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夜の都  作者: 水澤しょう
36/37

番外編 Dance Dance Dance!! ~4~

お待たせしました!

「みんなー! コーディリアのお相手がやっといらっしゃったわ」


 ホールに戻った瞬間、ジェシカが全員に聞こえるように声を張り上げた。


「噂の殿方が、みなさんにダンスをお披露目してくださるそうよ。コーディリアと一緒にね」

「ちょっと、ジェシカ……!」


 こいつはどこまで自分たちに恥をかかせたいのだろう。コーディは歯を食いしばって、後に続かせようと思った悪態を飲み込んだ。


 仲のいい友人たちも、そうでもない人々も、やや遠巻きにアルとコーディを見ている。弧児だった少年をまともに見るのは初めてなのだろうか。


「アル……」

「どうした?」


 不安に思って夜会服の袖を握ると、彼はいつもと同じトーンで訊く。


「食べ過ぎて気分でも悪いのか?」

「……失礼ね。今日はまだ全然食べてないわよ。そうじゃなくて……」


 コーディが何を心配しているのか悟ったアルは「大丈夫だ」と小さく笑った。自身有りげな笑み。なにか策が――?


「お前に恥はかかせないようにする」

「え?」

「だから、俺がお前に言いたいことは――」



 上手にみせろ。



「――は?」


 アルは確かにそう言ったのだ。見せろ? それとも魅せろ?


「どういうこと?」

「俺はほとんど踊れない。だから、上手くみせることが大事になってくるそうなんだ」

「……アル、一体誰に礼儀作法やダンスを習ったの?」

「そんなの、」


 さも当然のように、アルは答える。



「アンナさんに決まってんだろ」


 *


 アルとコーディの他に数組のペアをフロアに乗せて、蓄音機から音楽が流れ出す。

 上手くみせる、というのがどういうことかはわからないが、ここは彼のリードに従った方がいいのだろう。


「……ねえ」


 彼のステップは、限りなく正確で、限りなく基本的なものだった。少しびっくりして、普段より顔が近い彼を見つめる。


「これだけ出来るようになるまで、どのくらいアンナさんのおみ足を踏んだのかしら?」

「自分から減給願い出るくらいには踏んだ」

「いつもお財布が逼迫してるあなたが願い出るくらいなんだから、相当失敗したんでしょうね」

「ここでは失敗しない」

「どうかしら」


 軽口を叩いてる間に、曲が中盤に差し掛かる。アルとコーディは、相変わらず基本的なステップを、優雅に見えるように踏んでいるだけだ。


「アンナさんは、踊りがお上手なの?」

「あの人、昔は相当な美人だったらしいからな。いろんな男からのお誘いが絶えなかったらしいぜ」

「あー……なるほど。わかるわ」


「コーディは?」


 アルが不意に尋ねてくる。


「コーディは、そういう誘いが絶えなかったりとか、するのか?」

「……」


 ステップを踏みつつも、虚を衝かれたようにアルを見つめる。

 一瞬こいつはどういうつもりで訊いてきたのだろうと真意を問い質したくなったが、暫し考えた後、コーディは堪えきれず、喉の奥で笑い声を漏らした。


 怪訝な顔をするアルへと、質問に質問で返す。


「なあに? それって遠回しに『今日のお前は相当な美人だな』って言ってくれてるの?」

「……あ、え」


 慌てふためくアルが、おかしくて仕方がない。


 わかってる。そんな意味で言ったんじゃないということは。

 ただ、そうだとしたら嬉しいな、というコーディの勝手な希望に過ぎない。

 気が強くて、教室の誰よりも口達者だとしても、コーディがひとりのごく普通の女の子であることに変わりはない。


 だからアルのためにお召かししてきたのは当然だし、綺麗だと言ってもらいたいのも普通の感情だ。


 もっとも、アルにそんな気の利いたことが言えたら、の話だけれど。


 *


 曲が終わり、飲み物等が置いてあるテーブルの傍で一息つくアルとコーディの周りに、大勢の同級生たちが集まってきた。


 決してレベルの高い踊りではなかったはずだが、アルを取り巻く噂が噂なので「ほんとに裏路地出身!?」と不躾に訊いてくる連中も多く、


「ちょっと!」


 とコーディが怒鳴り返すこともあった。

 しかしアルは、まったく取り乱すことなく、水を一杯口にすると、よく通る声で話し始めた。


「俺は」


 瞬間、ホール内に静寂が広がる。普段彼が喋るところを見馴れてるコーディですら、横のアルから目が離せなくなった。


「ここにいるみんなのように、いいところで生まれ育ったわけじゃないし、それどころかコーディに見つけてもらうまで、野良犬以下の生活を送っていた。今だって学校に行ってるわけじゃない。だから当然、学だってない」


