ぴかり、名案
「結構雰囲気変わるなぁ」
こんなに短い髪型にしたのは初めてだ。中性的な顔つきはいかんともし難いが、違和感はだいぶ薄まった。変身した気分で少し楽しい。
「ありがとね春美、お礼はまた今度」
隣に突っ立ったままの春美の肩を軽く叩く。反応がない。首を傾げると、春美はまた少し不安げな顔をしていた。
「母さんにはなんて言う?」
心配性な人だ。春美が心配することじゃないと言ったばかりなのに。
「ちゃんと言うよ。言わなきゃ生活できないでしょ。変な目で見られるかもしれないけど、まぁその時は味方してね」
「……うん、まぁ」
春美はもぞもぞと体を動かし、また頭から毛布をかぶった。その動きがプールの日の女の子の着替えのようで、笑ってしまう。
「ねえ、春美、もう一つ大事な相談」
春美が、今度なに?と怪訝な顔をする。いい加減迷惑そうだ。
「パンツ貸して」
春美が咳き込んだ。
言い出しづらいことだったので、本当はずっと我慢していた。しかし流石に限界。言ってしまうのならいっそ一息に……と思ったのだが、予想以上のオーバーリアクションを受けてしまった。
「春美、大丈夫?」
咳き込む春美の背中をさする。と、手を振り払われた。
「何いってるの! いきなり!」
「いやだって……ちょっと考えてみなさいよ。女の子の下着の表面積の狭さなめんじゃないわよ。母さんとかが履いてるのとは違うのよ? 正直はみ出て……」
ストップ!! と猛烈な制止。
「春香、そういうことはもうちょっとあれだよ! オブラート! 包もう! 女だろう?!」
「男だよ」
「昨日までは女だったでしょう!」
春美がはあはあと肩を揺らす。引きこもりに突然の発声は辛いものだったようだ。
あーもう、とぼやきつつ、春美はがっくりと項垂れ
「分かった。使ってないやつ探しておくから、春香、風呂はいってきな」
「お風呂?」
いきなりの単語だったので鸚鵡返し。
「昨日入ってないでしょ。下着変えるのなら体洗った方がいいよ」
「あー確かにそうね。沸かしてくるわ。ありがとね~」
散髪に使った諸々をビニール袋に突っ込んでから、春美の部屋をあとにする。
あとあと聞くと、春美は「あ、でも、そういえば男の体……!」と慌てていたらしいけれど、早々にお風呂目指していた行動力のある私の耳に届くことはなかったのである。
◇
入ってきました、お風呂。
バスタオルで体を包み手早く乾かす。春美が出してくれた下着が脱衣所のカゴに入っていたので、さっそくを履いてみた。
……すーすーする。なんか収まりが悪い。まぁ、慣れるしかないか。
お風呂では、実は
「……洗い方分からない……春美手伝って」というわけで、男二人で洗いっこ。
みたいな展開はもちろんなかった。
洗うときは流石に羞恥が優って、目の前の鏡には真っ赤なゆでダコ顔の男がいて「きゃーいやーん恥ずかしいよー!」
みたいな乙女な展開もなし。
イマドキの女子高生をなめちゃいけない。わっしわっしと容赦なく淀みなく洗ってすっきりしてきた。
とはいうものの、私も明るい場所で見るのは初めてだったので、戸惑いはあった。感想としてはやはり内蔵系器官だなぁといったところ。見た目いいものではない。
ついでにお湯に浸かっている時に、その見た目に軽く引きつつも色々試してみた。女に戻って彼氏ができたら実践してみよう。
男になって初めてのバスタイムをそれなりの満足感を持って済ませ、私はまたジャージ姿に戻ったのだった。
ドライヤーを当てて、髪を乾かす。その間にこれからのことを「さてさて……」とぼんやりと考えてみた。
「春美には打ち明けたし、母さんには夜言うか。問題は学校よね……」
このままでは学校にいけない。つまりメイに会えない。まぁ会わなきゃ死ぬってわけでもないが、男性恐怖症を発症してないか正直心配だ。いざという時のフォローは幼馴染である私の使命なのである。
「まぁ、今じゃ私が恐怖の対象になっちゃってますけどねー」
うふふふー。悲しすぎて謎の笑い声を発してしまった。
「いやでももしかしたら、元女、っていうか私だし、大丈夫かも?」
ふと謎の自信まで浮かんできた。
どっちに転ぶのだろうか。それを知るためには、学校にいかなければならない。メイに会わないければならない。
突然、ぴーんと頭上に豆電球が光り輝くようなアイディアが浮かんだ。
同時に短くなった髪も早々に乾いてきたようだ。やはり乾くのが早い。
「よし!明日は学校だ!」
待ってて私の可愛い小動物!
急激に浮上した気分を鼻歌に乗せつつ、私はまた、春美の部屋へと突撃した。