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反転青春  作者: 伊川なつ
くるり、反転
7/43

やっぱり、動揺

「朝起きたら男になってたの」

「頭おかしいんじゃない?」

返答はにべもなかった。


 場所は階段の踊り場から少し移動して、校内でも数少ない廊下側のベランダ。打ちっ放しコンクリートのごく狭い空間だ。

 こんな場所にわざわざくる生徒はいないし、窓を閉めておけば話を聞かれることもないだろうと二人に頼み込んで移動した。


「本当なんだって! 入江春香なの! 顔そんな変わってないでしょ?」


 うろんげな顔を隠そうともしない高尾に、自分の顔をぴっと指差しつつ顔を近づける。すぐさま「近寄るな」と押しのけられた。

 埒が明かないと、眉を下げつつメイへ助けを求める。ちらりと視線を向けると、微かにぴくりと彼女の肩が揺れた。


「ね、メイ。私、春香だよね?」

「……うん。ハルちゃんだと、思うけど……」

「春香って双子の弟いるんでしょ? 5組だったけ。そいつじゃないの」


「ううん、違う」

メイは先ほどとは違い、きっぱりと否定した。高尾の眉間が寄る。


「じゃあこれが春香の弟じゃないとして、春香本人だっていう理由は?」

 メイはううん……と眉をハの字にして小首を傾げた。小鳥のようなその動作。

 可愛いなぁと私の頬が緩む。


「なんでか分からないけど、ハルちゃんだと思うの。目があった時の感じとか」

「ああ、なんか私も今わかったわ」

高尾はさらに目を細めて、突然手のひらを返した。ぐにっと私の頬をつねってきたので、驚いて体を引いてしまう。

「見覚えがあった。今の顔」

「だからってつねらなくても!」

信じてくれたのは嬉しいけど! と頬を摩りながら抗議。


「いや、まだ信じたわけじゃないし」

 高尾はなかなかに疑り深い。まぁ信じられないのが当たり前だと思うものの、ここまで否定され続けるのも面白くない。

というか、未だにメイが高尾の傍、守られるような位置に立っていることが、まるで信用ないと言われているようで腹立たしい。

 

 それならば、と私は高尾の腕をぐいと引っ張った。その耳に口を寄せる。

「な、なにす」

ぼそり、と囁く。かっと高尾の耳が赤くなった。


 その内容は、入江春香だけが知ってるはずの秘密。


「……でしょ? 高尾の」

「なっ……な、なんでっ! 何で知ってんのよ。誰から聞いたの!?」

「だからいい加減信じてよー。私にしか言ってなかったんでしょ?」

「そうだけど!!」

お、信じたっぽい、と胸の内でガッツポーズ。

 真っ赤に顔を染めた高尾に、メイがまたもや首を傾げる。


「んふふー。高尾の好きな人当てたのよ。前言ってたから」

「ちょっと! こいつに言う必要ないでしょ!」

「えーいいじゃん、別に」

「ていうかそもそも好きなんて言ってなかっただろ! 捏造すんな!」


 どうだこれで私が春香だと分かっただろう。満足して、ぎゃあぎゃあと取り乱す高尾に向かってふふんと笑顔。

 

 やおらにメイが目を伏せた。もちろんそんな様子には、即座に気づく私である。

「どしたの、メイ」

何か気になることでもあるのだろうか、声を掛ける。


「好きな人いるんだぁって思って。ハルちゃんもいるの?」

 話題が予想外の方向へとかっ飛んで、へっと裏返った声をあげてしまった。メイがこんな突拍子もないことを言い出すのは珍しい。

「今はいないけど……?」

隣の高尾もメイの様子に首を傾げている。

「あ、ごめんね。いきなり変なこと言っちゃって」

えへへ、と照れ隠しにはにかむ小動物めっちゃ可愛い! などという雑念が


「何? もしかして永瀬も好きな人いるの?」


高尾の爆弾発言に吹っ飛ばされた。


「え! そうだったの!?」

思わず自分の男になったどうこうの重大問題も吹っ飛んで、メイに詰め寄る。

「ややややや、そんなわけないよ!」

すぐにぶんぶんと千切れんばかりに首を振るメイ。

「だってまだ男の人無理だもん! ただ、好きな人がいるのってやっぱ当たり前なのかなって! 恐怖症直したいなって! 男の人にも迷惑かけ……る、し……」

勢いよく口から流れるメイの否定が、突然鈍った。視線が、私の顔から少し下にずれ、

「……」


詰め寄った勢いでメイの手を握った私の手へと移動する。


「ん?何か」

「ひゃあ、わっ、わわわ!」

メイが小さく悲鳴をあげながらぶるぶると唇を震わせ、目に涙を貯めた。


 きゅっと加減して握った手は小さく、思った以上に柔らかい。そこでようやく、自分の体が男のものだったのだと思い出した。

 やはり私の手が以前より骨っぽくなっているからだろうか。女の子ってこんな柔らかいのか。今までメイの手を握った数はそれはもう腐る程あるが、初めての感動だ。これは男も触るわ。女の子やーらけー。と軽く現実逃避。


「いや、手、離してやれよ」

ぺしっと高尾に頭を叩かれた。


 メイは変わらずふるふると震えており、表情は固まっている。


「これは確かに、治した方がいいね」

 男性目線から見て、改めて強く思った。

 こんな反応、する方もされる方もストレスはんぱない。謎の罪悪感がっすがす刺激される。

 今までこれでよく共学で生きてこれたものだと、逆に感心した。


「あ、で、でもねっ、ハルちゃんだから、まだあの平気っ、ほらこんなに長く手、て、繋げてててて」

「ああ、ごめん。もう離すから!」

 限界を迎えたのか、言語崩壊しかけているメイの手を慌てて離した。


「ほら離したよ〜」とおどけたように手をひらひらさせると、少しずつメイは落ち着きを取り戻した。涙も乾いていく。

 その露骨な様子に、高尾は「ほんと、触られるの駄目なのね」と目を丸くしていた。


「これ治すのは、少しずつ慣らしていくとかすればいいのかな」

「うう……ごめんね、ハルちゃん。ハルちゃんなのに……」

「まぁまぁ、気にしなさんな」

目の前の小さな黒髪に手を伸ばす。ゆっくりと髪をかき混ぜる様に撫ぜるのは、いつものこと。

だったのだが、


「あわ、わぁっ!」

……見事なバックステップで逃げられた。なんだその綺麗な動き。


「ああ、ごめんハルちゃん、つい癖で!」

「違うの!私もごめん!」

無駄に声を張り上げ、必死に謝り合う。


 高尾はその様子にため息をついていた。


 メイの男性恐怖症。

 治すのは、思ったよりも時間がかかりそうだ。


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