トムが粋な恋文を書けるようになるまで ~3~
病院に着くと、ジョゼットは院内をきょろきょろしながら、目当ての人物を探し始めた。
闇雲に探し回っても埒が明かないことは目に見えているので、アルはリード医師かその愛娘を頼ろうと考え、
「――あ」
角を曲がってきた女性に声を上げた。
「コ……」
「コーディお姉様!」
しかし、名前を呼び切るより先に、アルの横を猛スピードで駈け抜けていく影があった。
それは白衣の女性に突進していくと、その勢いのまま、彼女の腰に抱きついた。
「!?」
アルとトムは突然の出来事に目を白黒させたが、コーディお姉様と呼ばれた女性は「あら」と落ち着いて応じる。
「ジョゼ! ランソルトに遊びに来てくれたの?」
「はい! 今日はひとりでこの街まで来ました!」
ジョゼットはふたりに振り返ると、トムを手で指し示した。
「あの子がここまで連れてきてくれたんですよ!」
トムの方を見たコーディは、今度こそ本当に驚いたようだった。
「トムだったの?」
「……あ、うん、あの、コーディ先生!」
状況が把握出来ずに固まっていたトムは、戸惑いながら尋ねた。
「ジョゼットって……」
「ああ、この子ね」
コーディがジョゼットの頭に手を置く。
「従妹なの。少し離れた街に住んでいるんだよ」
従妹。
ジョゼット。
アルは息を飲んだ。記憶の扉が開け放たれ、白い光の奥に、母親に抱かれた赤ん坊が見える。
その赤ん坊を取り囲む、十三、四歳の自分とコーディ……。
「ジョゼ?」
アルのかすかな呟きに、コーディが初めて振り向く。
「ああ、アル。いたのね」
内心で自分の存在感の薄さを嘆きながら、やや信じられないという思いで問う。
「ジョゼって、あのジョゼか?」
「そうよ。ジョゼット=リード、九歳。アルとはかなりご無沙汰なんじゃない? 五年ぶりくらいかしら」
ジョゼをアルの前に立たせ、挨拶を促すコーディ。
「ジョゼ、お久しぶりですって言った? って、憶えてないかな。昔一緒に遊んでくれたお兄さんだよ。よくジョゼのお兄ちゃんと喧嘩してたよねー」
「言うな!」
ジョゼはじっとアルを見上げていたが、不意に「ごめんなさい」と頭を垂れた。
「幼い頃のことで、憶えておりません」
「ジョゼが謝ることじゃないよ。俺もしばらくリード家には顔見せてないし、第一小さい頃のことなんて、憶えている人の方が少ないさ」
だから気にするな。そう言って慰めた時、廊下の向こうから「コーディ! 早く」と声が掛かった。
「あ、はい! すぐ行きます!」
「お前って先輩からもコーディって呼ばれてんの」
「しょうがないでしょ、リードって言ったらお父さんと混ざるんだから」
コーディはジョゼを見て「ええと」と早急に対処法を考えると「アル」と自分に向き直った。
「ジョゼのこと、頼んでもいい? うちに送ってくれるだけでいいんだけど」
うち、というのがコーディの実家を示していることは容易に想像がついた。「わかった」と了承する。
「叔父様のお宅に行くのですか?」
ジョゼが訊く。そうだとアルが答えると、彼女はトムの腕をつかんだ。
「え」
「この子と一緒はだめですか?」
お、とアルは意外そうな声を上げた。お嬢様のお気に入りか。恐らくぬいぐるみ的なお気に入りだろうが。
「えーっと、じゃあ」
コーディはアルを見やると、なにかを期待したかのようにニコッと微笑んで片手を挙げた。
「え」
「あとは任せたわ!」
「コーディっ!」
慌てて呼び止めても、彼女は振り返らず、先輩医師の後を追って、廊下を駈けていってしまった。病院の玄関に、アルとトム、ジョゼの三人が残される。
「……ったく、丸投げかよ」
アルは後頭部を掻きむしると、ふたりの子供たちを見下ろした。ジョゼはトムの腕を離す気配を見せないし、トムは大いに戸惑ったままだ。
「とりあえず……リード邸に出発。それで許可をもらえたら、トムもそこでちょっと遊んでいってあげな」
「はい!」
「う、うん……」
そうして三人はコーディの実家、ジョーゼフ=リード邸に向かった。
*
こういう時に限っていないんだよなあ、とアルは玄関前で溜め息を吐いた。
「いないの?」
「いないのですか?」
「リード邸は旦那と奥方とふたりのお手伝いさんの四人暮らし。その中で、旦那は仕事で病院、奥方がご用事、執事のマークがその付き添い、ローズがおつかいだとしたら……充分有り得るな。残念。留守」
アルが踵を返し、トムとジョゼがその後を追う。
「ジョゼ、旦那や奥方に何の連絡もなしに遊びに来たのか?」
「コーディお姉様を驚かせたかったので……私からも質問よろしいですか?」
なにを疑問に思ったのか、ジョゼが尋ねてくる。
「アルお兄様は、どうして伯父様と伯母様のことを〝旦那〟と〝奥方〟と呼ぶのですか?」
今更な事実に、アルはあっと気付かされた。ほとんど無意識のうちに、ずっとそう呼んでいたことを知る。
「僕も訊こうと思ってた。〝だんな〟と〝おくがた〟ってなあに?」
質問していることのレベルが若干違うが、アルはその両方に丁寧に答える。わかりやすくするために、まずはトムの質問から。
「〝旦那〟というのは、その家の主人のこと。〝奥方〟はその奥さん。俺がジョゼの伯父さん伯母さんを旦那奥方と呼ぶのは、昔の癖だ」
「昔の?」
「リード家に仕えてた」
え! とトムが素っ頓狂な声を上げる。このことはまだ、彼には話していなかった。
「ほんと?」
「と言っても、手伝いの延長みたいなものだったけどな。先輩のマークには、よくローズと一緒に怒られてたよ」
さて、と大通りに出たアルが左右を見渡す。
「いつまでも外にいても何だし、ここから病院に戻ろうにもちょっと遠いし……うちに来るか、ジョゼ?」