番外編 So Cute Bunny!! ~1~
季節ものをひとつ
番外編 So Cute Bunny!!
陽の光が眩しい。
「……」
あれ、と思って目を覚ますと、コーディは広い草原で寝転がっていた。
「……」
えーっと、と記憶を辿る。自分は昨夜、トムを帰して、それから自分のベッドでいつも通り寝たはずだ。
つまり、これは夢なのだ。そう理解するまで、それほど時間はかからなかった。
夢だとわかったら、特に慌てることもない。コーディはゆっくり起き上がって、ぼんやりと空を見上げた。現実世界で目が覚めるまで、ここでのんびりしていればいい。
夢の中でも、空は青く、草は緑だった。辺りには建物はおろか木々も見当たらず、いつか図鑑で見たサバンナよりも殺風景だった。
なにも起こらないなんて、不思議な夢だ。そう思ってコーディがいい加減退屈してきた頃に、
「ねえ、君。なにしてるの?」
後ろから、不意に声をかけられた。夢の中とはいえ、予期しなかった声に驚いて振り向くと、
「やることないなら僕と遊ぶかい?」
よく知った人物が、背後に立って微笑んでいた。
「……」
ルーファスだ。いつもと変わらず紳士的な態度で、優しげな表情で自分を見下ろしている。
ただ、
「……それ、どうしたの、ルーファス」
彼の金髪の間から、同色のうさ耳が生えていた。
「『それ』って、どれのこと? あと、僕はルーファスじゃなくて、ルーという者だよ」
「ルー……」
驚いて上手く頭が回らないコーディだったが、すぐにこれは夢だと自分に言い聞かせる。
そう、これは夢だ。だからルーファスがここにいようと、うさ耳が生えていようと、ルーという名前だろうと、なんら不思議はない。
「君は何ていう名前?」
「コーディリア」
「そう。素敵な名前だね」
どうやらこのうさ耳ルーファスは自分のことを知らないようだ。それはちょっと悲しくて淋しい。
「ルーファ……ルーは、一体どうしてここにいるの?」
コーディは目の前のうさ耳男性にとりあえず訊いてみた。
「どうしてかって? 君と遊ぶためだよ」
「はあ……そう、なの」
機嫌よさそうにコーディの横に座り込むルーは、いつもより少し子供っぽく、彼が本当に、ルーファスではないのだということを知らせてくる。
ルーは長い耳をぴくぴくと動かしながら、コーディに訊いた。
「なにして遊ぼうか」
「……ええと」
急に問われて戸惑うコーディに、ルーは穏やかに微笑むと、
「じゃあ、お花つみでもしようか」
「お花……つみ?」
随分と懐かしい遊びを持ち出してくるルー。
しかし、ここは草原が広がるばかりで、野生の花などは一輪も見当たらなかった。
「どこかにお花畑があるの?」
「あるよ。ちゃんとここに」
「?」
不思議そうに首を傾げるコーディに、ルーは自分の口元に人差指を立てて、
「少しの間、目を閉じて」
言われた通り、コーディは目を閉じた。
次に目を開けた時、コーディは花畑の真ん中に座っていた。
「え……」
「ほら、ね。綺麗なところでしょう?」
ルーがいたずらの成功した子供のように笑う。
「君の方が綺麗だけどね」
「……」
歯の浮くような甘い台詞も、彼が言うと不思議と似合う。コーディは思わず赤面した。
ただ、視線を上に動かすと立派なうさ耳が見えて、やっぱり少しおかしく感じてしまうのだった。
「さあ、赤い花と白い花、君はどちらが好き?」
「赤よ。赤が好きだわ」
「なら、それを摘もう」
ふたりはしゃがみ込んで、その花畑の赤い花を摘み始めた。
しばらくして、
「ルー、摘んだけど……」
片手いっぱいに花を持ったコーディが振り返る。
しかし、そこにルーの姿はなかった。コーディは急激な不安感に襲われて、立ち上がった。
「ルー……ルーファス?」
思わず従兄の名を呼ぶ。だが、彼の姿は見えないまま。
気付けば足元に花畑なんてものはなく。
「ルーファス……」
しかし、手に持った赤い花束はそのままだった。
「……」
