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夜の都  作者: 水澤しょう
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アルの守れなかった約束 ~1~

第三夜 アルの守れなかった約束


 無駄に広い屋敷だった。広すぎると怪盗も少なからず迷うから不利に思えるが、逃げ道を確保しておけば、あまり問題のない話だ。


「毎度毎度あのこそ泥は『宝を頂に参る』……なーんざ曖昧な表現しくさって……!」


 アーノルド警視が歯噛みして、ケースの中の首飾りを見つめた。

 騎士の称号を持つウッドフォードは、立派な三階建の屋敷に住んでいる。

 主人のジェラール=ウッドフォードに言わせると、この家に宝と呼べる物は三つあり、


「一階、女神像の警戒態勢万全です」

「二階、絵画の警戒態勢万全です」

「三階、首飾りの警戒態勢万全です」


 それぞれを各階で厳重に護っている。


 一ヶ所にまとめて護るのが一番効率的ではあるのだが、以前この方法で複数の宝を根こそぎ奪われたので、分けて護った方がいいとの判断が下されている。


「ご苦労。じきに犯行予告時刻を迎える。各々の持ち場に着け」

「はっ!」


 アーノルド警視にとって、怪盗ベルとの因縁は深い。

 六年前に突如現れ、悪どい富裕層の財産ばかりを狙い、市民から――主に貧民層から――多大な支持を得ている。四年前のクリスマスの事件以降は予告状をいちいち寄越すようになり、蔑みに拍車がかかったようにしか思えない。


「今日こそは野郎の首根っこを引っつかんで地面に平伏させてやる……」


 もはや恒例となりつつある台詞を呟いて、アーノルド警視は巨体を揺らしながら廊下に出た。


 *


 三つの宝に割いている人員の割合は、女神像一:絵画二:首飾り二である。

 女神像の人員が少ないのは、像が重く持ち運びに不便なため、狙われる可能性が一番低いと

考えられたからだ。


「時間です」


 若手刑事のハンガスが柱時計を見上げて言った。

 その瞬間、ガラスの砕け散る音がウッドフォード邸に響き渡った。


「!」


 市警たちが一斉に浮き足立つ。音は一階か二階から聞こえてきた。

 廊下からドタドタと足音が近付いてきて、アーノルド警視が首飾りのある部屋へと駈け込んでくる。


「一階だ! まさかの女神像狙いだった!」


 ええっ! と目を見開き、慌てて一階に向かう市警たち。一階は一番人員が少ないため、援護しにいかないと逃げられてしまう。


「外から襲撃された! 庭先も張れ! おい、階段で押し合うな! 転んで怪我するぞ!」


 人のいなくなった部屋で、大声で支持を飛ばしていたアーノルド警視は息を整える。

 ちらりと首飾りのケースに目をやると、


「――やられた!」


 ダンッ! と床を踏みつける。

 そこできらびやかな輝きを放っているはずの首飾りが、跡形もなく消えていた。


 *


 怪盗ベルことアルバート=ハックルベリーはかの警視殿に対して少々呆れていた。


「泥棒ひとり捕まえるのに何人割いてるんだよ……」


 無駄に広い屋敷の廊下を、市警たちと反対方向に走る。顔を見られないように被っていたハンティングを押し上げ、アルは差し掛かったT字路で左右を確認した。


「あれだけ人数いるんだから出欠くらいとっとけよな」


 左の道を選び、突き当りの本棚に向かって走る。

 今回、あの市警たちの中に潜り込むのは難しくなかった。人員の編制は毎回変わっているから互いの顔を全員知っているわけではないし、第一、人が多すぎる。ランソルト市警は暇なのか。


「まあ、ラッキーだったけど」


 潜り込めたおかげで、この広い屋敷内で逃げ道を確保出来た。

 それがこの小さな本棚なのだ。


 ウッドフォード邸に屋根裏部屋があることは、外観からわかる。だからそこに通ずる道がないとおかしい。

 しかし、目に付くところにそんな階段や梯子はなかった。


 だとしたら、考えられることはひとつ。アルは本棚の側面に手を掛けた。

 それをそのまま手前に引くと、壁にぽっかりと大きな穴が開いた。


 隠し扉だ。ここから屋根裏に上り、小窓から雨どいを伝って庭に降りる。そして植えてある大木を登り、枝の先から塀を飛び越えて脱出完了という計画だ。


 一階の窓ガラスを煉瓦で割るという派手な陽動を起こした〝仲間〟は塀の隅の小さな穴から既に抜け出しているはずだ。

 そして後は、首飾りを携えた自分だけ。


「ここか!」


 月明かりが差し込む小窓を探し当てたアルは、それを開け放して庭を見下ろした。〝仲間〟の姿はない。ちゃんと逃げてくれたようだ。まだ全部終わったわけでもないのに、安堵の溜め息を吐く。


 アルは窓枠に足を掛けた。すぐ横の雨どいは地面に向かって垂直に伸びており、急いで降りる分には強度に問題ないように見える。

 無事に庭に下りたアルは猛スピードで木に向かって駈け出した。建物の左右からランプの光が近付いてくるのを感じる。


 木の根本に辿り着き、一番下の枝にしがみついた。元来の運動神経を生かしてすさまじい速さで上を目指す。


「いたか!」

「見当たりません!」


 途中でアーノルド警視らが庭に出てきて、アルは太い枝の一本に身を隠した。あと少しで、塀を飛び越せる距離になる。

 身動きをとれば、見つかる可能性が高くなる。しかしここで見つかるのも時間の問題だ。


 一か八か。必ずしも捕まるとは限らないのは、


「なにか木の上にいるぞ!」


 動くことだ! アルは太い枝の上を駈け出した。

 その瞬間、


「っ!」


 乾いた銃声がこだました。弾は左二の腕をかすめ、木の上から怪盗を撃ち落とした。


 落下する瞬間、アルはいつかのように思った。

 やはり、泥棒に翼はない。


「当たりました」


 冷静に銃を下ろす若手刑事に、アルは心の中で罵声を浴びせた。


 ハンガスてめえ! 当たりましたじゃねーよ! いってーんだよ! つーかお前、六年前にコーディに手ぇ出そうとした時から嫌いなんだよバーカバーカ!


 しかし、口に出してもいない言葉の弾丸と鉛の弾丸とでは力の差は歴然である。当然ではあるが。


 焼け付くように痛む二の腕を押さえ、木の幹に身を潜める。トムのことが真っ先に思い起こされた。あいつはどうなる? コーディが恐らく後見人を申し出てくれるだろうが、孤児院に行くことになった時でさえ彼女の家に居つかなかったトムが、その厚意を受け取るだろうか?


「そこにいるのはベルだな?」


 二ヶ月ほど前にも、今と似たような窮地に陥ったことがある。煉瓦の壁に行く手を阻まれ、本気で逮捕を覚悟した。


 その時に運命を動かしたのが、


「ううん……僕だよ」


 道端で凍えていた少年。

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