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夜の都  作者: 水澤しょう
30/37

番外編 So Cute Bunny!! ~1~

季節ものをひとつ

番外編 So Cute Bunny!!


 陽の光が眩しい。


「……」


あれ、と思って目を覚ますと、コーディは広い草原で寝転がっていた。


「……」


 えーっと、と記憶を辿る。自分は昨夜、トムを帰して、それから自分のベッドでいつも通り寝たはずだ。

 つまり、これは夢なのだ。そう理解するまで、それほど時間はかからなかった。


 夢だとわかったら、特に慌てることもない。コーディはゆっくり起き上がって、ぼんやりと空を見上げた。現実世界で目が覚めるまで、ここでのんびりしていればいい。



 夢の中でも、空は青く、草は緑だった。辺りには建物はおろか木々も見当たらず、いつか図鑑で見たサバンナよりも殺風景だった。

 なにも起こらないなんて、不思議な夢だ。そう思ってコーディがいい加減退屈してきた頃に、


「ねえ、君。なにしてるの?」


 後ろから、不意に声をかけられた。夢の中とはいえ、予期しなかった声に驚いて振り向くと、


「やることないなら僕と遊ぶかい?」


 よく知った人物が、背後に立って微笑んでいた。


「……」


 ルーファスだ。いつもと変わらず紳士的な態度で、優しげな表情で自分を見下ろしている。

 ただ、


「……それ、どうしたの、ルーファス」


 彼の金髪の間から、同色のうさ耳が生えていた。


「『それ』って、どれのこと? あと、僕はルーファスじゃなくて、ルーという者だよ」

「ルー……」


 驚いて上手く頭が回らないコーディだったが、すぐにこれは夢だと自分に言い聞かせる。

 そう、これは夢だ。だからルーファスがここにいようと、うさ耳が生えていようと、ルーという名前だろうと、なんら不思議はない。


「君は何ていう名前?」

「コーディリア」

「そう。素敵な名前だね」


 どうやらこのうさ耳ルーファスは自分のことを知らないようだ。それはちょっと悲しくて淋しい。


「ルーファ……ルーは、一体どうしてここにいるの?」


 コーディは目の前のうさ耳男性にとりあえず訊いてみた。


「どうしてかって? 君と遊ぶためだよ」

「はあ……そう、なの」


 機嫌よさそうにコーディの横に座り込むルーは、いつもより少し子供っぽく、彼が本当に、ルーファスではないのだということを知らせてくる。

 ルーは長い耳をぴくぴくと動かしながら、コーディに訊いた。


「なにして遊ぼうか」

「……ええと」


 急に問われて戸惑うコーディに、ルーは穏やかに微笑むと、


「じゃあ、お花つみでもしようか」

「お花……つみ?」


 随分と懐かしい遊びを持ち出してくるルー。

 しかし、ここは草原が広がるばかりで、野生の花などは一輪も見当たらなかった。


「どこかにお花畑があるの?」

「あるよ。ちゃんとここに」

「?」


 不思議そうに首を傾げるコーディに、ルーは自分の口元に人差指を立てて、


「少しの間、目を閉じて」


 言われた通り、コーディは目を閉じた。



 

