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夜の都  作者: 水澤しょう
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アルの守れなかった約束 ~2~

「トム」


 アルはかすれた声で〝仲間〟の名を呼んだ。

一度脱出したはずのトムは、市警たちに見つからないように再び塀の穴から潜り込んできた。


 あまりマメに刈っているとは言えない草むらを這い、たった今、木から落ちてきたように腰をさする。


「僕、お家がなくって……ここのお庭が居心地よかったから、木の上で寝かせてもらってたんだけど……」


 市警たちが一旦銃を下ろす。ひどく怯えた(ふりをしている)トムに同情しているのだろう。

 トムがほぼ真下に俯いているのは、怯えているからではない。顔を見られないためだ。「なにがあっても顔を見られるな」とは一番最初に釘を刺してある。


「それに、おじさんたちが探している人は……」


 黙ってウッドフォード邸の屋根を指差す。市警たちは一斉に振り向くと、月の懸かっている屋根に銃を向けた。

 その瞬間が勝負だった。


「――!」


 双方なにも言わず、片方は塀の穴に向かって走り、もう片方は再び枝に飛びつく。


「――あ!」


 屋根に人影を確認出来なかったハンガスが振り返る。それと時同じくして、真っ黒な影が木の上から塀の向こうに跳んだ。


 再度銃をを構えるより早く影は見えなくなり、


「――してやられた!」


 尊敬する警視殿と同じように、ハンガスは地面を踏みつけた。


 *


「なんで私がこんな闇医者みたいなことをしなくちゃいけないのか意味がわからないんだけど」


手際よく怪我の処置をしながら、コーディが裸の背中に向かってぼやく。


 闇医者、というのは的確な表現だと、アルはぼんやりと思った。銃傷など、コーディの他に診せられる医者はいない。


 夜更けに息切れしながらコーディの家の戸を叩いた時、彼女は大方の事情を察してげんなりしながらも「入ったら?」とアルを促した。

 それで物騒な傷の手当もしてくれるのだから、幼なじみのよしみにしてもお人好しすぎる。有難いことこの上ないが、そのうち妙なことに巻き込まれそうで心配だ。


「悪いな……」

「別に。あなたが怪我をしたのは正直どうでもいいとして」


 辛辣な言葉にややショックを受けているアルを尻目に、コーディは暖炉の前から、ソファを陣取る小さな人影を見やった。


「どうして、今日はトムを連れているの?」

「……」

「……」


 アルとトムは黙秘権を行使した。訊かれたら黙るのが、ここに来る前の約束だ。


 しかし、ジョゼットの件でわかる通り、コーディは子供の読心術に長けている。その上、アルとは十二年来の仲だ。お互いのことなら大体わかる。


「なによ、一旦家に帰ってから、わざわざトムを連れてきたの? そんなわけないわよね。トムは明日も学校だし。なら今日盗みに入った家に同行させたの? なんで?」

「いや……」

「まさかとは思うけど」


 肩をぐいっと引かれ彼女の方に向かされる。服を着ていたなら、襟の辺りをつかまれていたこと確実だ。


「トムに手伝わせたの?」 


 ここで沈黙はまずいと思いつつ、結局なにも言い返せない。言い訳が下手くそなのはとことん損な性質だと、アルは苦々しく思った。

 コーディは一瞬、信じられないというように目を見開くと、勢いよく片手を振り上げた。平手ではない。拳だ。拳で殴る女があるか!


「ちょ――」

「問答無用!」

「待って!」


 そこでストップをかけたのが、当事者のトムだった。ソファを下り、暖炉側のふたりに駈け寄る。


「コーディ先生、やめたげて! 僕の方から手伝いたいって言ったんだよ!」

「トムは黙ってろ」


 アルが強い調子で牽制するが、トムは聞く耳を持たない。


「ほんとだよ! アルは庇ってくれるけど、僕が行きたいってわがまま言ってついていったんだよ!」

「トム、黙ってるって約束だったよな!」

「コーディ先生、お願い。ぶつなら僕にしてよ! アルは悪くないんだから」

「でも許可したのはこの大泥棒でしょ」


 アルの鼻先に指を突きつけたコーディに、トムが小さな爆弾を落とす。


「交換だったんだよ! 僕に手伝わせてくれたら、アルが寝言でコーディ先生の名前を呼んでいたことを言わないって! あ、言っちゃった!」

「トム!」


 慌てて諫めるが、時既に遅し。遅すぎる。本気でアルは、今この場で死にたくなった。


 恐る恐るコーディを見る。彼女は少々驚いた顔でトムの発言を聞いていたが、やがて視線をアルに移すと、乱暴に肩を突き放した。暖炉の火が強くなり、コーディの白い頬に赤色が照る。


「……わかった」


 なにがどう「わかった」のかはよくわからないが、ひとまず殴られないことに安堵し、思わず溜め息を吐く。


 コーディはトムを抱き寄せると、泣く子も黙るような表情でアルに凄んだ。


「今後もし、トムにあなたの裏稼業を手伝わせたりなんかしたら、法律とか倫理とか一切無視して、あなたの親権剥奪するから。もちろん私の権限で! いいわね!」


 射殺せんばかりの勢いで睨みつけてくるコーディに、アルは及び腰で頷くしかなかった。これ、次は本当に射殺されるな。


「トム、あなたも! アルのお仕事を手伝いたいとか言わないの!」

「えー! どうして? 面白かったよ!」

「どうしても! トムまで泥棒になっちゃうよ!」


 怪盗ベルの共犯になった時点で既に泥棒だと思うが、それを言うと次こそ殴られるので黙っておいた。


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