アルの守れなかった約束 ~11~
またもやトムによって運び出されてきたメインディッシュは、軽食屋ではあまり見ないステーキだった。貸切りだから、特別メニューなのかもしれない。
「これも、アルが?」
意外そうに呟きながら肉を口に運ぶルーファス。
「多分そうじゃないかしら。アル、料理はほんとに得意みたいだし」
「へえ。美味しいね」
それは、普段のメニューに載せてもまったく差し支えのない味だった。しかし、出来るのに載せないのは、飽くまで〝軽食屋〟という分を向こうで弁えているからなのだろう。もったいない。
半分ほど食べ終わった頃だろうか。厨房の入口が開き、今度出てきたのはアルだった。しばらく姿を現さなかったアルは、ワインの瓶とグラスを携えて飛び出してきた。
「悪い、忘れてた。こればっかりはトムに持ってこさせるわけにもいかなくてな」
「アル」
テーブルにグラスをふたつ置き、ワインオープナーをエプロンのポケットから取り出す。あまり馴れていないように見えるのは、普段この店では酒を出さないからだろう。
「んじゃあな」
ふたり分のワインを注いで早々に戻ろうとするアルに、コーディは思わず声をかける。
「アル!」
「あ?」
「少しくらい……」
少しくらい、私たちと喋っていけばいいのに。そう言おうとした言葉の続きは、アルの焦った様子を見せられて、言うことを憚られた。
「……ううん、なんでもない。行って」
「ああ」
すぐさま厨房に消えていくアルに、コーディは残念そうに視線を落とす。ルーファスが仕方ないよ、というように笑って静かに慰めた。
一体厨房で何が起こっているのか。そう疑問に思いながら、ふたりは注がれたワインを嚥下する。
「飲みすぎないでね、コーディ」
「ええ」
そうしてメインを食したふたりは、暫しの歓談に空いた時間をあてるのだった。この様子だと、最後にデザートが出てくるだろう。それまではルーファスと、近況について語り合うのも悪くない。
「コーディ」
不意に、目の前の彼が改まった。どきりとして居住まいを正すと、ルーファスは小さく笑った。
「そんなに緊張しなくていいよ」
そう言いながら、椅子に掛けたジャケットの内ポケットを探る。そう、ルーファスにとっては、これが今日のメインイベントなのだ。
「これが、僕からの誕生日プレゼント。開けてみて」
渡されたのは、細長くて小さな箱だった。言われた通り開けてみると、中に入っていたのは、
「……わ」
金色の首飾りだった。派手すぎず上品で、かなり上等な物であることが窺い知れる。
「喜んでもらえた?」
軽く首を傾げるルーファスに、コーディは「いいの?」と恐る恐る訊いた。
「だってこれ、高そう……」
「僕は君に喜んでもらえたかどうかだけを知りたいんだけど?」
答えはひとつしか待ち望んでいないようだった。コーディは観念してそれを箱ごと握りしめると、心の底からの笑みを見せる。
「……ありがとう。嬉しい。でも、次からはこんなに高価な物じゃない方がいいわ」
「と言うと?」
「だって……」
口ごもるコーディと、見つめるルーファス。ふたりの間で、燭台の炎がゆらりと揺らめく。
その時、厨房の入口がまたしても開き、とてとてと小さな影が走ってきた。
「ト……」
その影は、ふたりの間でにっこり微笑むと、ふーっと蝋燭の炎を吹き消した。
「!」
途端に真っ暗になる店内。コーディは「トム!」と手探りでいたずらの犯人を捕まえて、離すまいと腕に抱え込んだ。
「お店でテーブルに置いてある蝋燭は消しちゃだめ!」
「だってだって! アルが準備出来たから、消してこいって!」
アルが? 不思議に思って厨房がある(と思われる)方向に顔を向けると、その入口がおもむろに開いた。
「え?」
行儀悪くも足で扉を開けたその人物は、両手で持っている物に刺さった蝋燭の光に照らされて、顔がはっきりと見えた。
アルだ。そして、彼が手に持っている物は――
「待たせたな」
銀色に皿に乗った、大きなケーキ。
「……」
コーディとルーファスは絶句した。彼にしては手の込んだサプライズにも、彼とケーキという組み合わせの似合わなさにも。
「ア、アル!?」
「フレッドもいます。フレッドもいますから」
その後ろから茶髪の青年も顔を覗かせる。フレッド、という名前には憶えがあった。アルの同僚で、時々料理を教えてくれるという大家族の長男だ。
「ほんとに面倒くさかったんですよ、こいつ。最後までケーキの装飾に余念がなくって。誰もそんなところまで見てねーよって何度言ってやったことか」
「黙っとけフレッド」
後ろを睨むアルは、きっとこの同僚にケーキの作り方を教わったのだろう。
「つーわけでデザートだ。ただ、結構大きいから六人で手分けして食うぞ」
そう言ってケーキをテーブルに置くアルの横で、トムがわくわくした表情でそれを見つめている。彼にとっては、初めてのケーキになるのだろう。それが自分の誕生日ケーキになるのは、なんだかとても嬉しい。
「よかった。ちゃんと二十二本刺さってるみたいだね」
「当然だろうが」
蝋燭の本数を数えていたルーファスがからかい気味に言った。
「僕が憶えうる一番古い彼女の誕生日ケーキは、蝋燭がたったの三本しか刺さってなかったのに、いつのまにか成長してるものだね」
「……早く消せよ、コーディ」
悔しげに顔を歪めたアルが、ぶっきらぼうに促す。
コーディは蝋燭の炎を見つめた。一本一本の蝋燭に、自分の人生が映し出される。
幼い頃は父や母、先代の使用人がいて、その使用人に代わってマーク、そこにローズが加わって――
ルーファスのことを意識するようになったのはいつ頃からだっただろうか。
十歳の頃に道端で傷付いたアルに出会い、別れ、そしてその年の十二月十九日に再会して、アルがいる生活が始まった。
十二歳の時にアルはリードの家を去ってしまうけど、心はいつも近いところにいたと思う。
――悲しいことがあったのは十八歳になる前に冬だ。
そして、二十二歳になる前のクリスマスには。
俺の子じゃない!
裏路地で拾ったガキだ。
自分を取り巻く環境に、再び新しい存在が加わった。そしてその存在は、今か今かと炎が吹き消されるのを待っている。
「――」
コーディはわずかに微笑むと、大きく息を吸い込んだ。
そして、