 でも、と会場にいる全員を見渡す。当然、コーディのことも。


「コーディのことを大事に思う気持ちは、一丁前にあるつもりだ。それは、ここにいる全員がそうだろう?」


 ペアの男女が、お互いに視線を送りあう。


 だから、とアルは続けようとして、二杯目の水に口を付けた。


「下賤な生まれだけど、俺は一応、こいつの彼氏で、幼なじみで、家族だ。それをわかってもらいたくて、今日ここにやってきた。以上」


 しん、とホールに沈黙が横たわる。コーディは正直なところ、驚いていた。こいつ、こんなに喋る奴だったか、と。


 誰も何も言わない中、ひとり分の拍手が起こる。


「いやー……立派な口上だったよ」


 エリオットだ。テーブルの前に進み出て、アルに手を差し出す。


「さっき自己紹介しそこねたからね。エリオットだ。エリオット=ハンガス」


「ハンガス……か」


 アルはコップを置くと、エリオットに素直に手を差し出した。顔は少しむくれたままだが、一応握手する辺り、コーディよりは愛想がいいと言える。


「コーディリアも。先ほどは失礼したね」

「……」


 顔をしかめて、斜め下に視線を向ける。アルを馬鹿にされた怒りは、まだ燻っている。


「コーディ」


 不機嫌なコーディに、アルが小声で話しかける。


「あんまりクラスメートの前で怒るな。な?」


 な? ……と、なぜかアルに宥められる。本当はこういう場に馴れてないのはアルのほうのはずなのに。


「……ごめん」


 少し落ち着こうと、アルが今さっきまで口を付けていた水を拝借する。


 そして、


「……あら?」


「ところでコーディリア」

「え、あ、なにかしら」


 エリオットが唐突に改まり、人のよさそうな笑みを向ける。


「君の言う通り、素敵なお連れさんだった。悪かったね」

「……それは、ありがとう」

「あともう一曲流す予定なんだ。よろしければご一緒出来ないかな」


 アルと同じように、手を差し出される。


 コーディは正直嫌だった。しかし、学友大勢の前で、主催者の彼氏、それも一学年上の生徒の誘いを振る度胸は、コーディにはなかった。


 ちらりとジェシカを見ると、彼女は「受けたら?」と高慢な態度でそう示してきていた。仕様のない話だが、エリオットはきっとリードが上手い。自分の隣の奴よりずっと。


 それで先ほどよりコーディが上手く踊るのを見て、隣の奴がみっともなく怒ればいいと、そういう魂胆な気がする。きっとそうだ。ジェシカはそういう子だ。


「断る」


 その『隣の奴』が唐突に言ったのは、その時だった。


「悪いけど、俺とこいつはこれ限りで失礼する。あとの一曲は、別の女を誘ってくれ」

「そうかい」

「え?」


 コーディも聞いていない話だ。戸惑う自分の腕を引いて、アルはジェシカに一礼すると、ホールの出口を目指した。


「ちょっと!」


 そこを止めたのは、やはり主催者のジェシカ。どうしてもコーディに恥をかかせようと食ってかかる。


「パーティーに遅れてきたくせに、途中で帰るなんてどういうことよ! よほどの理由でもあるんでしょうね!」


 ヒステリックに叫ぶジェシカに対してまったく動揺することなく、アルは平然とした顔で振り返った。


「コーディの、」


 私の?


「親父さんが早めに帰ってこいって」




「……」

「……」

「……」


 コーディが、ジェシカが、会場中が呆気に取られる。そんな中、「だってお父さんが早く帰ってこいって言ってたんだもん」という子供の必殺技をいとも容易く行使してみせたアルは、再びコーディの腕を引いて歩き出した。


 途中でジェシカがまた騒ぎ出すのが聞こえてきたが、トルマリン邸を出ると、それも遠ざかって聞こえなくなっていた。

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