こじか
ちいさなこじか
ははとよりそい
ひかげのくさをはむ
おどおどとしたひとみで
わたしをみつめた
ははじかは
いどむように
わたしをみつめた
どうして
群れからはなれたの
どうして
ふたりきりで
生きることをえらんだの
もうすぐ
冬が来る
冷たく辛い風が吹く
凍えて探しても
食べるものは少なくて
だから
今のうちに
たくさん
たくさん
蓄えなければいけないのに
どうして
そんな
どの鹿も食べないような
固い伸びきった芝を食べているの
朝露に濡れた
柔らかい薄緑の新芽を
むしゃむしゃと
食べるときが
おまえたちの幸せなのに
どうして
どうして
何かがあったの
幸せより離れてしまったのは
止む終えないことなの
こじかは
夜の闇に怯えて
ははじかは
明日の昏さにうなだれる
それでも
親子の絆は苦しいほどに固く
寄り添うほどに甘いから
いっそ
霜降る野に飢えて二人が倒れても
そこに甘さがあるのなら
寄り添う死体の親密があるのなら
わたしは
鹿になりたい
鹿になり
紅葉の山へ登る
冷たく澄む
せせらぎを渡り
頂きに至れば
見晴るかすのは
原野広がる大いなる秋
高く尊き晴天を仰ぎ
静まり返った風の音に
決して失われない
透徹する甘い声を聞く
母よ
子どもよ
いつまでも
甘えのなかにあれ
一つだけの陽だまりに集い
目を細めて
しばし
夜への怯えと
明日の昏さを忘れて