どうしよう。コーディはその場に座り込んだ。夢だとわかっていても、やっぱり急にひとりにされるのは怖い。
赤い花束だけが、心の拠りどころ――従兄が傍にいた証だった。
「お姉さん! そこで何してるの?」
その時、後ろから不意に声をかけられて、コーディは振り返った。
すると、
「ねえ、僕と遊ぼう! いいでしょ!」
よく知る男の子が急に抱きついてきた。コーディは驚いて、草むらに倒れ込みそうになった。
「トム?」
「トムじゃなくてトミーだよ!」
「……ト、トミーね」
この少年も、自分が知る少年とは違うようだ。
その証拠に、この少年にも、頭に黒いうさ耳が生えていた。
「お姉さん、名前は?」
「コーディリア」
「コーディリアお姉さんって呼んでいい?」
本当はいつも通り「コーディ先生」と呼んでほしいところだが、コーディはいいよ、と小さく答えただけだった。この少年は、トムではないのだから。
しかし、その夢の世界でも、トムはすぐに懐いてくれたようだ。コーディはトミーを抱きしめ返す。
「へへん」
腕の中でトミーが照れくさそうに笑う。黒い耳がぴくぴくと動く。
なんだろう、この可愛い動物。ルーと離れ離れになった悲しみが癒えていくようで、コーディはほっとした。
「コーディリアお姉さん、そのお花は?」
トミーが赤い花束に気付いて、コーディから一旦身体を離す。
「ああ、これはね……金色の耳をしたお兄さんと摘んだの」
「もしかしてルーおじさん?」
「……」
こっちの世界でも、ルーはおじさんという扱いのようだ。二十三歳のはずなのに。やや不憫ではある。
「ルーを知ってるの?」
「もちろん!」
「じゃあ……」
あの黒髪の幼なじみは? そう訊こうとしたコーディは、トミーが手に持つ〝それ〟に気が付いた。
「それは……」
「これ?」
トミーが見せてきたのは、にわとりの玉子だった。ただしそれは、赤地に白い花が咲いた、模様付きの玉子でもあった。
「これはね……ふふふ! 僕の大切な人に会える玉子だよ!」
トミーの大切な人。それはすなわち、トムの大切な人と同じだと思っていいのだろうか。
「……トミー、お姉さんにその玉子、貸してくれない?」
「え?」
トミーは困惑した表情を見せた。当然だろう。まだ出会ったばかりの見知らぬ女性が、いきなりそんな大事なものを渡してほしいと言ったら、訝しがるに決まってる。
お願い、と目を見て懇願する。やだ、私どうして、こんなにもあいつに会いたがってるんだろう。
「その人、多分私の知ってる人だから。会いたいの」
「うーん……」
トミーはまだ迷っているようだった。
そして、
「……じゃあ、」
トミーはコーディが手に持っている花束を見た。
「その赤いお花、僕にくれる?」
「これ?」
コーディはその花束を差し出した。するとトミーは「ありがとう!」と満面の笑みで花を受け取ると、
「え」
「いただきます!」
ぱくり、とそれにかぶりついた。
「……」
さすがうさぎと言うべきか。
食べ終わるとトミーは、両手で玉子を差し出してきた。
「はい! これを持って」
「これを持って?」
「後ろを見てみて!」
言われた通り、コーディは後ろを振り返った。
そこには、
「え……」
草原いっぱいに、玉子、玉子、玉子。色とりどりの、人ひとり入れそうな大きな玉子が、一定の距離を空けて整然と並んでいた。
青地に白い水玉。緑と黄色の縞模様。真紫。
「トミー……」
目の前にいたはずの仔ウサギに声をかける。しかし、
「――?」
先ほどのルーと同じく、彼は跡形もなく姿を消していた。
「……え」
またひとりだ。コーディは途方もなく淋しく感じて、呆然と地平線の彼方を眺めた。
掌の玉子を見つめる。赤地に白い花。
『僕の大切な人に会える玉子だよ!』
コーディは歩き出した。よくよく見てみると、何百個もある玉子において、同じものはどれひとつとしてない。
自分の腰に届く大きさの玉子の間を縫うようにして歩きながら、コーディは探していた。
あいつに会える、玉子を探して。




