夜の拾得物 ~9~
「……で?」
「孤児院には、店の電話を借りて、俺から謝っておいた」
「じゃなくてよ」
ランソルト中央病院は、決して大病院ではないが、入院しにくる人々も多いので、その人たちのために、大きな庭がある。
その庭に設けられた木製のベンチに、アルとコーディのふたりが並んで座っていた。視線の先には、小児病棟の子供たちに混じって遊んでいる、トム。
「あなたね、怪盗だということを差し引いても、ひとりの働いてる男でしょう? どうやって面倒見るのよ?」
店が定休の水曜日にいろいろと報告しにいくと、コーディには思っていたより怒られなかった。どちらかというと、呆れられている感じである。さっさと切り替えて今後のことを思索している辺り、さすがとしか言いようがない。
「それは今これから考える」
「無計画ね」
「俺はその場その場の決断に従って生きてきた男だからな」
「得意げに言うことじゃないわよ」
コーディは仕方なさそうに溜め息を吐くと、無邪気にはしゃぐ子供たちを見つめながら、ぽつりと言った。
「あの子のこと、預かっててもいいけど」
「へ?」
「あなたの仕事中。昼間は病院、夜は家で」
その方が、トムも淋しくないだろうし。そう言って伸びをするコーディの手を、アルがガシッとつかんだ。彼女は驚いて目を見張った。
「感謝する。ありがとう。これからよろしく」
「べ……別にあなたのためではないんだからね! 勘違いしないでよ! ただ、あなたひとりだとトムがどう育つか不安だし、外の世界を知る子と病棟の子たちを遊ばせるのはいい経験だと思うし、トムも私に懐いてくれてるみたいだし!」
若干頬を紅潮させたコーディに手を振り解かれる。
その時、向こうで遊んでいたトムが、「アルー! コーディ先生ー!」と大きく手を振ってきた。
揃って振り返した後、コーディがふと問う。
「どうしてあなたの呼び名が『お兄さん』から『アル』に変わっているのかしら?」
「なんて呼べばいいかって訊かれて、『俺のことは兄貴とも親父とも呼んでいいけど、飽くまで俺の名前はアルバート=ハックルベリーだ』って言ったら、そうなってた」
「要するにあなたが呼ばせてるのね?」
そういうわけではないのだが、そう解釈されたのなら、そういうことにしておこう。
アルはベンチの背もたれに身体を預けると、今後のことを考えて、長く息を吐き出した。
誰かに面倒を見てもらったことはあっても、誰かの面倒を見たことはほとんどない。そもそも、誰かとともに生活すること自体が十年ぶりだ。
でも、あまり不安に感じてないのは、自分の裏稼業を知っているコーディが協力すると言ってくれているからだろうか。
怪盗ベル。
アルバート=ハックルベリー。
ふたりの自分をよく知る彼女は、きっと大きな助けとなってくれるだろう。
「じゃ、私はそろそろ戻るからね」
コーディが立ち上がって、軽く腿をはたく。
「仕事中に悪かったな」
「まあ、大事な話だからね」
ひらひらと手を振るコーディを、静かに見送る。彼女はやや駈け足で病院内に戻っていった。
アルはその後ろ姿を見つめながら、小さく呟いた。
「……人ひとりを拾う重大性を、一番知っているのもあいつか」
*
あなた……
怪我、してるの?
名前はなんていうの?
私のお家、来る?