番外編 Dance Dance Dance!! ~2~
「パーティー……ってのは、なにすんだ?」
帰り道。七番街の喧騒の中をはぐれないように歩いていると、アルが突然尋ねてきた。
「なにって?」
「趣旨ってのがあるんだろ、きっと。知っとかないと、場違いなことになるぜ」
ただでさえ……と呟いた彼が、続けて何を言ったのかは、コーディには聞き取れなかった。
「ああ……ダンスパーティーなんだけどね」
「ダンスパーティー!?」
驚愕したアルが大きな声を出してしまい、道行く人が数名振り返った。慌てて声を落としたアルは「ダンスってお前……!」と囁く。
「練習とかしないとだな……」
「しなくていい」
どこか怒ったような声で、コーディが返す。
「え、でも……」
「しなくていい」
頑なに言い張るコーディに、アルが不思議がって訊く。
「なにかあるのか?」
「……別に」
店から出た時とは全く違うトーンで呟く。
まさか、みんなにありのままのアルを知ってもらいたいから、とは言えない。
他の女の子の彼氏のように、チャラついたところや浮ついたところがなく、みんなより一足も二足も先に大人になったアルのことを。
「……そのままのアルで、勝負して」
「……」
アルはどことなく腑に落ちない顔のままだったが、最後には小さく「わかった」と了承した。
*
きたる一週間後。
「……」
アーク灯に照らされた大通り沿いに、トルマリン邸はある。
「お前、戦場に赴く前の兵士みたいな目してるぞ」
隣にアルがいたならば、そう言われて宥めすかされていたことだろう。残念ながら彼は本日も店があるので、少しばかり遅れてくることになっている。だからコーディひとりで来るより他はないのだ。
大きくて上質な木材の玄関ドアを叩くと、ジェシカ本人が出てきた。
「まあ、来てくれてありがとう!」
「お招きいただき有難く存じます。素敵なお召し物ね」
「あなたの方こそ。ところで……」
肝心の同伴者の姿が見えず、ジェシカは玄関の外をきょろきょろと見回した。
「……彼は少し遅れるから」
「あら、そうなの?」
遅刻の旨を伝えると、ジェシカはわざとらしく口元に手をやり、嫌みたらしく笑った。
「時間も守れないなんて、ちょっとルーズな方なのかしら?」
仕事してんだよ他の男子と違って! という暴言をぎりぎりのところで抑える。これを我慢するために今月で一番腹筋を使ったと思う。
「…………ルーズではないと思うわよ? 連絡もしてくれたんだし」
「そう? まあ上がってちょうだい。もうみんな集まってるわ」
コーディは広間に通され、そこに集う三十人ほどの級友たちをざっと見渡した。中には親しい友達も何人かいたが、みんなそれぞれ睦まじく殿方と一緒である。ほとんどがふたりペアなので、自身の余りもの感が半端ではない。
「……」
早く来なさいよ、バカ。わがままな彼女みたいなことを呟いてみる。実際わがままだと思うけど。今日だってアルの知り合いなどひとりもいない、退屈なパーティーに呼び出しているのだ。それも、自分の勝手なプライドで。
「コーディリア、ちょっといいかしら」
ジェシカに呼ばれて振り向くと、コーディは彼女の横に背の高い美男子の姿を認めた。
「ジェシカのお相手? はじめまして」
「一学年上だから知らないかしら。エリオット=ハンガスよ。お父様はランソルト市警の偉いお方なの」
自慢か。まあ自慢なのだろうけど。エリオットは優雅に一礼すると、柔らかな微笑みを浮かべた。
「エリオットといいます。君の話は彼女からよく聞いてるよ。優秀なんだってね?」
「はあ……まあ」
顔を見上げる話し方に、少々戸惑いを覚える。自分のよく知るあいつは、幼少期の栄養失調が祟ってあまり背が高くない。よって昔はコーディの方が背が高かった。十三、四歳の時にようやく抜かされ、アル本人はほっとしていたらしいが、小さなアルも可愛かったなあ、などと思っていることは、墓場まで持っていく秘密だ。
懐かしい思い出にふけっていると、ジェシカがエリオットと腕を組んで「どう?」と期待を込めた目でコーディを見つめてきた。
一瞬にして悟る。ああ、この会場にいる全女子が、ここで「素敵な彼氏ね」と言わされてきたのだろう。それも自分の殿方の前で。不憫なことこの上ない。そして次の獲物が自分なのだ。
(……顔は申し分ないけど、なんか気に食わないわ。この人が、じゃなくて、主にジェシカが。ちゃんと相手の殿方のことも褒めたのかしら? いや、それはないわね。きっと)
なかなかエリオットに対する褒め言葉を言わないからか、ジェシカが苛立って自慢話を重ねてくる。意地でもコーディに褒めさせたいようだ。
「この前ふたりで通りを歩いていた時、何人かのならず者が絡んできたの。その時に彼ったら、あっという間に全員のしてしまったの! 彼は武道にも精通してるから。それに、今度とっても美味しいレストランに食事に連れていってもらう約束なの。優しいでしょう?」
子供かよ、とコーディはいい加減うんざりしてこめかみを押さえた。幼い子供がお気に入りのおもちゃを見せびらかしているのと相違ない。父の病院で見る子供たちなら可愛げもあるが(むしろ可愛げしかないが)、十六の淑女がそれではいけないだろうジェシカ=トルマリンよ。
加えて、
「……なんでそんな危ない道を通るのよ」
「?」
エリオットもエリオットだ。コーディは溜め息を吐くと、しっかりとその美男子を見上げた。
パーティー参加者が自分たちに注目しているのが肌で感じられる。主催者の彼氏に物申すのだから、当然といえば当然だろう。
「喧嘩に強い強くない以前に、どうして彼女とそんな危ない道を通るのよ? 大事な大事な彼女に何かあったらどうするのよ?」
「ああ……知らなくて。その道が危ないってことを」
彼が言い訳めいたことを口走った瞬間、コーディの明るい空色の瞳が、冬の海のごとく冷たくなった。
「あなたは……」
ロンドンに近ければ近いほど、裏路地から妙なもんが出てきやすくなる。逆に七番街における犯罪はないに等しい。あそこにはランソルト市警本部があるからな。俺もさすがにあの大通りで何かかっぱらおうとは思わなかったよ。
「あなたはランソルトで一番危険な道と安全な道を知らないの?」




