ふわり、微笑み
何で仲良いの? そう聞かれることがたびたびある。
小学校からの付き合いなんだ。そう答えると気のない相槌が返される。そしてその後、でも全然タイプ違うよね? 一緒にいて楽しいの? とちょっと嘲笑が入ったような笑みを向けられた。
ここでキレるなんて子どもっぽいことはしてはいけない。もう高校生だしね。女子の中で生きる術はだいたい身につけてる。この場合はにっこり笑って、そうかなーって相槌。
「たしかに人見知りだけど、優しい子だよ」
ついでにちょっとフォローを入れなきゃ気が済まないなんて、やっぱり私もまだ子どもなのかもね。
昼下がりの教室。ほとんどのクラスメイトは昼食を済ませ、学食に行っていた生徒も戻ってきている。春の暖かい空気を感じつつ、友達と談笑する者、昼寝をする者、次の授業の予習をする者など様々だ。
私のフォローに若干いぶかしげな表情をするクラスメイト、高尾から、不自然にはならない程度にゆっくりと視線を外す。
目を向けるは黒板の前。話題の当事者が、小さい背丈をうんと伸ばして黒板を消していた。
本日の日直にして私の幼馴染、永瀬メイ。
その小柄な体躯は細すぎず太すぎず。伸ばす手の動きにつられてひょこひょこ跳ねるのは、黒のショートボブ。ふわふわに巻いたロングヘアがご自慢の高尾からしたら、恐らく小学生のようなやぼったい髪型だ。
でもあの子はあれがいいのよー。心の中でうむうむと頷く。気分は親バカだ。正しくは身内バカか。
「春香、何にやにやしてんの」
「え、してた?」
高尾が半眼できめーよ、と呆れる。
「いや、メイが全然届いてないからつい」
「確かに。本当あの子、小動物っぽいよね。ちょっとぶってるっていうか。つーか今日の日直の片割れ誰よ。助けてやりゃいいのに」
高尾がぐるりと教室を見渡す。
この子、口は悪いけどそんな悪い子じゃないな。メイを庇ってくれてるようなので、ちょっとだけ株アップ。
頭の隅にそんなメモをしていると、ふらりと一人の男子が黒板に近づいた。日直の片割れ、戸田だ。黒板消しを手に取り、メイが苦戦していた白文字をさっと消す。
その瞬間、メイの肩が大げさに跳ねた。彼女の手からは黒板消しが一緒に跳ねて、思った以上に大きな音を立てて、床に粉を撒き散らした。
「あらら」
「何やってんの、アイツ」
私はため息。高尾はまた呆れ顏。
メイは焦って「ごめんなさい」を連呼しつつ、黒板消しと床の粉を片している。
あれは後で優しい親友が慰めてやらないとね。
「ハルちゃん~」
あの後の授業とHRがつつがなく終わり、すぐさまううーっと呻きながらメイが近づいてきた。私もカバンを手に取り、二人で教室を後にする。
ナチュラルに甘えてくる小動物代表なメイ。
彼女のこういった声を、可愛いと評するかうざいと評するかは男女ともに半々くらいだ。私は当然前者代表である。
メイの場合は、そのぱっちりした瞳の人好きする顔が功をなしている。もしこれで今以上に綺麗な顔立ちをしていたとしたら、女子からは確実、ぶりっ子の勘違い女と非難轟々だろう。私だって今みたいに仲良くできている自信はない。美少女と並んでも平気なほどの顔立ちはしておりませんもの。そんなことを考えつつ、目の前のショートボブをぐしゃりと撫でた。
「泣くな泣くな~」
「泣いてないよ!」
きっと上目遣いで睨まれる。確かに涙は浮かんでないが、鼻が微かに赤い。堪えていたのだろう。
「ああもう……またやっちゃったよ……変だと思われたかも」
全身で落ち込むメイ。心なしかどんよりと周囲の空気も淀んでいる。
「まぁまぁ叫び声出さなかっただけいいじゃない」
「そうだけど……」
戸田くんに悪かったなぁ……と呟いている。確かにねぇと私は相槌をうち、戸田の驚いた顔を思い浮かべ、苦笑した。
戸田の名誉のために言うが、メイが戸田との接触に驚き、チョークの粉を撒き散らしたのは彼のせいではない。
ひとえにメイの男性恐怖症のせいである。
共学に通っていることから分かるように、そこまで重度ではないが。彼女曰く、女子高に行きたかったが成績と学費の関係上、親から反対されたとのこと。
おかげで彼女は、クラスメイトの約半分に極力触れないよう、警戒しつつ過ごしている。難儀なことだ。
「あーあ、はやく男性恐怖症、治したいなぁ」
「そうね。このままじゃ彼氏も出来ないでしょうし」
「それは別にいいけど……」
拗ねたように唇を尖らせている。
男性恐怖症な彼女はどうやらまだ恋愛にセンサーが向かない模様。そもそも具体的な接触が恐怖のため、イメージも憧れもあったものじゃないようだ。
彼女にも淡い初恋はあったように聞いているが、それも遠い過去のこと。
若い身空でもったいないなぁ。これから青春真っ盛りのぴちぴち女子高生だというのに。かくいう私も今はフリーであるが。
「まぁ、私にできることあれば協力するよ。のんびり治してこ」
そう言うと、メイはようやく顔をあげて笑顔を見せた。ぱぁっと綻ぶような。
「ありがと」
控えめに呟かれたお礼も喜びが滲んでいる。
あーもう可愛いな私の幼馴染は!
内心で叫び声を挙げつつ、私はメイに微笑み返した。
息抜き小説なので更新は遅いですがどうぞよしなに