 次に目を開けた時、コーディは花畑の真ん中に座っていた。


「え……」

「ほら、ね。綺麗なところでしょう?」


 ルーがいたずらの成功した子供のように笑う。


「君の方が綺麗だけどね」

「……」


 歯の浮くような甘い台詞も、彼が言うと不思議と似合う。コーディは思わず赤面した。

 ただ、視線を上に動かすと立派なうさ耳が見えて、やっぱり少しおかしく感じてしまうのだった。


「さあ、赤い花と白い花、君はどちらが好き?」

「赤よ。赤が好きだわ」

「なら、それを摘もう」


 ふたりはしゃがみ込んで、その花畑の赤い花を摘み始めた。



 しばらくして、


「ルー、摘んだけど……」


 片手いっぱいに花を持ったコーディが振り返る。

 しかし、そこにルーの姿はなかった。コーディは急激な不安感に襲われて、立ち上がった。


「ルー……ルーファス?」


 思わず従兄の名を呼ぶ。だが、彼の姿は見えないまま。

 気付けば足元に花畑なんてものはなく。


「ルーファス……」


 しかし、手に持った赤い花束はそのままだった。


「……」


 どうしよう。コーディはその場に座り込んだ。夢だとわかっていても、やっぱり急にひとりにされるのは怖い。

 赤い花束だけが、心の拠りどころ――従兄が傍にいた証だった。




「お姉さん! そこで何してるの?」


 その時、後ろから不意に声をかけられて、コーディは振り返った。

 すると、


「ねえ、僕と遊ぼう! いいでしょ!」


 よく知る男の子が急に抱きついてきた。コーディは驚いて、草むらに倒れ込みそうになった。


「トム?」

「トムじゃなくてトミーだよ!」

「……ト、トミーね」


 この少年も、自分が知る少年とは違うようだ。

 その証拠に、この少年にも、頭に黒いうさ耳が生えていた。


「お姉さん、名前は?」

「コーディリア」

「コーディリアお姉さんって呼んでいい?」


 本当はいつも通り「コーディ先生」と呼んでほしいところだが、コーディはいいよ、と小さく答えただけだった。この少年は、トムではないのだから。

 しかし、その夢の世界でも、トムはすぐに懐いてくれたようだ。コーディはトミーを抱きしめ返す。


「へへん」


 腕の中でトミーが照れくさそうに笑う。黒い耳がぴくぴくと動く。

 なんだろう、この可愛い動物。ルーと離れ離れになった悲しみが癒えていくようで、コーディはほっとした。


「コーディリアお姉さん、そのお花は?」


 トミーが赤い花束に気付いて、コーディから一旦身体を離す。


「ああ、これはね……金色の耳をしたお兄さんと摘んだの」

「もしかしてルーおじさん?」

「……」


 こっちの世界でも、ルーはおじさんという扱いのようだ。二十三歳のはずなのに。やや不憫ではある。


「ルーを知ってるの?」

「もちろん!」

「じゃあ……」


 あの黒髪の幼なじみは? そう訊こうとしたコーディは、トミーが手に持つ〝それ〟に気が付いた。


「それは……」

「これ?」


 トミーが見せてきたのは、にわとりの玉子だった。ただしそれは、赤地に白い花が咲いた、模様付きの玉子でもあった。


「これはね……ふふふ! 僕の大切な人に会える玉子だよ!」


 トミーの大切な人。それはすなわち、トムの大切な人と同じだと思っていいのだろうか。


「……トミー、お姉さんにその玉子、貸してくれない?」

「え?」


 トミーは困惑した表情を見せた。当然だろう。まだ出会ったばかりの見知らぬ女性が、いきなりそんな大事なものを渡してほしいと言ったら、訝しがるに決まってる。


 お願い、と目を見て懇願する。やだ、私どうして、こんなにもあいつに会いたがってるんだろう。


「その人、多分私の知ってる人だから。会いたいの」

「うーん……」


 トミーはまだ迷っているようだった。

 そして、


「……じゃあ、」


 トミーはコーディが手に持っている花束を見た。


「その赤いお花、僕にくれる?」

「これ?」


 コーディはその花束を差し出した。するとトミーは「ありがとう!」と満面の笑みで花を受け取ると、


「え」

「いただきます!」


 ぱくり、とそれにかぶりついた。


「……」


 さすがうさぎと言うべきか。

 食べ終わるとトミーは、両手で玉子を差し出してきた。


「はい! これを持って」

「これを持って?」

「後ろを見てみて!」


 言われた通り、コーディは後ろを振り返った。

 そこには、


「え……」


 草原いっぱいに、玉子、玉子、玉子。色とりどりの、人ひとり入れそうな大きな玉子が、一定の距離を空けて整然と並んでいた。

 青地に白い水玉。緑と黄色の縞模様。真紫。


「トミー……」


 目の前にいたはずの仔ウサギに声をかける。しかし、


「――?」


 先ほどのルーと同じく、彼は跡形もなく姿を消していた。


「……え」


 またひとりだ。コーディは途方もなく淋しく感じて、呆然と地平線の彼方を眺めた。

 掌の玉子を見つめる。赤地に白い花。



『僕の大切な人に会える玉子だよ!』



 コーディは歩き出した。よくよく見てみると、何百個もある玉子において、同じものはどれひとつとしてない。

 自分の腰に届く大きさの玉子の間を縫うようにして歩きながら、コーディは探していた。


 あいつに会える、玉子を探して。


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