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夜の都  作者: 水澤しょう
32/37

番外編 Dance Dance Dance!! ~1~

第三夜 アルの守れなかった約束 より


『ハンガスてめえ! 当たりましたじゃねーよ! いってーんだよ! つーかお前、六年前にコーディに手ぇ出そうとした時から嫌いなんだよバーカバーカ!』


の真相

番外編 Dance Dance Dance!!


「コーディリアのボーイフレンドが道端育ちの孤児って本当かしら?」

「まあ、お下劣な出身なのね。コーディリアには釣り合わないのではなくって?」

「ううん、むしろお似合いなんじゃない」

「道端の孤児はスプーンの使い方を知らないというのは真実?」


「うるさい!」


 学生時代。同級生にアルのことをからかわれると、決まってコーディはそう怒鳴って、言った相手に「飛びかかって」いた。

 学校広しと言えど、想い人を馬鹿にされて乱闘騒ぎを起こす女子生徒は、コーディくらいのものだった。

 普段の成績がいいだけに、彼女の豹変ぶりには多くの教師が混乱し、困惑した。



 理知的なはずのコーディリア=リードが、想い人のことで、なぜここまで怒れるのか?



「あんたたちに……彼の何がわかるって言うのよ!」


 コーディはただ、悔しかったのだ。

 みんなみんな、知らないくせに。

 本当のアルを、知らないくせに。


 とても意志が強くて、


 ちゃんと自分の考えを持っていて、


 誰にも媚びることなく、


 不遜に振る舞うこともなく、


 辛抱強く、


 情熱的で、


 時に誰よりも紳士的で、


 時に誰よりも野性的で、


 学はないけど賢くて、


 街のいろんなことを知っていて、


 強くて、


 優しい。




 これは、ふたりが十六歳になる少し前の物語。


 *


「お嬢様! お嬢様!」


 とある十月の夕暮れ。自室でコーディが勉強していると、白く塗られた木製のドアがせわしない様子で叩かれた。


「どうぞ。どうしたの、ローズ?」


 コーディはその若き使用人に入室を許すと、次いで慌ただしいわけを尋ねた。ローズは階段を駈け上がってきたらしく、軽く息を弾ませながら、薄紅色の封筒を差し出した。


「お手紙ですよ! お友達からの!」


 お友達、と聞いて真っ先に思い浮かべたのは、当然仲のいい子たちだ。マギーだろうか? それともリーマ?

 しかし、そんなうきうきする期待は、手紙を受け取って差出人の名前を見た瞬間、コーディの表情とともに消え失せた。



  ジェシカ=トルマリンより



「その方、お嬢様の同級生ですよね!」


 ローズには今度『お友達』と『同級生』の違いについて教えてあげた方がいいみたいだ。


「うん……わざわざありがとね。もういいよ」


 コーディはローズを下がらせると、ペーパーナイフで丁寧に手紙を開封した。

 内容としては、今度彼女の家でパーティーを開くから、同伴者とともに出席するように、とのことだった。それも、


「ダンスパーティー……」


 ジェシカの家は広いから、出来ないこともないだろうが……個人宅でダンスパーティーなんて、中世の公爵家のようだ。

 手紙には『コーディリアは例の彼といらっしゃったら? 出来たら、だけど』とある。例の彼、とは言うまでもなくアルのことだ。

 果てしなく悪意を感じる書き方に、コーディは正直かなり腹が立ったが、


「……アル」


 これは逆に、みんなにアルの魅力を知らしめるまたとないチャンスではないか、とも考えた。

 というわけで、


「……なにこれ」

「夜会服よ」

「そのくらいのことはわかる程度に一般常識はつけてきたつもりなんだけど」


アルは片手にトレイ、片手にハンガーに掛けられた夜会服を持ち、ものすごく当惑した顔でコーディを見下ろした。優雅にコーヒーを啜るコーディは「わかった?」と強気な様子でアルを見つめ返していた。


「つまり、俺にパーティーに出ろと」

「そう」

「それを伝えるためだけにこんな時間(日没後)に店に来たわけ?」

「そうよ」

「……」


 今仕事中なんだけど……とぼやくアルは、その夜会服をまじまじと見つめた。


「こんなの着たことないし……ってかサイズはどうしてわかったんだよ?」

「うちを出てから、あなたがどの程度成長したかを想定して、近所の洋服屋さんで買ってきたの。ちょっと大きいかもしれないけど」

「へえ……」


 やっぱり当惑した顔のアルは「アンナさーん」と厨房に呼びかけた。


「ちょっと更衣室に荷物置きに行っていいですか」

「どうぞー?」


 どこか間延びした声が返事をしたかと思うと、厨房の入口から小さな老婦人の顔が覗いた。コーディの姿を見た途端、その顔がパッと輝く。


「コーディさんじゃないの! お久しぶり! 立派な淑女になられたようで!」

「こんにちは、アンナさん」


 コーディは小さく会釈すると、カップの中身をくい、と飲み干した。


「じゃあ、よろしくね。パーティーは一週間後だから」


 料金を置いて立ち上がったコーディに、アルは「気を付けろよ」を一言声をかけた。


 外はすっかり暗くなっており、決して治安がいいとは言えないランソルトの街を一層不気味に見せている。


「……ほんとに気を付けろよ」

「心配なら送っていってあげたら?」


 本気で心配そうな顔をするアルに、アンナが気を利かせて言う。


「注文を取るのは、フレッドとデイビーに任せて」

「……」


 アルは暫し考える素振りを見せると、なにも言わずに厨房に去り、次には夜会服を置いてきて、エプロンも脱いだ状態で戻ってきた。


「帰るぞ」

「ほんとに送ってくれるの?」

「なにかあったら、俺が旦那に怒られる」


 ぶっきらぼうに答えるアルだが、そんな彼が、


「……ふふ」

「なんだよ」

「別に」



 帰るぞ。



 リード邸のことを、まだ自分の家のように思ってくれていることが、コーディには少し嬉しかった。

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