープロ文字だった。

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